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祭りの日

 卵を持って町へ帰ると大変な騒動だった。

 火竜を謀ったにしろ倒したにしろ、その卵を持ち帰るなんて尋常なことではない。

 さらに、ボランティア部隊の言うことには、王都十剣の弟子達が火竜を倒したという。


 不安と戦っていた人々は、それから開放され、祝いの席が設けられた。

 ギルドに入ると、歓声と拍手が皆を出迎えた。


「どもども」


 苦笑しながらそう言って、一馬はギルドの中を歩く。

 ギルドの受付では、受付嬢がいつもの微笑み顔で待っていた。


「卵、確かに受け取りました。三人に報酬を払いましょう。ギルドカードをこちらへ」


 言われるがままに、三人はギルドカードを手渡す。


「ついでにパーティ登録もよろしくだわさ」


 受付嬢は目を丸くする。


「いいのですか? 今後、一人あたりの取り分は減りますが」


「けど、その分遺跡発掘作業なんかに従事できるようになるだわさ。それで一攫千金狙うのも悪くないだわさ」


「なるほど」


 受付嬢は微笑む。

 そして、一馬のカードを手でなぞった。

 一千万と数字で書かれた表記が現れた。


「今後、このカードに書かれた金額はどのギルドでも換金できます。しかし、一度に大金に変換する場合はお金を運ぶのに時間がかる必要があるのでご注意ください」


「了解した」


 そう言って、一馬はポケットにカードを入れた。

 遥と静流も同じ手順を踏む。


「それでは、今日は祝いの祭りです。三人とも楽しまれるように」


 ギルドを出ると、新しい荷車に卵が移されている最中だった。


「移動させるのか?」


 ボランティア部隊の男性に訊く。


「ああ。王都で競りにかけられる。護衛には十剣が当たるそうだ」


「安い額じゃないもんな……」


「まったくもって」


 肩幅の広い小柄な男が一馬の肩をぐいと引き寄せた。


「見事だったぜ、にーちゃん。にーちゃんの武勇伝は語り継がれるだろう」


(言いふらす気満々だな……)


