第39話 アダレア国
「ゼノン様、お帰りなさいませ!」
「うむ、今戻ったぞ。我のいないあいだよくやってくれたな。褒美と休暇を与えたいところだが、なにか緊急の用件があるみたいだな」
久しぶりに屋敷へと戻り、我の部屋へユルグを呼び出す。
しばらくの間我の代わりにこの街を任せていたが、見事にその大役を務めたようだ。褒美を与えたいところだが、焦っているユルグの様子を見るとそれどころではないらしい。
「はい。2日前にゾルティックの街へ連絡をしたのですが、ちょうどゼノン様もこちらへ戻る最中だったようで助かりました。実は正式に国を通してアデレア国からカルヴァドス領の領主であるゼノン様に書状が届いております!」
「アデレア国?」
わざわざ別の国から一領主である我に対してなんの話だと思ったのだが、その国の名前にはひとつだけ心当たりがあった。
ユルグが持ってきた書状の封を切り、中の手紙を読んでみる。
「……なるほど、やはりミラをアデレア国へ引き渡せという内容だな」
「っ!?」
書状の内容は簡単な挨拶から始まり、手違いでミラが我の領地のあるこのラドム国へきたため、アデレア国へ引き渡せという内容だった。大人しく引き渡せば謝礼金を払うが、もしも断るのなら実力行使も辞さないという、若干脅迫のような文面であった。
「無論ミラを引き渡す選択などない。戦争をするというのならば望むところであるな」
「ゼノン様!」
不安そうな顔をしていたミラにそう告げると、ミラは笑みを浮かばせた。
人族の世界で聖女という称号がどのような役割を担っているのか知ったことではないが、我の大切な配下を奪おうとするならば受けて立つだけだ。我もだいぶ前世の力を取り戻してきたことだし、向こうから攻めてくるのであればこちらも反撃するだけである。
「ゼ、ゼノン様……さすがに国同士の戦いとなりますと、ジルト伯爵様や国王様との話となってきます。できれば穏便に済ませる方向でお願いしたいのですが……」
「ユルグの言うことももっともではある。話し合いで済ませられるのであればそれに越したことはない」
我もあえて争いをしたいというわけではない。人族と魔族との戦争もそうであるが、降りかかる火の粉を払うだけである。
人族の欲望は果てしないが、こちらの国も人族であるからな。さすがにいきなり実力行使には来ないだろう。
「そういえばミラや他の国のことについてはあまり深く聞いてこなかったな。アデレア国はどういう国なのだ?」
「そうですね、あちらの国はこの国以上に貧富の格差が激しく、国の有力者は腐っていました。私も一度餓死寸前のところまで追いつめられたほどです」
「ミラ様が!?」
セレネが大きな声を上げる。
そういえばミラも転生の秘術によって人族の身体に転生した際は死に掛けていたと言っていたな。セレネには伝えていなかったが、我とミラは始めから大きな力を有していたわけではない。
「私の場合は運よくそこから生き延び、祝福の儀で聖魔法を受けたため、教会でまともな生活をできるようになりました。そのあとはゼノン様を探しつつ、聖魔法を鍛えている間に聖女という称号を拝命しました」
名前をミラとしたのも先に我が転生していたら、その名前で気付くかもしれないため、四天王時代と同じ名前にしたそうだ。本当にミラの忠誠心には恐れ入る。
そんな忠誠心のあるミラを引き渡すという選択肢はありえないな。
「アデレア国から出る時は一応書き置きをしておいたのですが、こうして追ってくるとは面倒ですね……」
国を出て我のもとへ来る際に書き置きを残して出てきたようだが、それでも跡を追ってきたのか……。
「ちなみになんと書き置きを残してきたのだ?」
「はい、運命の人が現れたので、その方へ会いに行くと書いておきました!」
「「「………………」」」
なるほど、確かにそれはアデレア国の者も手違いでこちらに来たと言いたくなる気持ちも分かる。
もう少しよい言い訳はなかったのかとも思ってしまうが、ミラは我が転生の秘術によって転生する我の予兆を感じ取って動揺していたのかもしれない。それにミラのおかげで命を救われた我にとっては感謝しかない。
「とりあえずミラが過去我かダレアスに命を救われたことがあり、自分の意思で我に仕えていることを伝えておこう。それとミラを監禁しているわけではないことを証明するためにミラを知っている者を使者にでもよこすことを伝えておけばよいか」
「はい、そちらで問題ないと思います。ですが聖女であるミラ様を自国へ戻すため、なにか言ってくる可能性もございますね」
「ふむ、こちらも準備はしておくか」
ユルグの言う通り、人族は面倒であるからな。いろいろと準備をしておくとしよう。
「……それとゼノン様。今回の件とは関係ございませんが、アデレア国のことについてひとつお伝えしておきたいことがございます」
「なんだ?」
「アデレア国には勇者の子孫がおりました」




