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第1通:永遠の夜に咲く青春_怪しい裏道

 イーウェイの居場所の検討はついたが、追跡している連中も過去の現場周辺を調べるくらいのことはするだろう。もし、硫黄濃度が過去よりも下がっていれば、結界の意味がなくなっている危険性もある。


 事件から今年でちょうど100年。環境が不変であるほうが不自然だろう。


 まだ相手が中毒症状を警戒して、捜索のペースを落としている今が先回りするチャンスだ。


 ルーリーとオウフェイの傍で、シュニャンは静かに目を閉じ、非物質の黒い翼を広げた。淡く輝く翼の光が事務所内に広がり、彼の周囲に神秘的な雰囲気を漂わせた。彼の眼はその場から動かずに、上空を見下ろす形で世界の地形を視覚的に捉えることができる。まるで広大な地図が彼の心の中に描かれているかのようだった。


「目的地の地形は特定できましたが、距離は尋常ではありません。お嬢様の脚力をもってしても、片道だけで丸一日かかるほどの険しい山道です。往復となれば、体力の限界を超えるでしょう」


 壁に貼られたルミナス・ステップ周辺を広範囲に調べた手描きの地図の前で、シュニャンは指を差しながら静かに告げた。


 彼は新世界誕生後に生まれた唯一個体のヤタガラス族であり、その能力は特異だ。シュニャンの翼は飛行能力を失った代わりに、高度な情報処理能力を持つ。彼の眼は上空から地形を見下ろし、広範囲の地理データを取得できる。まるで世界を俯瞰するかのようだ。


 シュニャンは、ルーリーに向かって静かに語りかける。


「ああ、思い出した。今から110年……いや、120年くらい前だ。食堂の中に休憩と仮眠のスペースがあって、何度か立ち寄った。ちょうどその頃、とある件で妖狐族の誘致もやってたんだ」


 懐かしむような言い方だが、言い換えれば、ルーリーの脚力と体力でも休憩所を使わなければならないほど遠いということだ。


「山道の食堂がかつてあったらしい廃墟は確認できました。しかし、周辺は森になっています。もしイーウェン様がその中に隠れ住んでいるとしたら、直接徒歩で探すしかありません」


 彼の言葉に、ルーリーは少し考え込むように視線を落とした。彼の非物質の黒い翼は今は静かにたたまれているが、その能力で得た情報は確かだ。上空からの視点では見えない死角があることも、彼はよく理解していた。


「100年前と比べて、いくつかの変化が確認できました」


 地図から指を離し、シュニャンは羽ペンを持った。この世界で羽ペンはまだ貴族の高級品で、ほとんどが人工羽根で作られている。だが彼の羽ペンは、空を飛ぶ唯一の存在オウフェイの抜け羽を使った、非常に珍しい本物だった。


「まず、かつては険しい山道だった場所に、今では新しいルートが開かれています。これにより、移動が少し楽になったようです」


 少し下る分かれ道の先、問題の山小屋を越えたあたりから再び登り道となり、旧道に合流しているかのような道を描き込んだ。


「さらに、100年以内にできたと思われる食堂を兼ねた休憩所が確認できました。ここは、旅人たちが立ち寄る場所として賑わっているようです」


 新しい道の途中に簡単な家のマークをさっと描いた。廃墟となった食堂の下に来るような位置関係だった。


 止まり木から飛んできたオウフェイが、シュニャンの肩に止まり、描きこまれた建物の位置関係をみて考え込む。


「ふむ。気になるな……。事件直後の硫黄高濃度のエリアをスレスレ迂回してできている新しい道と食堂か……」


 翼で廃墟の食堂と新しい食堂の間をなぞる。


 通常このような道は安全圏を含めた距離に作るものだ。ましてや、よほどの理由がない限り、旅の憩いの場を悲劇の現場に近いところに作るのは縁起が悪いと言われるだろう。


「確かに気になりますね……。この不自然な空間」


 星屑のような輝きが散る非物質の翼を展開し、目を閉じて範囲を絞った高精度な地形データ採取を行った。


「……あった!幻影系の術で隠されていました」


 廃墟となった食堂と新しい食堂の間に道を書き込んだ。


「やはりな……道があったのか」


「正しくは道ではなく、何十年単位で踏み固められたあとです。かなり高度な幻影で……完全に除去できず、ノイズが入ります。運が良ければ、周囲に人物が見えるときもあるんですが……」


