第9話 盗賊団の首領
「いくぜ、『炎熱の槍』」
「雷撃の矢」
「風撃の弾丸」
盗賊たちが次々と魔法を放つ。無精ひげの男を含めて、残っていた盗賊の中に魔法を使える者がまだいたようだ。
そもそも祝福は魔法や戦闘に関係のないものも多いため、魔法の祝福を持つだけで重宝されていたはずなのだが、盗賊くずれにも魔法を扱う者がいたとはな。……まあ、この領地でまともに働くよりも、盗賊の方が扱いは良い可能性もあるが。
「これほどの魔法は防げまい! 死ね!」
それぞれの魔法が一斉に迫る。それと同時に残りの盗賊がナイフなどを投擲してきた。
「奈落の暴食」
「なっ!?」
漆黒の闇の霧が我の周囲を覆い、盗賊どもの放った魔法やナイフなどすべてを呑み込む。死体を呑み込んだ際に使用した魔法だが、本来この魔法はこういった時に使う魔法である。
魔法の数だけは多かったが、威力はお粗末なものだな。だが、魔法や武器などを呑み込んでも我の力は戻らぬようだ。
「それで終わりか? もっとまともな攻撃手段はないのか?」
「ば、化物めっ……!」
無精ひげの男たちの全力とやらも大したことはなかったな。
もう少し実戦での実験をしたいところだが。
「ったく、騒がしいな。てめえらは外でいったい何やってんだよ?」
「「「親分!」」」
洞窟の奥から顔に大きな十字傷のある大柄な男が出てきた。ユルグと尋問した盗賊からの情報によると、あの男がこの盗賊団の首領に間違いないようだ。
「なんじゃこりゃあ! おい、ギリーこいつはどういうことだ?」
「親分、カルヴァドス家のやつらが攻めてきやがった! ダレアスの子供で見た目は小さなガキだが、やべえ闇魔法の使い手なんだ!」
十字傷の男が呪詛の弾丸によって周囲に倒れた盗賊どもを見て無精ひげの男へ尋ねる。盗賊どもはまだ他にもいたらしく、さらに20人近く後ろに引き連れていた。
盗賊団としては多少大きいらしいが、ここの他にもいくつかの盗賊団の拠点があるらしいのでこれくらいか。
「ほう、闇魔法とは珍しいじゃねえか。とはいえ、こんな小さなガキにやられるとは情けねえやつらだぜ」
確かに2メートルほどある十字傷の男に比べると、10歳の我はその半分くらいの背しかない。
「おっ、そっちの女はいい女じゃねえか! あとでたっぷりと可愛がってやるぜ。カルヴァドス家がそう来るのなら、こっちも仲間を集めてお礼参りに行かねえとな。とりあえずこのガキは四肢をもいで生け捕りにして、ダレアスの前に突き付けてやるか」
すでに死んではいるが、たとえそんなことをしてもあの男は迷わずゼノンを見捨てていたと思うがな。
十字傷の男は背負っていた巨大な斧を引き抜いた。この男の祝福は『戦斧マスター』。斧での戦闘に特化した祝福である。
「おまえら、離れておけよ!」
他の盗賊たちが十字傷の男の後ろへ回り距離をとる。どうやら盗賊ども全員で攻撃を仕掛けてくるわけではないらしい。
もちろん盗賊であるこの男が正々堂々と一騎討ちするからというわけではなく、あの巨体から繰り出される大斧にとって他の者は戦闘の邪魔になるだけだろう。
「へへっ、簡単にくたばるんじゃねえぞ! おら、行くぜ!」
十字傷の男が大斧を振りかぶりながら突っ込んでくる。
その速度は先ほどまでの盗賊たちとの速度とは一線を画す。
「ふむ、なかなか速いな」
「ちっ、ガキの癖にうまくかわすじゃねえか」
真正面からの縦の斬撃を横に避けてかわす。
「なら、ちっとは本気を出すか。こいつはどうだ!」
「ほう」
今度は斧を下から上に向かってに大きく振るう。それは我に当たる攻撃ではないが、大斧の衝撃によって石や土の塊が我へと向かってくる。
「そこだ! 『一閃』」
葬送の闇鎌によって破片を防いでいる間に十字傷の男が一気に踏み込み、今度は反対側から斜めに斬り込んできた。
「なっ!?」
「ば、馬鹿な! あの身体で親分の一撃を止めやがった!」
