シャロの祈り
シャロは、庭の縁側で月夜を眺めていた。
一馬が失踪してから数週間が経つ。
向こうの世界では数ヶ月が経過しているだろう。
一馬が呼び出される理由があるとすれば、戦争だろう。
シャロはそれを思い、身震いする。
シャロの不安を敏感に察しとったように、赤子が泣き始めた。
「大丈夫だよー」
シャロはそう言って、赤子の傍に行き、抱きかかえる。
そして、祈った。
一馬が無事帰ってくるように、と。
「君も一緒に祈ってくれるかな」
抱えた赤子に向けて言う。
赤子は、戸惑うような表情になる。
蛍のような光が、一筋、その空間から移動していった。
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「さて、地上戦で五人相手は辛いんじゃねえか。龍公殿」
新十郎が挑発するように言う。
「次の斬華にはさっき以上の力を込める。安々と弾けると思わないことだ」
あやめが珍しく凛々しい表情で言う。
「ここで戦争を終わらせる。必ず」
遥が決意の篭った表情で言う。
「ま、やるだけやるだわさ」
静流は相変わらずだ。
そして、一馬は覇者の剣を構えた。
「この五人で必ず止めてみせる。お前の進軍を!」
遠距離で剣を操作する新十郎以外は同時にゼラードに向かって飛びかかった。
次の瞬間、魔力の暴風が四人に襲いかかった。
一馬は覇者の剣を伸ばしてせめてもの足掻きをする。
そして、意外なものを見た。
この魔力の暴風の中を静流は進んでいく。
そうだ、彼女は魔族公の娘。
魔力には耐性があるのだ。
その足が、凝縮された不条理の力で地面を蹴った。
「刹那の太刀!」
瞬速。ゼラードの右腕が回転しながら宙を舞った。
それに戸惑うように、ゼラードは宙空に左腕を伸ばす。
その腕を、覇者の剣が突き刺し、深い傷を負わせた。
「いけるぞ!」
そう言った時のことだった。
ゼラードの右腕が飛んできて、一馬の頭部を捕まえた。
「お前が結界の主だったな」
その声は、耳元で聞こえた。
覇者の剣を盾にして後方へ飛ぶ。
それで威力をある程度相殺できたはずなのに、一馬は蹴りで吹き飛ばされていた。
ゼラードの右腕が主人の元へと帰っていく。
そして、傷口にくっついた。
「もう自由に動けるだろう、シアンよ。この有象無象の狩りに付き合ってくれ」
ゼラードの言葉で、一馬は身震いした。
確かに、ゼラードの今の一撃でシアンの結界は解けている。
シアンは立ち上がり、ふらつきながら数歩前へと進んだ。
その頭に、蛍のような光が吸い込まれていったのが見える。
そして、彼女はそのままゼラードに向かって進んでいく。
「ゼラード様、戦争を終わらせる方法、私にもわかりました」
「そうだ。ここで勇者を、そして首都で結城とやらを倒せば戦争は終わる」
「いえ、一番てっとりばやい方法です」
「ほう。それはなにか?」
シアンの目に、鈍い輝きが宿った。
「あなたを、殺すことです」
シアンの突きが、ゼラードを襲う。
予想だにしていなかったのだろう。ゼラードの回避は、僅かに遅れた。
シアンの拳が、ゼラードの腹部にめり込んでいた。
ゼラードは吹き飛ばされて血を吐く。
そして、シアンは引きずり出した内蔵を食べていた。
完食すると、一つ大きく息を吐く。
「一馬、約束してほしいことがある」
「なんだ?」
「龍族と人間族の講和。それは対等のものであると」
「わかった。約束する」
「ならば私も協力しよう。龍公討伐に」
一馬は微笑んで、新たな仲間と隣り合って立った。
「馬鹿な。三竜神から裏切り者だと……?」
尻餅をついて、戸惑うようにゼラードは言う。
その動きを制限するかのように、八本の剣が地面に突き刺さった。
内臓に深い傷を負った状態だ。さっきまでのほとばしるような魔力は感じられない。
「飛燕・改!」
「刹那の太刀!」
「居合九閃……斬華!」
新旧第二・第三席の猛攻だ。
ゼラードの体は徐々に原形を失っていく。
シアンは、それを複雑な表情で眺めていた。
しかし、止めることはできない。
龍公は倒さねばならない相手だ。
「皆、避けてくれ!」
一馬は叫ぶ。
一同は、後方へと飛んだ。
光の剣が、ゼラードを肩口から脇腹まで真っ二つに叩き切った。
そして、ゼラードは沈黙した。
シアンがゼラードに近づいていく。
そして、その心の臓目掛けて突きを放とうとした。
その瞬間、目を閉じていたゼラードの目が開いた。
ゼラードは口を開き、シアンに襲いかかる。
それを、静流は神速の攻撃で妨害した。
静流の剣が、ゼラードの首を落とす。
「刹那の太刀」
静流は、呟くように言う。
シアンは胸をなでおろし、ゼラードの心の臓に拳を突き立てた。
そして、引きずり出した心臓を咀嚼する。
それだけでわかる。シアンの内蔵魔力量が爆発的に高まったことが。
「終わりだね、一馬」
「ああ。こんな血なまぐさいこと、もう終わりだ」
そう言って、一馬は苦笑して拳を突き上げた。
他の面々も、拳を突き上げる。
夜は、いつしか朝を迎えようとしていた。
第百二十六話 完
次回『戦後処理』




