第3話 恐怖による支配(?)
「う、うわあああ!」
「暗黒の縛鎖!」
「ぐうっ……」
ダレアスの首を刎ねたことにより、血が噴水のように吹き出る。それを見たダレアスの横にいた長髪の男が広間の出口から逃げ出そうとしたところを闇魔法で拘束した。
「動くな、次はないぞ。貴様らごとき、いつでも殺せることを忘れるな」
「ひぃ……」
我の威圧により、長髪の男が青ざめた表情となる。他のユルグと呼ばれていた初老の男や給仕の者は恐怖で動けなくなっている。
「ゼノン様、この者たちは殺さないのですか? この男を殺したことがバレてしまうと面倒なことになるのでは?」
ミラからの言葉に他の者たちの身体がビクンと跳ねた。先ほどの魔法を見て、すでに我に歯向かう気はないようだ。
「……ふむ。今後のことを考えればこの屋敷を管理する者や手駒は必要だ。もちろん我のことを他の者に話させぬよう契約で縛るがな」
「左様ですか。さすがはゼノン様、いつも思慮深くございますね!」
人族の命などはどうでもよいが、これから同胞たちの情報を集めるのであれば人手がいる。我は人族と戦争をしていた間柄だが、すでに五十年が過ぎたこの世で直接恨みのある者はいない。人族とは争っていた間柄ではあるが、それは種族の存亡をかけた争いであったゆえ、人族すべてを憎んでいるというわけではない。
というより我も人族の身となったゆえ、人族を敵として見るのかも難しいところである。まあ、その辺りのことは後々考えるとしよう。
「さて、こいつの死体が邪魔だな。『奈落の暴食』」
ダレアスの死体の下へ闇の霧が広がっていき、死体と首がゆっくり闇へと沈んでいく。
「むっ、ぐうううう……!」
突然の出来事に対して片膝をつく。
なんだ、一体これはどういうことだ?
「ゼノン様、どうかされました!?」
「はあ、はあ……。こいつを闇へ吞み込んだ際に我の力が少し戻ったぞ」
奈落の暴食はすべてを呑み込む闇の霧を作り出す魔法だ。邪魔な死体を片付けるために使ったつもりだったのだが、なぜかダレアスを呑み込んだ際に力が増し、この身体でありながら我の力が前世のものに少しだけ近付いた。
「人族の身であるからか、この祝福とやらが要因なのかはわからぬが、実に良い気分だ」
「なるほど……。他の者たちでも試してみましょうか?」
「ひいいい!」
ミラが先ほど逃げようとした長髪の男の方へ視線を移すと、男が悲鳴をあげる。
「ふむ……先にこの屋敷にいる者をすべて集めるとしよう」
「承知しました」
屋敷の広間にはこの屋敷に仕える使用人や料理人に至るまで総勢40人ほどが集まっている。無駄に大きな屋敷なこともあって、これだけの使用人や護衛がこの屋敷に仕えているらしい。警備のために武装した者も多くいた。評判の悪い領主であるから、反発する者も多いのであろう。
ダレアスの死体は片付けたが、カーペットには真っ赤な血の染みが残っており、声を上げ逃げようとした者もいたが魔法により捕縛した。すでに圧倒的な力の差を感じ取ったようで、護衛の者たちも我に逆らう気はないようだ。
「ゼ、ゼノン様、私はあなた様に誠心誠意お仕えいたします! どうか、命だけはお助けください!」
「ほう」
多くの者はわけもわからないという表情だが、先ほどの動向をすべて見ていた長髪の男が突然我の前に出て跪いてきた。
「ふむ、我に対してその従順な姿勢は評価できる」
「は、はい! ありがとうございます!」
「だが、この屋敷の中で唯一貴様だけはいらん」
「えっ……?」
我の最初の言葉に安堵の表情を浮かべていた男の顔色が一気に青ざめる。
「貴様のような強者の影に隠れて悪行を重ねる小賢しい者は不要である。契約で縛ったとしても抜け道を探して我を裏切ろうとするだけであろう。『葬送の闇鎌』」
「ゼ、ゼノン様、どうかお慈悲を――」
ザンッ。
ダレアスと同じように男の首が宙に舞う。
