遥、静流対アクア
「自由に空を飛べるというアドバンテージがどれほどの差かわかる?」
アクアは嘲笑混じりにそう言うと、不条理の力で作ったブロックを蹴った静流に肉薄した。
そして、アクアの拳と静流の剣がぶつかりあった。
鉄と鉄がぶつかりあうような音が響き渡り、二人は押し合いの形になった。
遥がその背後からアクアに襲いかかる。
「ストップ!」
その静流の声で、刀を振りかぶっていた遥は動きを止めた。
アクアは戸惑うように後方へ退いて、縦回転の蹴りで二人を吹き飛ばす。
二人共、不条理の力で作ったブロックに着地した。
「その三竜神の肌、魔族公の肌よりも硬いだわさ」
静流は頭を振りながら言う。
「だから遥、あなたの刀じゃ突きメインか飛燕・改じゃないと厳しい」
「……逆に言えば突きなら可能性があるってわけか」
アクアは感心したように静流を見る。
「その剣、魔族公の……なるほど、私の腕で壊せないわけね」
「流石は三竜神と言ったところだわさ。かすり傷しかつけられないなんてね」
アクアは血が滴る自分の手に気がついて、傷を舐める。
「少し、本気を出すか」
そう言った途端に、周囲が水流に包まれた。
遥も、静流も、水に飲まれて流されていく。
遥は水圧がかかる中で不条理の力のブロックを作り、離脱する。
しかし、静流は水に翻弄されるがままに流されていった。
「静流!」
遥が戸惑いながらその後を追う。
静流は、アクアを指した。
遥は頷いて、アクアへ向かって飛んだ。
「二対一で敵わないものを、一対一などと!」
アクアが遥を指す。その指から激しい水流が溢れ出した。
遥は間一髪で上空に飛んでそれを避ける。
「避けた?」
アクアは衝撃を受けたように上空を見る。
遥は刀を鞘に収め、力を溜めていた。
先程よりも強く。何者よりも強くと念じながら。
「飛燕……」
「その技はもう見た!」
そう言ったアクアの肩を、水の矢が貫いた。
静流が水を吸って、思い切り吐いたのだ。
自分の使った技でアクアは窮地に陥ったといえる。
アクアの意識は、完全に下にいる静流に向けられた。
「改!」
飛燕・改が放たれる。
黒い影がアクアを襲い、鎧や肌を切り刻んでいった。
「いける!」
遥が確信を持って言う。
「なにがいけるって?」
背後から声がして、遥は慌てて前方へと飛んだ。
ブロックに乗って振り返ると、そこには全身に傷を負ったアクアがいた。
と言っても、その殆どはかすり傷。鎧は傷だらけだが、本体にはほとんど傷がない。ただ、静流にやられた肩だけは血が次々に流れていた。
「種族差を覆すことはできない。龍は上、人は下。その差は覆らない」
「いえ、人間の中にもあなたに匹敵する矢はいるわ」
「ほう……?」
「一人は結城さん。人類の努力が産み出した強さの結晶」
「それで?」
「もう一人は、一馬。天の力を授かった勇者」
「なるほど。遺言はそれぐらいでいい?」
再び、アクアの周りに水が渦巻き始める。
それは、幾十の矢となって二人を襲った。
「飛燕・改!」
飛燕・改で遥は矢を叩き落とす。
その時、静流は攻撃直後の隙を見定めたようだった。
彼女は凄まじい速度でブロックを蹴り、矢を避けていく。
アクアの目が驚愕に開かれる。
そして、静流は一際強くブロックを蹴った。
「刹那の太刀!」
それはまさに刹那の攻撃。
神速で移動した静流の剣が、アクアの腕を断った。
「さっきから貴様、ちょこまかと……!」
アクアが断たれた腕を掴んで傷口にくっつける。その時には、静流は空中のブロックを蹴って次の場所に移動している。
その時、アクアは確かに聞いただろう。自分の腕が傷口から断たれる音を。
「静流だけにいい格好はさせない!」
遥の刀が、アクアの腕の治療しきっていない部分を断っていた。
腕は地面へと落ちていく。
「遊ぼうと思っていた私が間違っていたようだよ」
アクアは眉間にしわを寄せて、そう言う。
「水の舞!」
そう言った瞬間、周囲全体が水に包まれた。
体が重い。水圧だろうかと遥は考える。
静流の放つ口からの水を避けると、アクアは天に手を掲げた。
「これから放つ水はトンを超える。貴様らは潰れて終わりだ!」
こんなところで終わるのか?
いや、終わるわけにはいかない。
帝都十剣の仲間が、帝国の人々の運命が、遥と静流の肩にかかっているのだ。
水の中で辛うじて、刀の柄に手を添える。
飛燕・改。動きが鈍った中で狭い範囲に対してなら放てた。
それに身を包まれて、アクアは高笑いを上げる。
「敗者のあがきと思えば可愛いものよ」
「そうかな」
その声は、アクアの背後からした。まだ若い男の声だ。
覇者の剣がアクアの心の臓を貫く。
「馬鹿……な。囮だったというのか。今の一撃は……」
水が消える。
覇者の剣は、容赦なくアクアの首を断った。
アクアが落ちていく。体と首の二つに分かれて。
そして、アクアの背後にいた男は、苦戦していた二人に対して軽く片手を上げた。
「間に合った……かな?」
「十分だわさ」
静流は腕を組んで、苦笑交じりに言う。
勇者、二神一馬が遅れながらも戦地に辿り着いていた。
第百十七話 完
次回『戦い終わって』