 彼が見た瞬間に人物や動物が視界内入っていればそれも映るのだが、タイミングが合わなければ無理なのだ。こればっかりは運次第である。この能力を連発したり、高精度を多用するのは彼の大きな精神的負担となるので、無理はさせられない。


 使いすぎると、まるで電源が落ちたディスプレイのように意識を失うこともあるのだ。


「新しい食堂の関係者が、狐の冤罪事件と無関係でないという根拠として十分だ」


 ルーリーは壁の大きな地図を見て、ルミナスステップから問題の場所への最短ルートを考えていたが……


「手紙を預かった時点でアタシたちは、辿りつくという約束をしているんだ。強引にでも走り抜けるか、地図上見えないショートカットを探すしかない」


 腕組みをして地図を見上げるルーリーに向けて、オウフェイが言った。


「それだ。ショートカットが無ければ作ればいい」



***



 シュニャンの肩に止まったオウフェイが、突然翼を大きく広げて言い放った。


「地上がダメなら、空を行くしかないだろう」


 その言葉が放たれた瞬間、部屋の空気が凍りついた。ルーリーは目を見開き、思わずオウフェイを凝視する。シュニャンは肩の上の彼を見上げ、まるで時間が止まったかのように固まってしまった。


「え?今のマジで言った?この人、何考えてんの?」


「お嬢様、その心の声、完全にダダ漏れですよ」


 シュニャンが苦笑混じりに呟く。彼の非物質の翼は飛行能力を失っているため、空を飛ぶという発想自体が彼にとって未知の世界だったのだ


「そりゃあ、心の声がダダ洩れになるのも無理はないさ……」


 この世界では空を飛ぶこと自体が禁忌であり、オウフェイ以外に空を翔ける者は存在しないのだ


「オウフェイ様……それはさすがに……」


 ルーリーの声には呆れと、どこか恐怖にも似た感情が混じっていた。なにせ、その提案は新世界の根幹を揺るがす禁忌に挑むようなものだったのだから。


 便宜上、禁忌や禁止行為と言ったりするが、正しくはそもそも発想が出ないようになっていたり、開発自体ができないようになっているこの世界が持つ抑制システムである。実際、オウフェイに真実を聞いていないものは、そのシステムの存在自体を知らない。


「別に禁忌に手を染めろ……と言ってるわけじゃないさ」


 オウフェイは二人の反応を見て、含み笑いを浮かべた。


「どんなシステムにも抜け穴はあるものさ。たとえ、それが世界の根幹を司るものであってもな」


 禁止されているのは鳥や旧世界の航空機のように空を飛ぶこで、人をぶん投げて飛ばしたり、反動を利用して飛ばすことはセーフだと主張する。


「巨大投石器でぶっ飛ばされたことは、まだ根に持ってるんだからな?」


 ルーリーは微笑みながらも、過去の忌まわしい記憶が胸に蘇り、怒りをにじませていた。彼女の心の中では、過去の出来事に対する怒りと、オウフェイへの信頼の間で微妙な葛藤が渦巻いていた。


「文句があるなら、開発者に言うがいい。吾輩はただの提案者に過ぎぬ」


 オウフェイは首をくるりと回し、背を向けた。その仕草はまるで、フクロウらしい余裕と気まぐれを感じさせた。オウフェイはルーリーの言葉を聞きながら、彼女の怒りを理解しつつ、彼自身の提案がもたらした結果に対して少しの後悔を感じていた。