しかし十字傷の男による大斧の一撃は葬送の闇鎌によってピタリと止まる。もちろん非力な人族の子供の力ではこの男の一撃を受けることなどできないが、魂の収奪の効果によって我の身体能力は強化されている。
この魔法は周囲の者からエネルギーを吸い取って我の力とする闇魔法だが、その効果は周囲にいる者が多ければ多いほど上昇する。あえて他の盗賊どもを皆殺しにしていなかったのは闇魔法の実験もあるが、このためでもある。
「暗黒の縛鎖」
「ぐっ……!」
十字傷の男の足元から黒き鎖が具象化され、男の身体を拘束する。
「ふむ、盗賊団の首領といってもこんなものか」
「……なめやがって! ぶっ殺す!」
プルプルと怒りで身体を震わせていた十字傷の男が暗黒の縛鎖を力によって無理やり引きちぎって距離を取る。
なるほど、無暗に突っ込んでくるような筋肉馬鹿ではないようだ。先ほどの一撃も我の腕を狙っていたようだし、本気ではなかったらしい。ユルグの言う通り、盗賊にしては多少やるようだ。
「てめえら、全力で魔法をぶっぱなせ!」
「は、はい! 『灼熱の嵐』」
「氷雪の刃」
「雷撃の奔流」
十字傷の男の指示で魔法を使える者が一斉に魔法を放つ。十字傷の男が共に引き連れてきた者は先ほどの者より強力な魔法が使えるようだ。
「奈落の暴食」
先ほどと同じように奈落の暴食によって魔法を呑み込む。先ほどよりも強力な魔法で数も多かったため、より多くの魔力を込めた。
「そこだ、『裂地の戦斧』!」
「むっ……!」
我が魔法による集中砲火を対処している間に十字傷の男が一直線に我のもとへ踏み込み、最初と同じ縦の斬撃の軌道を放つ。
だが、最初の攻撃と比べると速さと威力が段違いであった。
「ゼノン様!」
「問題ない」
右腕からは鋭い痛みの感覚が伝わり、赤い血が滴り落ちてくる。十字傷の男の斬撃は奈落の暴食による闇の霧を切り裂き、そのまま我の腕を斬りつけた。ミラがこちらに来ようとするが、それを手で制す。
「へっ、ガキの癖にそこそこやるようだな、褒めてやるよ。どうだ、ここで命を落とすくらいなら俺の下につかねえか?」
すでに勝利を確信したようで、十字傷の男がニヤニヤしながら我に向かってそんなことを言う。
「人族の身体ではどうしても防御への意識が薄くなるし、たったこれだけの怪我もすぐに治らないとは脆弱な身体だ。だが、これはいい勉強になった。お前の方こそ盗賊ごときにしてはやるではないか、褒めてやろう。まあ、貴様のようにデカいだけで品性の欠片もない男など我はいらんがな」
「て、てめえ! ぶっ殺す!」
十字傷の男が顔を真っ赤にして激昂しながらこちらへと突っ込んでくる。
やはり人族の身体ゆえの防御への意識の希薄さが今後の課題であるか。さて、こいつ相手の能力の実験はこれくらいで十分であろう。
「虚無の幻獄」
「ぐっ、なんだこりゃあ……!?」
十字傷の男がふらつき片膝をつく。
「どうした、来ないのか?」
「くそったれ!」
ふらつきながらも、十字傷の男は大斧で強烈な横薙ぎの一撃を繰り出す。
そしてその一撃は葬送の闇鎌を斬り裂き、我の身体を両断した。
「やったぜ! ざまあみろ、油断するからそうな――がふっ!!」
十字傷の男の腹には漆黒の鎌が深々と突き刺さっていた。
「貴様の言う通りだな。油断は禁物であるぞ」
「なっ……なぜだ……」
十字傷の男が切り裂いた我の身体が煙のように消えていく。
もちろん我は無傷である。
「貴様が斬ったのは闇魔法で作り出した我の幻影だ。先の闇魔法は強烈な幻覚作用を引き起こし、幻影を見せる魔法である。とはいえ、正気を保っている貴様はまだマシなほうだぞ」
「ひゃっはああ! 全員皆殺しだ~!」
「うおおお、金だ金だ金だああ!」
「ひいいいい……」
後ろではうつろな目をした盗賊たちが暴れて同士討ちをする者もいれば、泣き喚いて見えない何かに許しを乞いている者もいる。
「さて、いろいろと確認したいこともあるが、別の男の方が話は通じそうだ。安心しろ、あとで貴様の仲間も同じ場所へ送ってやる」
「まっ、待――」
ザンッ。
十字傷の男の首が宙を舞った。