ゼノンの記憶によれば、この男は終始ダレアスに媚びへつらうだけの汚い男だ。ゼノンとダレアスに気に入られていることをいいことに屋敷の女中に手を出したり、下の者に対して傲慢たる態度をとっていたりとやりたい放題であった。
まさにダレアスの子分のような男である。これからのことを考えると人手は必要だが、こいつだけはいらん。
「「「きゃあああ!」」」
男の首を刎ねたことにより、先ほどの出来事を見ていなかった使用人たちが悲鳴をあげる。だが、さすがに恐怖の方が勝ったのか、逃げ出そうとする者はおらず、その場に立ち尽くしている。
この男はちょうどよい見せしめになったようだ。
「さて、今から貴様らに選択肢を与えよう。ここでこの男のように首を刎ねられて死ぬか、我に忠誠を誓うかだ」
「なっ!?」
使用人たちの間に驚愕の声が広がっていく。
「あ、あなたは本当にゼノン様なのですか……?」
ひとりのメイドが声を上擦らせながらそう尋ねてきた。この者はゼノンの世話係だった者だ。散々この傲慢なゼノンに暴力を振るわれ、横柄な態度を取られていたが、それでも普段のゼノンと違うことを察したようだ。
「我は父親に殺されかけたことでようやく気付いたのだ、弱ければ無慈悲に殺されるだけだと。そして我は闇魔法という祝福を得たおかげで力を得ることができた」
「や、闇魔法!? それでゼノン様が……」
どうやら言動が変わったのは闇魔法のせいだと思われているようだ。まあ、それでも構わん。
「我が貴様らに望むのはダレアスの代わりに我へ仕えることだ。そして我の不利益になるような行動を一切禁じる。代わりに我は貴様らの命と生活の保障をしようではないか」
「そ、そんなの信じられるわけが……」
「ゼノン様を前にして不敬ですね、殺しますか?」
「ひぃっ!」
「よい、ミラ」
ミラが前に出てきたが、それを手で制す。
「安心するとよい、この契約は我も破ることができぬ。そして互いが望まなければ契約をすることもできぬため、我だけに利益のある契約内容にはできない。まあ、断れば今すぐ死ぬだけであるがな」
「ゼ、ゼノン様……ひとつだけお願いがございます」
「むっ、なんだ?」
先ほどダレアスの護衛をしていた護衛のひとりが我の前に出て跪いてきた。またミラがその者を睨み圧をかけようとするが、それを止める。
「私はその契約を結び、ゼノン様に絶対の忠誠を誓います。ですから、どうか妹だけはお助けください!」
「妹だと?」
「は、はい。この屋敷で護衛をするにあたり、ダレアス様に……保護してもらった妹です。どうか妹だけは家へ帰していただけないでしょうか!」
「わ、私からもお願いします。ゼノン様に絶対の忠誠を誓いますので、どうか父と母を!」
「私もお願いします!」
「「………………」」
使用人や護衛たちが我の前に出て跪く。
どうやらあの男は自分を裏切らないよう、この屋敷に仕える者の家族や大切な者を保護という名目で人質にとって別の場所へ軟禁していたようだ。自身に人望がないことをよくわかっている。
「貴様らさえ手に入れば他の者は構わん。ユルグ、契約が終わり次第その者たちを解放してやれ」
「し、承知しました」
ユルグという初老の男は代々このカルヴァドス家に仕えている男だ。この屋敷のことだけでなく、領地経営のことなどにも詳しい。あの腐りきったダレアスの下でこの領地がギリギリ残っているのはこの者の功績である。我が同胞のことを聞くためにもこの男だけは必要だった。
「ゼノン様、ありがとうございます!」
「感謝いたします!」
「………………」
契約で脅して無理やり我に従わさせようとしたつもりなのだが、なぜか感謝されたぞ……。
「あの、ゼノン様……私たちはどうすればよろしいでしょうか?」
「む? そういえば貴様らは知らぬ顔だが、なぜこの屋敷にいる?」
新たに我の前に出てきた2人の女は先ほどダレアスの両隣にいた者だ。ゼノンの記憶によると、この屋敷に仕えている者ではないようだ。
「その……私たちは初夜税を払えず、この屋敷へ呼ばれました」




