結婚式
結婚式の日取りが決まったのは秋も半ばという頃だった。
外からは焼き芋の匂いがしばしば漂ってきていた。
村も随分形になった。
なにやら魔王を倒した勇者と一馬は喧伝されているようで、移入希望者が殺到したのだそうだ。
一馬としてはやり辛い。
そして、ついに結婚式の日がやってきた。
タキシード姿の一馬は、シャロの手を取り、家の外へ出る。
教会までの道に、ずらりと人混みができていた。
その人の多さにぎょっとし、足を一歩止める。
しかし、構わずに進んだ。
皇帝が用意してくれたのだろう。音楽団が曲を奏でている。
歩いている途中で、一馬は、刹那の姿を見つけた。
思わず駆け寄る。
「師匠。師匠のおかげで、今日という日にたどりつきました。」
刹那は、一馬の手を取り、微笑む。
「おめでとう、一馬。あなたは師を超えました」
「いえ、まだまだです」
「過度な謙遜は嫌味ですよ。あなたを認める人間を否定すると同義でもあります。さあ、行きなさい」
そう言って、刹那は一馬の背を押した。
そう、全てはこの二人と二匹から始まった。
刹那がいなければ、一馬とシャロは生きてはいなかった。
色々な要素が重なってここにいる。
そんなことに、胸が一杯になる。
そして、教会の前に辿り着くと、皇帝が牧師から本を奪い取っていた。
皇帝は咳をして、本を開く。
「今日という日を迎えられて、これほどの幸せはない。我々を救った英雄一馬と、その仲間シャロの結婚式が行えるのだ。今日という日を祝日とし、毎年祝うことにしよう」
喝采が上がった。
「こ、皇帝陛下」
「なんじゃ、一馬」
「それは大げさすぎでは……」
流石に気が引けるというものだ。
「勇者としての自覚が足りんようだな。今代の勇者としてそれぐらいの褒美はあっても良いものだ」
新十郎は後頭部で手を組んでにやけている。
驚き戸惑う一馬を見て面白がっているようだ。
それを見ていると、腹が座った。
「ありがたき幸せ」
「それでいい。では、新郎一馬よ。お主は妻、シャーロットを愛し、貧しき時も病める時も共に歩むと誓うか」
「誓います」
皇帝は満足げに微笑んだ。
「よろしい。新婦シャーロットよ。お主は夫、一馬を愛し、貧しき時も病める時も共に歩むと誓うか」
「誓います」
シャロは照れくさげに俯いて、けど口元は微笑んで、肯定の言葉を口にした。
「それでは、誓いのキスを」
一馬はシャロのヴェールを持ち上げた。
綺麗だと思った。
世界のどんな女性よりもシャロは綺麗だ。そう思った。
唇と唇が重なる。
こうして、二人は結婚した。
+++
「子作りしないの?」
ルルの率直な言葉に一馬は思わず飲んでいたスープをふきそうになった。
結婚式も終わり、今は皆で会食パーティーだ。
これも皇帝の手配らしく、帝国お抱えの料理人が腕をふるった料理が見渡す限り並んでいる。
「そうだぞ、子作りしろよ」
新十郎も面白がって乗っかってくる。
「私達は子供はいらないって話し合ったから」
シャロは苦笑交じりに言う。
「子供はかすがいとも言う」
不動が話に混じってくる。
「結婚相手に疲れても子供がいれば頑張れると聞く」
「そうですね。腹を決めなさい、一馬」
刹那も面白がって乗ってきた。
「皆、察しなさいよ」
意外なことに、皆を諌めたのはあやめだった。
「一馬は不能なのよ」
「誰が不能じゃい!」
頭をはたいてやろうかと思ったが、思い直した。
「けど、いいですね。いつもは戦時しか集まれない皆が集まってわいわいするの」
「そうですね。十剣がここまで揃ったのも久々な気がします」
スピカが感心するように言う。
「私達のために、ありがたいことです」
シャロはそう言って、小さくなる。
「一馬がいなかったら俺達はきっとこの場にいなかった」
結城が、しみじみとした口調で言う。
「だから、いいんだ、これで。後はお前達が幸せになればいい。子供を作るか作らないかはお前達が決めることだ」
第一席の言葉に、誰も異論を唱えられなかったらしい。
話題は変わり、賑やかな昼は過ぎていった。
+++
シャロはウェディングドレスを脱ぐと、自室のベッドに倒れこんだ。
「疲れたー。今すぐ猫になりたい。猫になって一馬の膝に乗りたい」
「それは色気がないからやめてほしいなあ……」
しみじみとした口調で言う一馬だった。
一馬も服を緩め、ベッドに座る。
「じゃあ、こうだ」
そう言って、シャロは一馬の膝に座る。
微笑んでいるシャロを、一馬は抱きしめた。
「今まで俺達がやってきたことは、無駄ではなかった」
しみじみと、そう思う。
結婚式に来てくれた人は、皆笑顔だった。
あの時間を作ったのが自分だと思うと、嬉しくなる。
「うん、そうだね」
シャロも、しみじみとした口調で言う。
そして、俯いた。
「あのね、一馬」
「なんだ?」
「これ、意見が分かれると思うんだけどね」
「言ってみろよ」
シャロは潤んだ目で、一馬を見た。
「一馬の、子供がほしいの」
一馬は、絶句した。
その件は、もう二人で散々話し合ったことではないか。
暗雲が立ち込めるような感覚の中で、結婚式の夜は過ぎていく。
第百話 完
次回『子作り考察』




