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第1通:永遠の夜に咲く青春_希望の羽?

 期期待に胸を膨らまることなく……開けた鉄製の引き戸の向こうにあったのは、まるで巨大な鳥の羽を模したサーフボードのようなものだった。旧世界の生き残りなら、すぐにその用途が想像できるだろう。


 レイロンはそっと手を伸ばし、ボードの表面を撫でる。


「この世界で空を飛ぶには、ルールの範囲内で遠くへ、そして安定して飛ぶ方法が必要じゃ。わしが辿り着いた答えは、滑空じゃよ」


 彼女が振り返ると、白いリボンとウェーブのかかった髪が微風に揺れ、まるで空を舞う鳥の翼のように見えた。


「その名はウィンドライダー。助走をつけて飛び乗れば滑空機能が起動し、搭乗前に目的地までのルートを思い描けば、自動で安定した飛行が可能になる」


 ルーリーは興味津々で近づき、細部をじっと見つめる。


「でも……この街じゃボクの地図が出回ってるせいで感覚が狂ってるますが、そもそも地図は貴重品ですよ。それに、一般人が上空から正確なルートを思い描くなんて……無理なのでは?」


 シュニャンの言葉にルーリーが反応し、彼女の動きがピタリと止まる。レイロンも説明中の動作で固まっていた。


「つまり、この機能は実質シュニャン専用ってことか……」


 ウィンドライダーの前で頭を抱えるルーリーを見ながら、シュニャンは続けて疑問を口にした。


「それに、たぶんすごいスピード出ると思うんですけど……どうやって止まるんですか?」


 そのツッコミに冷や汗をダラダラかきながら、レイロンは小声で呟いた。


「あ……やべぇ」


「今やべえって言ったな?ババア?」


 ルーリーはうさ耳フードを振り回しながら振り返る。


「カッコよさの追求に熱くなり過ぎた結果、停止のことはすっかり忘れておった……」


「レイロン様、一応聞きますが……最大速度は?」


 シュニャンの追求にレイロンは、2人に目を合わせないようにして答えた。


「たぶん……100キロはでるのぅ」


 墜落事故確定。


「いや、乗ってる人が死んだら意味ないだろ?バカじゃね?」


 ルーリーは目を逸らすレイロンの横顔に近づき、言い放つ。その時、シュニャンがひらめいたように言った。。


「あの……お嬢様、そもそも死なない人ならどうです?」


 ルーリーは|世界最古のホムンクルス《ジェネシス・ホムンクルス》、唯一の不老不死の肉体を持つ存在だ。ただし痛みと精神疲労はあるため、万能ではない。普段は不死を切り札として扱っている。


「肉体は無事でも、服は蒸発するぞ?錬金術コーティング以上のダメージは防げないから、墜落後に全裸ダッシュはカッコ悪いだろ?」


 ルーリーの眉がシュニャンを見てピクリと動く。


「旧世界の魔界で姫を助ける騎士すら、最悪でもパンツ一枚残りますからねえ」


 シュニャンが膝上から大きなパンツを穿く仕草をしながら言った。


「むう。確かに投稿先でレーティングが上がるのは困るのう……」


 レイロンはリアルな問題に頭を抱え、腕を組む。まるでデッカイ胸を抱えているかのように。


「あ……アレが使えるか」


 とルーリーは斜め前に傾き、右脚を上げて太もものポーチを探る。


 雑に詰めた箱の中をかき回して探すような手つきで見つけて取り出したのは、ウィンドブレーカのような物。


 膝上丈で、下半身はなぜかフリルスカートになっているのだった。



***



 先ほど取り出したウィンドブレーカーのようなシェルコートを身にまとい、ルーリーはシュテルン・トゥルムの屋上へ続く階段をゆっくりと上っていく。


 このシェルコートは、彼女の生みの親であり、伝説に名を残す古代の錬金術師アウリスが遺した遺品の一つだ。


 ルーリーの不死の能力を最大限に活かすために設計された外装で、膝上丈のウィンドブレーカーにフリルスカートがあしらわれているのは、彼女自身の強いこだわりによるものだった。開発の過程で、彼女は一度もそのデザインを譲らなかった。


