第2話 腐りきった領主
「ふむ、悪くない味だな。おいっ、もっと上等なワインを持ってこい!」
大広間の長いテーブルには、豪華絢爛な料理によって埋め尽くされている。
そしてその中心には先ほど牢屋に来たゼノンの父親であるダレアスが座り、大きな肉の塊にかぶりつく。ダレアスの両脇には分不相応なほど容姿の整った女2人を侍らしていた。
「し、承知しました。ダレアス様、そろそろ屋敷の資金の方が……」
「そんなものは領地の税を増やせばよいだけの話だ。ユルグ、来月から税を上げるよう指示しておけよ」
「で、ですがダレアス様、2か月ほど前にも税収を上げたばかりにございます……。このままでは民たちが飢えてしまい――」
「貴様、私の言葉に逆らうのか?」
「ひっ……!?」
ユルグと呼ばれた細身の初老の男がダレアスの言葉に酷く怯える。
「ふん、領民どもはすべて私の所有物だ。飢えて死のうが一向に構わん。食うものがないのは働かないからだ。生きたければたとえ子供であろうとも朝から晩まで寝ずに働けばいい。そう命じておけ」
「は、はい、承知しました!」
「……ミラ、あの男は本当にこの街の領主なのか? 領主と言えば我が魔族領の首領と同等のものであろう?」
大広間の扉の隙間から見ていたダレアスの様子はとても人の上に立つような器には見えない。我が魔族の首領にこんなやつがいれば即刻処刑するところだ。
「はい、この領地だけでなく、この国自体が民に悪政を強いている国として悪評がございます。人族の王や領主などは世襲制となっており、何十年もの間魔族との争いがなく、平和となった代償として国の上層部が腐敗していったのでしょう」
「ふん、実にくだらん」
我ら魔族は完全に実力主義である。有能な者であれば誰であろうと取り上げて使うものを。
「むっ、そこにいるのは誰だ!」
大広間の中から声がする。どうやらダレアスの護衛が我らの存在に気付いたようだ。
「ゼノン様、ここは私が」
「下がっていろ、ミラ。ちょうどいい、この身体の力を試してみるとしよう」
「はっ!」
ミラには我のことをゼノンと呼ばせるようにした。状況がわからぬ今、魔王である我が転生したことが知られると問題が起こるかもしれぬからだ。
扉を開けミラと共に大広間の中へ入ると、8人の武装した護衛の兵士がダレアスの前へ出る。
屋敷の中だというのに8人もの護衛を用意しているとはよほど恨まれているのであろう。
「むっ、ゼノン、貴様どうやって牢屋から出た!」
ダレアスが我に気付いたようだ。
「ふむっ、どこぞでその女をたらしこんだというわけか……ふ~む、よく見ればよい女だな。おいお前たち、その女は必ず殺さずに捕らえるのだぞ。私が直々にたっぷりと可愛がってやろう」
「……うう」
ニヤリと笑うダレアスに嫌悪感を抱くミラ。
あのような醜悪な男に対してそのような言葉を投げられて喜ぶような者はいないであろう。そして我が部下に対してそのそうな態度を取るとは実に不愉快である。
「まったく、大人しく牢屋でそのまま死ねばよかったものを、貴様の血が屋敷の中にこびりついてしまうではないか。おい、さっさとその無能を殺せ」
「………………」
実の息子に対してその物言いは領主としてだけでなく親としてもクズのようであるな。ゼノンの記憶によれば母親はすでに他界しており、その後はまともに親子の触れ合いなどもなく過ごしてきたようだ。
一応まともな食事や教育は与えられていたようだが、それもすべては他の領地の者と政略結婚をさせて領地を大きくするという自分自身の欲望のためである。祝福の儀で意に添わぬ祝福を賜っただけで、親子の縁は切れたようだ。
「ダ、ダレアス様。相手はゼノン様でございますが……」
「わかっておる! そいつはこれまで育ててやった恩を仇で返してきたただの無能だ。いいから殺せ!」
「そ、そんな……。まだ子供なのに……」
「ほう。貴様、私の命令に背くつもりか?」
「い、いえ!」
護衛の者たちは戸惑いながらもダレアスの言う通り、我に剣を向けてきた。この男に逆らうことはできないようだ。
「くっ、すみませぬ!」
「ゼノン様、申し訳ございません!」
子供の容姿である我を手に欠ける罪悪感があるのか、これまで縁のあったゼノンを殺すのに躊躇があるようだ。
……ゼノンというこの男も護衛たちにだいぶ酷い態度を取っていたというのにな。いや、むしろこの護衛の者どもの方がまともな人族らしいというべきか。
「暗黒の縛鎖!」
「なっ、これは!?」
「なんだ、この鎖は!」
闇魔法を発動させると、襲い掛かってくる護衛たちの足元から漆黒の鎖が具象化され、護衛たちを拘束する。
「ゼノン様、お見事でございます」
「ふむ、問題はないようだ。だが、やはりこの身体では強力な魔法を使うことはできぬようだな」
魔法の発動自体はうまくいったが、今はまだ大きな魔法を使用できないことが感覚で分かる。転生して人族の身体となった影響であろう。
「き、貴様はなんなんだ! ゼノンではないのか!」
護衛たちが闇魔法で拘束されたことにより、ようやく我がゼノンでないことに気が付いたようだ。
「我はゼノンだ。ただし、死して新たに生まれ変わったゼノンであるがな」
そう、我の身体の持ち主であるゼノンはすでに死んでいる。ミラの時もそうだったらしいが、転生した際は死していく肉体に魂が入るようだ。ゼノンの記憶は残っているが、ゼノンの自我はすでに消えている。
「な、何を馬鹿なことを!」
「貴様がどう考えようと、もはやどうでもいい。さて、世襲制というのはある意味では便利なものだな。貴様の持つすべて、我がもらい受けるとしよう。『葬送の闇鎌』」
「んなっ!」
闇魔法を発動させると我の影がその形を変え、巨大な漆黒の鎌となった。影に重さはないゆえ、我のこの身体でも扱うことが可能だ。
「ま、待て、ゼノン! 私が悪かった。 そうだ、領地の半分をおまえにやろうではないか!」
「実に見苦しいものだな。我は半分などではなく、貴様のすべてを奪うとしよう」
「まっ――」
鎌を一振りすると、ダレアスの首が宙を舞った。




