霧を断て!
跳躍を繰り返すうちに、目的地が見えてきた。
屋根の上で悲鳴を聞きながら悦にいる男。
巨躯で、筋肉質で、白い髪の毛をオールバックにしている男。
肌は病人のように白く、目は赤い。
彼は一馬達の気配に気づいたらしく、怪訝そうに片眉を上げた。
「お前達か? 眷属達を隔離するような無駄な働きをしている者は」
言い終わるまで待たずに、遥はブラドに斬りかかった。
その瞬間、ブラドは霧と化した。
遥の剣が宙空を切り裂く。
そして、次の瞬間、ブラドの姿は遥の背後にあった。
ブラドの鋭い爪が、遥の華奢な背中に突き刺さろうとした。
そこに、一馬が斬りかかった。
ブラドは再び霧となり、姿が消える。
一馬は相手を逃さぬように結界を張りつつ、遥の肩を持つ。
「どうした? 冷静になれ。とりあえず結界で相手の逃走は防いだ」
遥は黙って、荒い呼吸を繰り返している。
「遥は以前、ブラドと遭遇して仲間を失っているにゃ」
遥の肩に乗る垂れ耳猫が、申し訳無さげに言う。
一馬ははっとした。
霧の中で、遥は仲間を斬ったと言った。
ブラドは霧を使う。
つまるところ、ブラドは。
「仇ってわけよ」
一馬の思考が整うのを待たずに、遥は憎悪の篭った声で言った。
一馬は、遥の背中に自分の背中を合わせる。
「相手が霧になった時は背中と背中を合わせよう。それで、背後から斬りかかられることはない」
「そうね」
「冷静になれ。集中力を練れ。この時のために磨いた腕だろう?」
遥は黙り込んだ。少しは頭が冷えたらしい。
相手が実体を持ったのは、次の瞬間だった。
血が空中で凝固し剣となる。
それを掴むと、ブラドは一馬に斬りかかった。
それを、一馬は刀で受け止める。
鍔迫り合いになる。
なんということだろう。相手は片腕だと言うのに、自分は両腕でかかってやっと互角だ。
「ここまで密度のある結界術師と巡り合ったのは初めてだ。まさかお前の相棒は黒猫か?」
「悪いか?」
「酔狂な人間もいたものだ」
遥がブラドに斬りかかる。
その瞬間、ブラドは再び霧となって消えた。
慌てて、遥の背中に背中を合わせる。
「キリがないわね」
「相手は霧状になっても、そこに存在しているはずだ。不条理の力を使えば、斬れるんじゃないだろうか」
「そう、上手いこといくかしら」
「やるしかあるまい」
「そうね」
二人して、集中力を研ぎ澄ます。
そして、一馬は察知した。
霧状の邪悪な存在を。
一馬は斬りかかる。
「落華!」
落華。スライムのような不定形の生物を相手どるのに使う技だ。
そして、一馬の刀は、霧を断っていた。
霧の一部が、筋肉質な腕へと形を変えて地面に落ちる。
そして、相手は人の姿を取り戻した。
右腕の傷口からは、血が滴っている。
ブラドは右腕を傷口にくっつけようとしたが、左手を離した瞬間にそれは地面に落ちた。
「……再生しない、だと? 十剣のように妙な技を使う」
「存在そのものを斬ったからな。もう、その腕は再生しない」
「どうかな」
ブラドは微笑んだ。
そして、次の瞬間ブラドが行なったことに、一馬は目を丸くした。
ブラドは、傷口の少し上を自ら血の剣で断ったのだ。
その次の瞬間には、ブラドの右腕は元の姿を取り戻していた。
「尋常じゃない再生速度だな……」
「けど、不条理の剣なら断てるとわかった」
遥が、一馬の隣に立ち、両手で刀を構える。
「ここからが本番よ」
「そうだな。七公と呼ばれる私に三人で抗おうとする勇気は褒めてやろう。早々に貴様らを屠り、この氷の壁を維持している術者を殺さねばならん」
そう言って、ブラドは血の剣を構えた。
自分の肩には静流の命も乗っかっているのだ。そう思い、一馬は刀を握る力を強めた。
本格的な戦闘が始まろうとしていた。
第十二話、完
次回『一馬、遥、シャロ対ブラド』




