第12話 騎士団長
「ゼノン様、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。騎士団長を務めておりますヴェルザークと申します。どうぞお見知りおきを」
「ゼノン=カルヴァドスだ」
応接室へ行くと騎士団長を名乗る太った男が部下の者と共に椅子に座っていた。
……騎士団長といえばこの街の治安を守る者だが、こんなに太っていて動けるものなのか?
「まさかダレアス様が病で倒れるとは思ってもいませんでした」
ダレアスは病気で急死したことになっている。あれだけ不健康な生活をしていたようだし、まだ幼い我を疑うような者もいないだろう。屋敷の者は契約魔法で縛っていることもあり、そこから漏れることもない。
「ゼノン様がこのまま領地を引き継ぐということで、よろしくお願いします。こちらはお近付きの印ということでお持ちしました」
「ふむ、金か」
ヴェルザークが渡してきた箱には金貨が詰まっていた。なるほど、この金を渡すから騎士団への便宜をはかれということか。やはりというべきか、領主だけでなく騎士団の内部も腐っているようだ。
「なるほど、いただいておくとしよう」
「それは喜ばしい! ぜひとも末永いお付き合いをよろしくお願いいたします!」
受け取った金貨の詰まった箱をそのままユルグへと渡す。
「こいつも領地のために使っておけ」
「……承知しました」
賄賂を受け取った我を見て、肩を落とした様子で箱を受け取るユルグ。
ふむ、どうやらまだ我のことがわかっていないようだな。ミラは我のことを理解しているため、堂々と構えている。……まあ、ミラの場合は我の行動を全肯定しているだけの可能性もあるが。
「それとゼノン様、いつもダレアス様が行っていたようにカルヴァドス家に反抗した者を連行してきましたが、いかがいたしましょう?」
「ほう、そんな者がいたのか。よし、連れてこい」
たとえダレアスに反抗していた者であっても、我に対して反乱を起こす可能性のある者は早々に処罰しておいたほうがいいだろう。
「承知しました。おいっ」
ヴェルザークが合図をすると、部屋の中へ手錠と足枷を付けられた者がぞろぞろと入って来た。
カルヴァドス家に反抗した者ということで、先の盗賊のような男どもを想像していたのだが、女や子供までいるぞ。
「ふむ、別に大したことができそうな者には見えないが、カルヴァドス家に対してどのような反抗をおこなったのだ?」
「はい、こやつらはダレアス様の陰口を言っていたようです。そのため、家族と共に連行してまいりました」
「……それだけか? カルヴァドス家に対して武力行使を企てたとかではないのか?」
「ははっ、そんなことをしでかそうとしたら、そやつらの血縁関係者だけでなく、周囲の者すべてを処刑せねばなりませんな! カルヴァドス家の悪口を言えば逮捕されるのは当然でしょう」
「………………」
どうやら本当に陰口を言っていただけで家族ごと連行して来たらしい。
魔王である我よりも暴君すぎるぞ……。
「ゼノン様、何卒お許しください! 私はどうなっても構いません、どうか家族の命だけは許してください!」
「愚息が本当に申し訳ございません! 二度とこのようなことはさせませんので、どうか私の命だけでお許しください!」
「ええい、平民ごときがゼノン様に触れるな!」
泣きながら必死に首を垂れる領民を押さえつける騎士団。
まったく、そんな理由で我の所有物である領民を殺すなど愚行の極みであるな。奈落の暴食によって呑み込んだところで我の力は戻らないからこやつらの命など不要だ。
「実にくだらん。こいつらはさっさと開放してやれ」
「へっ? 本当によろしいのですか? ダレアス様は連行した者たちでいろいろとお楽しみになられておりましたが……」
なるほど、あの地下牢はそういったことに使っていたのか。家族ごと連行するなど本当に悪趣味だ。
「我はダレアスとは違う。そんな理由で領民を逮捕している暇があったら、貴様らは領地の治安の維持に努めろ」
「は、はあ……」
まったく、騎士団の人員を整理するだけでなく、領地の法にも手を入れなければ駄目だな。本当に面倒なことが多すぎるぞ。
「ゼ、ゼノン様、このご恩は決して忘れません!」
「そう思うのであれば、今後は我のために尽せ」
「はい、ゼノン様に救っていただきましたこの命、必ずやゼノン様のために!」
「………………」
むしろ陰口を叩いていただけで逮捕すること自体がおかしいのだがな。こいつら全員だいぶ感覚がおかしくなっているぞ。
そのまま捕らえられていた領民を解放し、騎士団どもを帰した。
「ユルグ、騎士団の情報を集めろ。先ほどのヴェルザークは駄目だ。騎士団長は別の者に変更する。実力があり、真面目に職務を行う者を探しておけ」
「は、はい。で、ですが、先ほど金貨をいただいたのによろしいのでしょうか?」
「我はくれると言われたものをもらっただけで、あの者の地位を保証するなど一言も言っていない。文句があるのならクビにすればいいだけだ」
「承知しました! ゼノン様、本当にさすがでございます!」
「ゼノン様なら当然です」
魔族の中にはヴェルザークのように我に賄賂を渡そうとした者もいた。魔族は実力主義なのでそんなものは一蹴したがな。
さて、この数日でユルグの警戒もだいぶ解けただろう。そろそろ我が同胞の情報を集めさせるとしよう。