「いや、今回の件はあまり話さないでくれ。俺達はもうすぐ旅に出るしな」


「目的地は?」


「サラン」


「なるほど、首都に近づいていくんですね」


 眼鏡の男性が、眼鏡の弦を押して位置を整えながら言う。


「そうなるな」


「俺は聞いてないがな」


「私もだわさ」


 仲間達から不安が募る。


「なにか美味しい話でもあるんだわさ?」


「シャロが……シャロが姉と生き別れたのが、その町なんだ」


 遥と静流はしばし黙り込んだが、そのうち納得したような表情になった。


「なるほど」


「それは外せないだわさね」


「ありがとう、納得してくれて」


 彼らが仲間でよかった。そう思う一瞬だ。


「けど、私の見つける依頼にも付き合ってもらうだわさ」


「わかった、付き合うよ」



+++



「わああ、祭りだ、祭りだ」


 祭りに一番騒いだのはシャロだった。

 今まで混ぜて貰えなかったのに、堂々と入り込めることが嬉しいらしく、色々な露店を眺めている。


 苦笑顔の三人がその後をついていく。

 そのうち、三人は人混みに押されて、離れ離れになってしまった。

 一馬は辛うじて、シャロの手を捕まえる。


 そして、頬が熱くなった。

 祭りの日に手をつなぐ男女。これではまるで恋人同士ではないか。


「あは、捕まっちゃった」


「馬鹿言うな。近隣の町からも人が来てるらしいな。それほどドラゴン退治で助かった人がいるということだろう」


「今、どんな気分?」


 シャロが悪戯っぽく目を細めて言う。


「正義のヒーローも悪くねえかなってとこ」


 大きな荷台が道の中心を走っている。

 道全体を埋めるそれは、ドラゴン二匹の死体を乗せた荷台だ。


「おお、ドラゴンだ」


「本当に討伐されたのか……」


 あちこちから驚嘆の声が上がる。


「強くなったよなあ、俺達」


「まあ、とんでもない修行だったからね」


「お互いの癖も嫌というほどわかったな」


「そうかもね」


 シャロが滑稽そうに小さく笑う。


「例えばシャロは寝てる時に腹をかくだとか」


「……あんたデリカシーないって言われたことない?」


「あると言えばあるが」


「だと思った。けど、優しくはあるのね」


「そうか?」


「姉探しに付き合ってくれるんだから……」


「シャロの姉って、シャロみたいに術が使えたのか?」


「いや、猫は基本人間の魔力を吸わないと術は使えないわ。一人はオッドアイの姉。もう一人はかけっこがとても早かった姉。それだけしか情報はない」


「二人とも黒猫?」


「だからお屋敷を追い出されてね」


 シャロは苦笑する。その手が、離された。

 そして、なんとシャロは、一馬を抱えて放り投げた。


 それを、遥がキャッチする。


「デートしてきな!」


 そう言うと、シャロは人混みの中をかきわけて去っていってしまった。


「あいつ、わかってんのかな」


 一馬はぼやくように言う。


「なにがだ?」


 遥はどこかそわそわした様子で言う。


「全財産俺が持ってるって」


「……まあ、物を買うだけが祭りじゃないさ」


 遥は苦笑しながらそう言った。



+++



 遥と色々な出し物に挑んだ。時には演劇も見た。竜を倒す一馬達を描いた劇だ。

 その細かな台詞の再現率に、一馬は苦い思いをした。


「ボランティア部隊の連中、俺達の情報を売りやがった」


「まあ、小遣い稼ぎぐらいさせてあげよう。彼らは報酬がないんだから」


「これ他の町でもやるんだろ? 名前が売れちまうじゃねえか」


「売れて困るか?」


「いや……」


 シャロが黒猫だとバレたら、なにかと言いがかりをつけられそうな気がする。

 しかし、それを言うのはシャロに失礼な気がした。


「困るな」


 察したらしく、遥はそう言って前を向いた。


「お前、いい女だよな」


「そうか?」


「俺って言うのをやめてもうちょっと女の子らしい喋り方にすればモテるんじゃないか?」


「本当にそう思います?」


 遥が声色を変えて言う。

 一馬は、思わず心音が高くなるのを感じた。

 遥はにんまりしている。


「女であることも武器に使え。師の教えだ。俺は使う気がないが、心臓に悪いことはわかっただろう?」


「そうだな。それに、男っぽい喋り方をしてても、遥は良い奴だ」


 沈黙が漂った。


「男みたいな喋り方に刀。もしかして、グリフォンマスターの遥か?」


 唐突に、遥は声をかけられた。


「違う。今は垂れ耳と契約をしている」


「何故? 勿体無い。グリフォンに気に入られる人間なんて滅多にいないのに」


「グリフォンじゃ回復術は使えないからねえ……いこ、一馬。名が売れすぎるのも困ったもんだ」


 そう言って、遥は席を降りて人混みに入っていく。

 その後を、一馬は追った。


「グリフォンと契約してたのか?」


「ああ、うん」


「けど猫に鞍替えした、と」


「相手には悪いと思っているよ。けど、私は回復の奇跡を手にしたかった」


 どれだけの時間、彼女は自分の過ちを責めていたのだろう。

 いや、今も責めている最中なのだろう。

 少しでも、彼女の力になれたら。そう思った。


 一馬は、遥の手を取る。


「なっ」


 遥の顔が赤くなる。


「あっちに焼きとうもろこし屋あったから行こうぜ」


「で、デートではないからな!」


(男と女が手を繋いで祭りをうろついてたらデートだろ)


 心の中でぼやくように言ったものの、それを口に出せば手を振りほどかれそうなのでやめておいた。


「今日は楽しむぞ!」


「おう!」


 少しヤケ気味に遥は叫ぶ。

 その声は雑踏にかき消された。



+++



「ねえ、あれ、どっちが勝つと思う?」


 屋根から静流は町を見下ろしている。

 目に映るのは、一馬と遥のペアだ。

 シャロは少し離れた場所で、アクセサリーの店を熱心に見ている。


 相棒の猫、キャロルが返事をする。


「そうだにゃあ。付き合いの長さではシャロの方がリードしてるよにゃ」


「そうね。けど、一馬と遥も探り合って居心地のいい関係性を作ろうとしているだわさ」


「そうだにゃ」


「モテる男は辛いわねー」


「静流は行かないのかにゃ?」


「人混みは苦手だわさ、知ってるでしょ」


 そう淡々と静流は言った。

 キャロルは溜め息を吐く。


「他人の恋路よりも自分の婚期を心配するべきにゃ」


「なんか言った?」


「なにも言ってないにゃ」


「そう」


 そう言って、静流はキャロルの尻尾を握った。


「それ苦手だからやめてほしいにゃ」


「後十秒は握るだわさ」


 日が隠れてなお明るい町を眺めながら、夜は更けていく。



+++



 一馬が部屋に戻ると、黒猫モードのシャロが衣服に包まって寝ていた。

 その頬を、静かに撫でる。

 シャロは目を覚ました。


「お帰りにゃ」


「ただいま、シャロ」


「遥とは上手くいったにゃ?」


「お前があんな乱暴な奴とは思わなかった」


「にゃはは」


「人間モードになれよ」


「なんでにゃ?」


「なんででも」


 シャロは警戒するように、人間モードへの移行を渋る。

 しかし、そのうち諦めたように、変化した。

 小さな猫のシルエットが、人間のそれに変わっていく。

 そして気がつくと、黒いワンピースに身を包んだ少女が目の前にいた。首には黒いチョーカーがついている。


「帽子、貸せよ」


「いいけど、どうするの?」


 僕はポケットからあるものを取り出し、帽子につけた。

 そして、帽子をシャロに渡す。

 シャロの目が輝き始めた。


「どうしてこれが欲しいと知っていたの?」


 シャロは驚くように言う。


「いやな、静流がシャロがアクセサリー屋を熱心に見てたって言うから。それで、お前はよく夜空を見上げていたなあと思ってだな」


「大事にする!」


「ああ、そうしてくれ」


 シャロの帽子には、三日月を模したアクセサリーがついていた。

 少し高かったが、それでシャロが喜んでくれるならそれでいいと一馬は思った。

 シャロはよっぽど嬉しかったようで、こちらの頬に頬をこすりつけてくる。

 その状況に、一馬は赤面した。


 そして、明日から、ついに、シャロの姉に関する情報収集が始まる。

 その時、一馬はふと窓の外を見て、違和感に気がついた。

 町は霧に囲まれつつあった。



第十話 完





次回『七公 ブラド』


今週の更新はここまでとなります。

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