 色は旧世界の起動兵器の装備をモチーフにしており、灰色の生地に機械的な線模様が走っている。


 衝撃を受けると、表面が派手にバラバラに分解し、ダメージを肩代わりする仕組みだ。使用不能になると、もう一つの遺品であるアイテムポーチに自動で戻り、数時間から半日ほどで再生する


「普段は特攻時の補助に使用しているアウリス様の遺品が、このような形で役に立つとは……あの方はこうことも想定していたのでしょうか?」


 シュニャンはウィンドライダーを抱えながら、ルーリーの背中をじっと見つめ、静かに後を追う。


「さあ……どうかな?親心はあったやつだよ。あえて痛覚と精神ダメージを欠陥として残すことで、アタシが人の心に興味持つようにしたヤツだからさ」


 階段を登り切ると、扉の端にあるレバーを下ろす。管理の行き届いた歯車のギミックが滑らかに動き、観音開きの扉がゆっくりと開いた


 風が室内に流れ込み、シェルコートの大きめの裾がひらりと靡く。トレッキングシューズの足音を意図的に響かせながら前を進むルーリーの後ろを、控えめな足音でシュニャンがゆっくりと追いかける。。


 屋上は広々としており、星の観測所としての機能を持つシュテルン・トゥルムの象徴的な場所だった。許可のない者は立ち入り禁止のエリアだが、月明かりを増幅する巨大な水晶が街全体を優しく照らし出す様子を、ここからは特等席で眺められる。


 冷たい風が吹き抜ける中、二人はその幻想的な光景を背に、手すりのない屋上の端まで歩みを進めた。



***



「お嬢様、ウィンドライダーの飛行距離と速度を計算しました。お嬢様の脚力による助走とジャンプ力を加味すると、約50キロメートルの滑空が可能です。速度は時速100キロメートルに達する見込みです」


 その報告に、ルーリーはため息をつきながらシュニャンに向かって言った。


「今後の為にいっぱい作っておくぞって……あのババア言ってたけど……滑空のたびに壊れるのもどうにかならんか……」


 ついさっきのことだった。レイロンとの別れ際の話を思い出して、顔が引きつっている。なぜかあの人には、使い回せるようにすると言う発想が出てこなかった。


「切り離して使い捨てる一方通行の補助システムと割り切れば、まあ……うん。再利用できても、ボクら以外使えないですし……」


 そう考えることにした。あの人に改良を求めても、かえって変な方向に進むだけだと予想できたからだ。


「ただ……シェルコートで墜落した瞬間のダメージは軽減できますが、受け身をとってもそれなりに衝撃がきます」


 要するに、これがあっても普通の人間なら死ぬし、不死のルーリーでも痛みはしっかり感じるということだ。墜落対策というよりは、ルーリーの衣装を守り、レーティングのランクアップを防ぐためのものだ。


「派手に転がらずに済む分、体勢を立て直せるのは助かるね」


 普通なら反動で骨が砕けるところだが、彼女なら気合で衝撃を耐え、着地体勢を整えられると言っている。


「墜落後はシェルコートがリカバリータイムに入りますが、追跡者らしき者たちと遭遇した場合の対処はどうしますか?」


 装備が制限される状況を心配するシュニャンの問いかけに、ルーリーは少し考えて答えた。


「白蛇ババアたちが動きにくくなるから、派手に動くのは控えよう」


 屋上の段差に片足を乗せ、水晶の輝きに照らされた街を見つめながらそう言った。


「飛行ルートを登録します」


 目を閉じたシュニャンは、非物質の翼をひろげると塔から最大飛行距離までを能力の中で見下ろして、地形を確認する。木々や湖水面の揺れを手掛かりにし、風向きと風力も計算に入れて鮮明な飛行ルートを思い描いた。