「まずは開発者、レイロンのところへ行け。話はそれからだ」


 ルーリーは壁の方を見つめたままのオウフェイに郵便ギルドの留守番を任せ、ため息をついてからレイロンの屋敷へと足を向けた。





***



 ルーリーとシュニャンは、少し……いや、かなり気乗りしない様子でレイロンの屋敷に到着した。彼女たちは、オウフェイの提案に従い、旧世界の技術を再現するというレイロンの趣味に期待を寄せていたが、彼女のセンスが少々ズレていることを知っていたため、嫌な予感と不安しかなかった。


 武装私兵の護る厳重な警備を顔パスですり抜け、レイロンの屋敷に足を踏み入れる。エントランスは派手さを抑え、清潔感が漂う落ち着いた空間だった。床や壁の境目が曖昧で、まるで蛇が自由に這い回れるように設計されている。レイロンが壁を滑るように移動するのも、まったく違和感がなかった


 旧世界のアートが好きで屋敷内に飾ってはいるが、それは何かしらの報酬や謝礼として手に入れたもので、自分で買ったものではない。分かる人が見れば、時代や作風はバラバラだ。


 ルーリーは館の豪華な装飾など気にも留めず、まるで自分の庭を歩くかのようにズカズカと進んだ。


「ルーリー、戻ってきておったのか」


 レイロンは階段を使わず、まるで白蛇のように壁を滑るように這い下りてきた。その動きは優雅でありながらも、どこか獲物を狙う蛇の鋭さを感じさせた


「あいかわず階段の存在が疑問視される動きだねえ。こっちは戻ってきてすぐ、大きなヤマだよ」


「お久しぶりです。レイロン様」


 独特なレイロンの移動法はシュニャンも見慣れた様子で、ルーリーの一歩後ろで丁寧に頭を下げた。


「シュニャンよ。お前さんの地図はわしらの活動でも重要な物じゃ、感謝しておるよ」


 レイロンは彼に向かって頷き、彼の地図作りの才能を称賛しる。彼女の腰に手を当てて、誇らしげに背筋を伸ばす姿に、ルーリーよりもさらにデカイ胸がぷるんっと揺れる。


「お役に立てて光栄です」


 彼女の称賛に少しも動じることなく、彼は真面目な表情で答えた。通常の男の子なら、彼女の豊満な胸が揺れる様子に目を逸らしてしまうところだが、世界に1人しかい存在を許されてない種族は、生殖器自体はあるのだが繁殖能力はないという変わった体質をもつ。子孫を残さないので、性欲が無いのだ。


「アレックスの様子はどう?」


 ルーリーは、アレックスが慣れない旅で疲れていることを心配していた。ただただ、必死な気持ちだけが体を動かし続けていた少年は今、どうしてるのだろうか。


「心配はいらぬ。しばらくまともに寝ることができんかったようでな・・・ここにきてからずっと寝ておるよ」


 その顔は威厳ある組織の長というよりも、子供が寝るのを見届けてきた母のような優しさがあった。


「ここにいる限りは、追手も手を出せぬ」


 道中戦闘もボス戦並みに苦戦を強いられ、最奥にテストプレイの実施を疑うほどの裏ボスがいるクリア後の隠しダンジョン……と表現しても的外れではない環境もあるが、彼女の持つ権力と財力が国や貴族の機関から完全に独立しているので、下手に問題を起こすと国際レベルで面倒なことになるのだ。


