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結婚報告

 一馬の世界も夜だった。

 さて、どうしたものだろう。

 無一文の男女が一組、夜の庭に放り出された。


「明日まで時間潰さなきゃなあ。コンビニでも行くか」


「コンビニ?」


 シャロが不思議そうな顔になる。


「朝から晩まで一日中やってる店だよ……って、この服じゃそれもできんな」


 一馬とシャロは一日中服を着たまま着替えていない。脱いでも、臭いは中々取れないだろう。


「困ったね」


「困ったな」


 一馬はしばらく躊躇っていたが、仕方がないと思い、玄関に回った。

 そして、チャイムを鳴らす。


 しばらくすると電灯が点いて、扉が開いた。

 父が、目を丸くして一馬達を見ていた。


「また勝手にいなくなって。なにをしていた」


「……勇者になって魔王と戦ってたって言ったら信じる?」


「……信じてやりたいが現実味がなさすぎるな。今日は二人なのか?」


「あの、お義父さん!」


 シャロがひっくり返った声を上げる。


「なんだい、可愛らしいお嬢さん」


(あ、こいつ、シャロの名前覚えてないな)


 長い付き合いだからわかることだった。


「私、一馬さんと、結婚させていただきました」


 父の目が丸くなる。


「それで、子供を作ろうと思ったのですが、あちらの世界では私は別の種族なのです。けど、この世界なら同じ人間です。この世界で、一馬さんの子供を作りたいんです」


「あー……」


 父はしばらく、言葉に詰まっていた。

 それはそうだろう。息子とその恋人がこんなことを言い出して困惑しない者などいない。


「頼むよ、父さん。勝手な願いだってことはわかってる。できた子供は、責任を持ってあっちへ行って育てる」


 父は右の側頭部を抑えた。


「最近お前のことになると頭が痛い。ともかく、明日になれば警察に行こう」


「わかった」


「シャワーを浴びなさい。二人の寝間着は私が用意しておこう」


「ありがとうございます」


 シャロが深々と頭を下げる。


「……本当に結婚したのか?」


 父は、疑わしげに言う。


「あっちの世界じゃ間違いなく。つか、俺の格好見ればわかると思うが」


 一馬は、タキシードでこの世界に来たのだ。


「わかった。ついに俺もお祖父ちゃんか」


 父は満更でもない様子で、家の中へと入っていった。

 一馬はシャロを連れて家の中に入り、鍵を閉める。


 そして、シャワーを浴びると、両親二人が居間で待ち受けていた。

 その向かいで、シャロがしどろもどろになっている。


 一馬は、シャロの隣に座った。


「なに話してたんだ?」


「いやな」


 父はそう言って頬をかく。


「異世界という話をそのまんま信じることはできないんだが、シャロさんはこっち側の世界の戸籍がないんじゃないかと思ってな」


「あー……」


 盲点だった。


「下手をしなくても入国管理局に回されるのがオチな気がしてな」


「うーん」


 沈黙が場を包んだ。


「いいでしょう」


 母が、口を開いた。


「友達に産婦人科に経営している医者がいます。ちょっと、嘘をついてもらいましょう」


 母は腹が据わったらしい。穏やかな表情でシャロを見ている。


「危ない橋だな」


 父がぼやくように言う。


「けど、初孫です。私の子供ということにして、シャロさんを見てもらいましょう」


「……他に手もねえしなあ」


 父は顎に手を当てて考え込む。


「あっちの世界じゃ、お前、どれぐらい儲けてるんだ?」


「帝都に家が三軒は建つぐらい」


「……それじゃあ金の心配はいらないか」


 父は呟くように言う。


「それじゃあ、一馬とシャロさんは同じ寝床でいいんだな?」


「ああ、それでいい」


 シャロは顔を真赤にして、俯いてしまった。

 その夜、一馬はシャロと産まれたままの姿で向かい合った。

 そして、抱き合って寝た。



+++



 翌日、一馬は警察で尋問を受けていた。

 何処にいたのか。何故出てこなかったのか。


 見知らぬ世界にいて、こちらに帰る術がなかったと正直に述べた。

 追求されるかと思ったが、不思議なことにしばらくしたら解放された。


(もしかしたら、表沙汰になっていないだけで、結構ある話なのか?)


 そんなことを思う一馬だった。

 なにか、きな臭かった。


 家に帰ると、シャロと母が並んで皿を洗っていた。


「洗い物は基本一度先にまとめて洗剤で洗うの。そしたら、水の節約になるから」


「はいっ」


 彼女のいる家庭。

 憧れてはいたが、それが現実になると胸に温もりが溢れてくるようだった。


「道場に行くぞ」


 父が言う。


「なんでだ?」


「俺に稽古をつけてくれ」


 一馬は意表を突かれたような気分になったが、それはそうか。今は一馬の方が強いのだ。

 その後、一馬は父を徹底的に倒し、自信を少々喪失させた。


「あちらの世界でまた修行をつんだのだなあ」


 少し老けて見える父が、しみじみとした口調で言う。


「ま、そゆこと」


 そう言って、一馬は肩に竹刀を担いだ。

 ふと、思ったことを口にする。


「疑わなくていいのかよ」


「ん? なにがだ」


「不法入国した連中を連れ込んでるんじゃないか、とかさ」


 父は小さく笑った。


「昔からお前は、悪いことができない子だったよ。それは父さんがよく知っている」


 不覚にも、少し泣きそうになった。



第百三話 完


次回『台風の目』

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