「登録完了。お嬢様、準備はいいですか?」


 目を開けて翼をたたんだシュニャンは、ウィンドライダーを両手でルーリーに差し出した。滑空機能が起動するまでシュニャンがここにいれば、地図情報の登録は消えない。


「さて……狐探しといきますか……」


 ウィンドライダーを抱えて中央まで戻ると、振り返った瞬間に走り出し、淵の段差を踏み切ってジャンプした。


 その脚力は約5メートルの障害物を飛び越え、約10メートル先まで進むことができる。今回は最も高さを稼げる角度で跳躍し、ウィンドライダーに飛び乗った。


「いってらっしゃいませ。お嬢様」


 シュニャンは静かに呟き、ルーリーが永遠の夜空の彼方へ消えるまで見守っていた。



***



 森の轟音が遠くから響き渡り、ハリネズミは慌ててその音の方へ駆けていった。


 普段は静かな森に、見慣れぬ材質の破片が散乱し、舞い上がる砂埃が視界を遮る。何かただ事ではないことが、肌で感じられた。


 視界が少し晴れたところで、ハリネズミは辺りを見回した。


 すると、頬袋からこぼれ落ちた木の実の破片の中に、リスが座り込んでいるのを見つけた。リスはまるで腰を抜かしたかのように震え、空ろな目で前方を見つめていた。


「な、何があったんだ?」


 とハリネズミが尋ねると、リスは震える声でこう答えた。


「あ……ありのまま 今 起こった事を話すぜ!俺は地面を見ていたと思ったら、突然大穴が空いたんだ。土埃が舞い上がり、視界が遮られたその瞬間、女の子が現れたんだ。彼女はボロキレのように上着を脱ぎ捨て、まるで風のように森の奥へと駆け抜けていった。俺はその光景にただただ驚くばかりだったぜ……!」


 リスの言葉に、ハリネズミは首をかしげ、ぽかんとした目でリスを見つめた。


「……ちょっと意味がわからないですねえ……」


 リスは木の実を拾い集めながら、よろよろと視界の反対側へ歩き去っていった。


 ハリネズミはしばらくその場に立ち尽くし、何が起きたのか理解できずに首をかしげたまま、やがて巣へと戻っていった



***



「美少女を化け呼ばわりなんて、失礼だな」


 ルーリーは軽く鼻で笑った。登山や山道での戦闘に慣れた装備を身にまとった追跡者たちは、明らかにただの旅人ではなかった。


 重装備で身を固め、二人一組で行動していることから、彼らがかなりの手練れであることは一目瞭然だ。明確な捜索範囲を持ち、見つけ次第確保するつもりらしい。


 だが、墜落地点のクレーターからシェルコートを脱ぎ捨てて姿を現したルーリーを見た途端、追跡者たちの表情は一変した。まるで人の理解を超えた存在を目撃したかのように、腰を抜かし、慌てて逃げ出していった。


「いくらなんでも……白い悪魔ってのは大げさだと思うんだがな。確かに、うさ耳パーカーは白いけどよ」


 深追いする意味はないと判断し、目の前で腰を抜かしていたリスに軽く罪悪感を抱きつつも、脱ぎ捨てたシェルコートがアイテムポーチに自動収納されるのを確認すると、ルーリーはシュニャンの地図で示された方向へと走り出した。


「あー……もったいないな」


 ルーリーはぽつりと呟いた。


 この世界特有の木から大量の白い葉が衝撃で舞い落ち、風に乗ってひらひらと舞う中を駆け抜けていく。彼女が『もったいない』と感じたのは、それがただの葉ではなく、彼女が日常的に運んでいる貴重な資源、庶民のハガキとして使われる白葉(バイイエ)だったからだ。


 彼女がその光景をもったいないと言ってしまったのは、それが日常的に運んでいるハガキでもあったからだ。この白い葉は「白葉(バイイエ)」と呼ばれ、一般的な紙として広く使われている。ちょっと硬い紙のような書き心地で、特別な加工を施すことで長期保存も可能だ。


 -少し硬めの紙のような質感で、特別な加工を施せば長期保存も可能だ。一般の人々はこの白葉(バイイエ)を使って手紙を書き、配達を依頼するのが当たり前の光景だ。


 その中でも旧世界のハガキに相当する大きさの葉が、庶民のハガキとして使用されているのだ。


 一方で、アレックスの曾祖父が使っていたのは、この世界で高級品とされる本当の紙の便箋と封筒だった。裕福な家柄の証として、金持ちは白葉(バイイエ)ではなく、より上質な紙を用いて手紙をしたためるのだ。


 メモ帳としての使い道もあるので、走りながら何枚かアイテムポーチに詰め込んだ。


 木々の多いゾーンを抜け、視界が開けたところで、ルーリーは跳躍の準備を整えた。彼女特有のウサギのような跳躍移動は、高低差の激しい地形でこそ真価を発揮する。


 山道の食堂へ最短距離で向かうには、走るよりも跳んだ方が速いのだ。

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