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平和な日常

 子供二人を抱えながら、シャロが歌う。

 その歌を、子供達が覚えているように一馬は思う。


 一馬にも、そういう記憶がある。

 本を読んでもらった記憶。歌を歌ってもらった記憶。パトカーや消防車を見に行った記憶。

 今、愛という大きなものを一馬の子供達は受け取っているのだ。


「おい」


 父に呼び止められて、振り返る。


「お前、暇なら車の免許取ってこい」


「車かぁ。運転できるにこしたことはないよな」


「金ならお前の持ってきた資金が一杯ある。行ってこい」


 こうして、また子供を可愛がるタイミングを失ってしまったのだった。

 自転車で田舎道を進む。田んぼの横の溝には水が勢い良く流れている。


 隣を並走する車がクラクションを鳴らした。


「ヘイ一馬」


「なんだ、シアンか」


「今日は運を吸い取らせてくれないのかい?」


「自動車免許取りに行けっつわれて金渡された。今日はサボれないんだ」


「なるほどね。頑張りなよー」


 シアンがそう言うと、車は速度を上げ、多分パチンコ屋に向かって移動していった。


「あいつは雲のように自由だなあ」


 思わずぼやく。

 あのマイペースさには憧れるものがある。

 一馬は、ペダルをこいだ。


 その時、嫌な気配を察して一馬は動きを止めた。

 呼ばれている。

 誰に?

 迷うまでもない。覇者の剣だ。


「来い!」


 言って、覇者の剣を呼び寄せる。

 掌の前に、鞘に収まった覇者の剣が現れた。

 覇者の剣から声が響き渡る。


「一馬。頼む。来てくれ。こっちは酷い混戦状態だ。十剣も各地に散っている。この苦境を乗り越えるには、お前が……」


 そこで、言葉は途切れた。

 魔界七公の中でも厄介な魔族公は倒した。

 だとしたら、最も厄介な龍公が動き出したということだろうか。


 一瞬、家族の、シャロと赤子達の顔を思い浮かべる。

 彼女達も大事だ。

 けど、彼女と一馬を結びつけてくれたあの世界も大事だ。

 一馬は自転車を降りると、覇者の剣に念じた。


(あの世界へ、連れて行ってくれ……)


 覇者の剣の光の中に、一馬の意識は溶け込んでいった。



第百十話 完

次回『三年間の時間』

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