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最高の守り人

「はい、お手」


 猫モードのルルは幼子に指示されるがままに手を差し出す。

 そして、幼子の手とルルの手が触れた。

 幼子は満面の笑顔になる。


「じゃあ次はおまわり」


 ルルは指示されるがままにその場をぐるぐると回る。


「ジャンプ」


 ルルは指示されるがままに飛び上がる。


「よくできました。はい、これはご褒美ね」


 そう言って、幼子は魚を一匹その場に置く。

 ルルは容赦なくがっつき始めた。


 勇者の村ではここ数年で一つの奇妙なことがあった。

 幼子が村の近場の森で発見されたのだ。

 親もいない。食べ物も持っていない。

 その子は村の子供がいない夫婦に拾われて元気に育っている。


 この幼子、過去の記憶がないという。

 言葉や書き取りは優秀だが、何故あんな場所にと不気味がる人は多い。

 そういう意味で、ルルとこの幼子、瑞希は仲間だった。


(私の頭脳は魔族公の部下達を自由自在に配置するために使われていたのであって、簡単な知能テストに使われるためにあるものじゃない)


 そう思うルルだが、期待に満ちた瞳で見られると弱い。


(それもこれも遥と静流が餌を置き忘れて飛び出てったからだ)


 プライドも何もかもを捨てて魚をがっつきながら惨めさを噛みしめる。


「……私、これでも契約してたら強いんだからね」


 ルルは負け惜しみのように言う。


「じゃあ契約しなければ安全だね」


 ぐうの音も出ないとはこのことだ。


「瑞希、そろそろ晩御飯だぞ」


 瑞希の父が大声で叫ぶ。

 家の裏にいた瑞希は、慌てて家へと走っていった。


「じゃあ、またね」


 ルルは猫の声でバイバイを言った。そして、魚に顔を埋めて咀嚼する。

 五分ほどかけて完食すると、残骸を持って一馬の家の裏へ行く。

 そこへ埋めて隠すのだ。

 本当、惨めだ。餌を置いていってくれなかった遥と静流が憎らしい。


 家中で爪とぎしてやろうか、なんて思いつつ、ルルはその日も窓から自室に入って眠った。



+++



「アローレイン!」


 朝の放つ矢が雨となってドラゴンライダーに降りかかる。

 七匹中五匹は倒した。

 しかし、残り二匹が残っている。


「飛燕!」


 スピカが刀を抜刀する。

 しかし、その攻撃は避けられた。


「まずい、人里に……!」


「朝、ここは私に任せて」


「けど!」


「もうしくじらない」


 スピカが迫真の表情で言う。

 朝はそれを見て、信じてみようという気になった。


「じゃあ、後は頼みました」


 そう言うと、朝は前を向いた。

 宙を駆けながらスピカは居合の構えをして、解く。


「……未熟」


 悔しげに、そう呟いた。



+++



「ドラゴンが来るぞー!」


 警鐘がけたたましく鳴らされる。

 勇者の村の人間は深夜にも関わらず起き始め、逃亡の準備を始めた。


 ルルは、窓から飛び出す。

 契約者さえいれば。


 良質な魔力を持った契約者さえいれば普通のドラゴン程度倒せるはずなのに。

 その相手が、いない。


「ルル!」


 瑞希が飛び出してくる。


「瑞希、逃げなさい」


「ルルは?」


「……迷うところね」


 瑞希は、ルルの頬に手を置いた。

 その温もりにルルは驚いた。

 魔力の温もり。

 体から弾けんとする魔力を手から逃しているかのようだ。


 そして、瑞希はルルにキスをした。


「契約をしたら、強いんだよね?」


 ルルは、数年ぶりに人の形を取り戻していた。


「ええ、見てなさい」


 ルルは微笑むと、飛んでくるドラゴンの気配の方向へ向いた。

 火球が放たれる。

 それは、ルルの結界に阻まれて消えた。


 そして、次の瞬間、村の皆が刮目しただろう。空で起こった出来事に。

 ルルは跳躍すると、ドラゴンライダーの一人を蹴り落とし、ドラゴンに乗るともう一人のドラゴンライダーに襲いかかったのだ。

 二人のドラゴンライダーが地上に落下し鈍い声を上げて絶命する。


 そして、乗り手を失ったドラゴンはどこかへ飛んで行ってしまった。


 ルルは腰に手を当てて、瑞希の傍に着地する。


「どうかしら、レディ」


「上等です」


 瑞希が微笑む。

 その無邪気な笑顔に、妹の顔がダブって見えた。

 少し調子が狂うが、今日は新しい相棒ができた日だ。

 魔族公は逝ってしまった。

 ならば、今度は上手くやろうと、そう思った。


 こうして、勇者の村は意図せずに最高の守り人を得たのだった。



第百十三話 完



次回『剣気は衰えず』


更新日です。

内容はトラブルがなければ六話となります。

龍公直属部隊との戦いとなります。

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