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最後の竜神

「残るは後一体か」


 空を移動するドラゴンの背に乗り、一馬は呟くように言う。


「あっちの世界でなにしてただわさ?」


 静流がさほど興味なさげに訊く。


「子供ができた後はなにもできずにギャンブルしてた。変な友人もできたよ」


「うわ、最悪だわさね。産後の妻を放置してギャンブルって」


「家に居場所がなかったんだよ……母さんは俺を赤子に触らせてくれないし」


「信用ないんだわさねえ」


「がさつだってよく言われる」


 遥が滑稽そうに笑った。


「私達は十剣になり、一馬は父になった。皆、前へ進んでるんだね」


「そうだよ。前に進むために俺達は生きている。それを脅かす敵は排除しなければならない」


「……最後だわさね。またあっちの世界に戻るつもり?」


「子供がある程度育つまではあっちで育てるつもりだよ」


「そっか。寂しくなるだわさね」


「剣の修行を怠らないようにね」


「と言ってもな。あっちじゃ刹那さんクラスの剣士はいないんだよ。どうしても腕は落ちる」


「ならこっちの世界にもう移住しちゃえばいいだわさ」


 あっけらかんと静流は言う。


「子育てについても環境は整ってるし、あっちに無理して住むことはないだわさ」


「そうさなあ……」


 父と母はどう思うだろう。そんなことを思う。

 薄っすらと、子供はある程度大きくなればこちらの世界で育てるものだと思っていた。けど、それは両親との離別を意味する。

 それは両親に少し申し訳ない気もするのだ。


「さて、無駄話をするのもこれぐらいだわさ」


 そう言って静流は剣を鞘から抜く。

 一馬も頷いて、剣を鞘から抜いた。


 大地の割れ目から、土が上空へと吹き上がっている。

 その突風の中から、最後の竜神が現れようとしていた。


 次の瞬間、一馬達は最後の竜神の姿を見失っていた。


「消えた?」


 一馬は戸惑うように言う。


「上だわさ!」


 静流が叫ぶが、遅い。

 首の付根を殴られて、ドラゴンは地上へ落ちた。


 三人はそれぞれ不条理の力でブロックを作ってその上に立っている。

 最後の竜神が、ゆっくりと歩みながら三人に近づいてきた。土煙で、その顔はよく見えない。


 ただ、本気の結城を前にした時のような、凄まじい圧迫感を感じる。


「アクアもマリンも死んだ。私が最後の竜神」


 その声に、一馬は聞き覚えがあった。しかし、まさかと思った。そうであってほしくないと思った。

 しかし、現実は無情だった。


 土煙の中から現れたのは、一馬のよく知る顔。

 あちらの世界で友人になった、ひととせシアンだ。


 竜の羽を生やし、爪は鋭く尖っている。腕は肘部分までが鱗で覆われていた。


「シアン? シアンだろ?」


 一馬は叫ぶ。


「いかにも、私はシアン」


 シアンは、淡々とした口調で言う。その中に切ない響きが混じっているのは気のせいだろうか。


「三竜神最後の一体。あなた達の、敵」


 その次の瞬間、一馬は再びシアンの姿を見失った。

 凄まじい殺気がする。


「静流! 後ろだ!」


 静流は前に跳躍する。

 しかし、その前方にシアンは移動している。


 速すぎるのだろうか、と一馬は考える。しかし、この三人で視認できない移動速度というのは異常だ。

 静流の剣と、シアンの拳がぶつかる。

 そして、もう片方の拳で、シアンは静流の腹部を殴った。


 静流は血を吐きながら吹き飛んでいく。


「静流!」


 遥は、一瞬一馬を見た。心配するように。

 しかし、一馬は覚悟を決めていた。


「遥、静流を頼む」


 遥は、空中に作ったブロックを蹴って空を駆けていった。


「魔族公の娘。一番厄介な敵は排除した」


「俺は二番手かよ」


 一馬は苦笑しながら声をかける。

 その次の瞬間、一馬は悪寒を覚えた。

 背後にシアンがいる。


「実力だけならあなたが一番よ」


 一馬は振り向いて剣を構えたが、その剣ごと吹き飛ばされた。

 ブロックを作って着地する。


「本気なんだな? シアン」


「そもそもの前提をあなたはまちがっているわ」


 シアンは、震えながら言う。


「私はあなたを暗殺するためにあなたに近づいた。最初から最後まで私の目的はあなたの抹殺。仲良くしていたのは計算違いよ」


「けど、楽しい計算違いだった」


 シアンはぐっと黙り込む。

 一馬は、剣を構えて前へと跳躍した。


「お前を連れて、元の世界へ戻る!」


「無理よ」


 目の前にあったシアンの姿が消える。

 そして、一馬は背後から殴られ、地面に叩きつけられた。



第百二十一話 完



次回『技の正体』

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