新十郎の戦い
予告していた『龍公ゼラード』は数話先に延期します。
「おい、あやめ」
「さんつけな。年上だよ」
「あやめオバさん」
「死ね」
「あやめ。一馬の完全回復までどれぐらいかかる?」
新十郎は空中で回転する八本の剣を思念で操り相手の操る鱗の刃を弾きながら問う。
「……三分」
「わかった。そっちを優先させるプランでいこう」
「ちょ。あんた一人で?」
あやめは驚いたような表情だ。
「なに。俺も帝都十剣第三席に数えられたこともある男だ。やれるだけやるさ」
そして、駄目ならば死ぬ。それだけだ。
回転する剣の一本を手に取る。
そして、最後の一体を指差した。
「つーわけだ。ここから先は通さないぜ」
最後の一体の眉間にしわがよる。
そして、憤るように腰を落とした。
(突進が来るな)
わかりやすい。対人経験が少ないのかもしれない。
あやめと一馬の前から移動して近づいていく。
その次の瞬間、腰の一部をえぐり取られた。
突進が来るとわかっていながら避けられないなんて。
今のが敵の空間移動か。
一馬はこんな化物と戦っていたのか。
慄きながら振り返り、相手の次の一撃に対応する。
拳と剣がぶつかりあった。
そして、鉄と鉄が擦り合うような音をたてて押し合う。
「あんた、一馬ほどじゃないね。そんなに強くない」
「言ってくれるぜ」
相手の一撃をそらし、腰に一撃を与える。しかし、斬れない。
この一対一に意味はない。一馬が完全回復すれば勝ちだ。
しかし、打撃としての効果はあったようで、相手は唾液を吐いた。
蹴り飛ばして追撃を加える。
相手は後方に移動して、様子を見る体勢になった。
(冷静にさせたら一馬達が危ないな)
新十郎は突進する。
最後の一体は腰を落として拳を前に出して構えた。
拳と剣が幾重にもぶつかりあう。
剣に、ヒビが入ったのがわかった。
ここまで差が出るか。
舌打ちして、剣を空中に浮かんでいるものと交換する。
そして、相手の額を突いた。
血が流れてくる。
それを、相手は沈鬱な表情で舌で舐めた。
「限りなく近い実力」
「だな」
「しかし、私の肌の硬度をどうにかしない限りあなたに勝ち目はない」
「試してみるか? 俺の全力がどこまでお前に届くかを」
新十郎は集中力の大半を自らが持つ剣に注ぎ込んだ。相手の頭部の皮膚の浅いところで止まっていた剣が、前へと進んだ。
次の瞬間、新十郎は蹴り飛ばされていた。
(後ろに飛んでなかったらヤバかったな)
痛みから直撃した時のダメージを想像する。豊富な戦闘経験からくる勘。それは、一馬もまだ薄っすらとしか体得していないものだ。
新十郎は、今日のように泥沼のような道を歩いてきた。
自分は一番にも英雄にもなれないと悟りながらも、前に進んできた。
それが意味を成すというなら、他になにが必要だろう。
新十郎は、吠えた。
「しつこい」
最後の一体は、鬱陶しがるようにそう言うと、拳に力を込めた。
その拳からは、淡い光が輝き始めた。
+++
「七千ぐらいに壁があるだわさ」
静流はそう言って咳き込む。腹には穴が空いていた。
しかし、その穴は小さく、完治までもう少しといった具合だ。
「近接技術の話?」
遥は、治癒をしながら問う。
「そう。私も、あなたも、七千は超えられなかっだわさ」
「そうね。私が六千九百十二。あなたが六千七百二十」
「席は私のほうが上だけどね」
「そうね」
言って、遥は苦笑する。
「その上には一万の壁があるというだわさ。今、一馬はどれぐらいかしら」
「ただ、わかることがある」
遥は、確信を篭めて言う。
「一馬は、私達の期待を裏切らない」
「そうね。だから、こうして治癒に集中できるってもんだわさ」
静流はそう言って、遥から視線をそらした。その先、遠くには一馬の背があるだろう。
「気配が増えているだわさ」
静流は、呟くように言った。
「援護が来たってこと?」
「そうね、そうなるだわさ」
「一馬は私達の期待を裏切らない」
「そうね、そうだわ」
そう言って、二人は頷きあった。
切り傷の治癒より困難な拳で開いた傷口の治癒。
その完治は、あと少しだった。
+++
緊張感が場に立ち込めていた。
輝く拳と輝く剣。
どちらの硬度が上か。
それによって、勝負は決まる。
(一撃必殺の勝負は望んでいなかったんだけどなあ……時間稼げねえし)
新十郎は心の中でぼやく。
そして、攻撃角度の微調整をする相手の逆を行くように移動を繰り返す。
これは、腹を決めなくてはならないかもしれない。
自分が勝負を決するという意志。
主人公になる日はないと思っていた。
けど、今、自分はまるで主人公だ。
(悪くはねえか……)
心の中でそう呟き、唇の端を持ち上げる。
そして、両者は相手に向かって飛びかかった。
先に地面を蹴ったのは、新十郎。相手の微調整は無駄に終わった。
そして、剣と拳がぶつかりあう。
剣にヒビが入った。
負けるのか。達観した思いで新十郎はそう思っていた。
一瞬でも主人公になれた。それだけで十分だ。時間もそれなりに稼いだ。一馬の怪我も完治間近だろう。
(一馬の怪我が完治間近……?)
その時、殺気を感じて新十郎は後方へと退いた。
光刃がその目の前を勢い良く走っていった。
最後の一体も辛うじて回避したようだ。
「グッドタイミングだぜ、にーちゃん」
そう言って、新十郎は唇の端を持ち上げた。
やはり、自分は主人公という柄ではない。
「鱗は俺が対処する。本体は任せた」
「ありがとうございます、新十郎さん。これで思う存分、戦えます」
そう言って剣を構えたのは、勇者。二神一馬だった。
第二十三話 完
更新日です。五話投稿予定です。
次回『一馬と最後の竜神』




