一馬の世界へ
「まったく。酔い潰れて倒れた人間が山のようだわさ。うつ伏せにしないと死者が出るだわさよ」
愚痴愚痴言いながら、静流は仰向けに倒れた人々をひっくり返していく。
「静流」
「あ?」
静流は少し棘のある口調で言う。
これも、親しくなった証だろう。
「手伝ってほしいことがある」
「なんだわさ? 厄介事は今の時点でやってるだわさよ」
そう言って、静流は次の人の前で足を止める。
「俺とシャロを、俺の世界へ飛ばしてほしいんだ」
静流の動きが止まった。
「なんで?」
静流は曲げていた腰を起こし、一馬達に向き直る。
「あっちの世界で、子供を作りたいの」
「あー……」
静流はなるほど、と頷いた。
「その手があったか」
「うん」
「あの世界は不思議な場所だったもんね。魔術関係の機能が運動を停止する。あの世界なら、人間同士の子供と同じ子供が産まれるかもしれない」
「そういうわけだ。頼むよ、静流」
「じゃあ後は遥ね。彼女がいないとどうにもならないだわさ」
「見ないけど、どこにいるんだ?」
「そこで寝ゲロ吐いて死にかけてる」
静流の一言に驚いた。遥は確かに寝たまま吐いていた。
しかし、吐瀉物は地面に流れ落ちていた。
「キュアーとリカバリーを使える人がいればいいんだけど、十剣は多忙でもういないしねえ。どうしようもないだわさ」
「遥、遥、起きろ!」
遥の肩を揺さぶる。
「ん……うう……」
反応があった。
頬をはる。
「緊急事態だ。起きろ」
容赦なく左右にはる。
「魔族の襲来だ!」
その瞬間、遥は立ち上がり、一馬に向かって刀を振り下ろした。
背中の覇者の剣の鞘で辛うじて受け止める。
恐るべき抜刀速度だ。
「あっぶね……」
「ん?」
遥は戸惑うように自分の刀を見る。
「魔族は?」
「夢だ」
「じゃあもう一度寝る……」
そう言って、遥は目を閉じた。
「起きろ、起きろ遥! お前の力がいるんだよ!」
再び、頬を左右にはる。
「うーん……なに?」
「俺の世界に送ってくれるか?」
遥は、しっかりと目を開けた。
「ん? なんで?」
「事情は立て込んでいる。しばらく戻れないとも思う。だから、早く行こうと思う」
「……わかった。留守は任せて」
そう言って自分の足でしっかりと立つと、遥は構えた。
「それにしても、ほっぺた痛いんだけど」
「気にするな」
「気になるな……次元突!」
次元の穴が開く。
そして、静流が遥の肩に手を添えた。
莫大な魔力が遥の中に流れ込む。
次元の穴は広がり、異世界へのゲートとなった。
一馬は、シャロの手を取り、その中へ入っていった。
第百二話 完
次回『結婚報告』