「ところでこの状況、わしの趣味の出番ということかの?」


 重量感のある豊満なバストを腕組で持ち上げ、優雅に微笑みながらルーリーとシュニャンに問いかけてきた。


「あ……うん……まあ……」


 目を逸らし、投げやりな声で答えるルーリー。


「はい……そういうことに……なりますねえ……」


 シュニャンのほうも目を伏せて、諦めたような声だった。



***



 秘密の研究所と言えば地下が定番と思っているレイロン。そんな彼女はマジで、地下に旧世界のロマンを研究する施設を作っていた。


「事情は理解した。こんなこともあろうかと……長距離移動手段を用意しておいたぞ」


 鉄製の引き戸で区切られた、格納エリアへと案内される。やたら鎖をギリギリに巻いて厳重に鍵をかけている引き戸もあるが、なぜかそこはスルーして先に進む。


 ロクな物が入ったないことは容易に予測できるので、ルーリーとシュニャンも気にしないことした。


「これぞ我が渾身の一作、運命の軌道SPECⅡじゃ!」


 レイロンは誇らしげに、服からはみ出た南半球を振り回すかのような豪快なスイングで引き戸を開けた。


 そこに現れたのは、巨大な投石器の改良型。


「飛距離は伸びたが、安定性をさらに犠牲にした次世代モデルだ!」


「もう投石器は勘弁してくれ!これで飛ばされたら、配達どころか遭難確定だぞ!!」


 ルーリーは呆れ顔で前に出て、過去の悲劇を思い出しながら強くツッコんだ。


 彼女はコレの前の型で距離を稼ぐどころか、明後日の方向に投げ飛ばされてしまい、予定より遅れて配達することになったのだ。


 目の前に立ったルーリーをマネキンのようにどかそうとするが、彼女の脚力の強さでは、レイロンの力をもっても僅かに引きずるのが限界だった。


「安定性を犠牲にした時点でスペックは向上してないと思います」


 必死でルーリーをどかそうとしているレイロンの後ろで、シュニャンが冷静に指摘する。2人の力比べをずっと見てても仕方ないので、次の格納スペースを見せて欲しいとレイロンに言った。


「次は、より安定した形で投げ飛ばすのはどうじゃ!!」


 レイロンが2つ目の鉄製引き戸をゆっくりと開けると、中からは人が一人すっぽり収まる、まるで謎めいた球体が姿を現した。その形状は、どこか懐かしくもあり、まるで未来の野球ボールのようだ。


「おっと、これはまずい!著作権的に完全アウトの匂いがプンプンすっぞ!!」


 ルーリーは慌ててレイロンの手を掴み、開きかけた扉を勢いよく閉じた。鉄が硬い物に激しくぶつかる音が、格納庫エリアに響きる。音の大きさに、シュニャンがビクっとなり、能力を使用していないのにちょっとだけ、非物質の羽根が出てしまった。


 すでに2つのろくでもない発明品を目の当たりにし、2人の期待はすっかり薄れていた。ルーリーは、次の鉄製の引き戸を開けようとするレイロンの後ろでめ息をつく。シュニャンはルーリーの背中から覗くように、レイロンの動きを見ていた。


「おぬしら、わしが組織の長として多忙な中、隙間時間に心血注いで作った作品に文句ばかり言いやがって……」


 レイロンは不満げに取っ手を握り、まるで怒りを刻み込むかのように引き戸をゆっくりと開けていく。動くたびに小さくブツブツと呟く声が響いた。


「ルーリー様、アレって……更年期障害ですか?」


「しっ!あいうのは自覚ないくせに、言われたら逆切れしてたち悪いんだから」


 シュニャンが小声で尋ねると、ルーリーは慌てて指を唇に当て、もう片方の手でシュニャンの口元をそっと塞いだ


「しばくぞ、おぬしら」


 レイロンの低く威圧的な声が部屋中に響き渡り、蛇の尾の先が鞭のように床を叩く鋭い音が鳴り響いた。反動で彼女の豊満な胸が揺れたが、その威圧感に誰も目を向ける余裕はなかった。


 普段が大らかなおばあちゃんのような印象なのですっかり忘れていたが、怒らせてはいけない人であることを思い出した。


 すでに2つの怪しげな発明品を目にし、ルーリーとシュニャンの期待は完全に萎えていた。ルーリーはため息をつきながら、次の鉄製引き戸を開けようとするレイロンの背中を見つめる。シュニャンもまた、彼女の動きをじっと観察していた。



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