第1通:永遠の夜に咲く青春_新たな問題
オウフェイは片翼をゆっくりと広げ、指先のように翼の先を動かしながら、アレックスの髪の毛のふわりとした感じや、背丈の高さを示した。
「えーっと、アレックスってのは、確かこんな感じの少年で……」
少年は少し困ったように眉をひそめ、口を開きかけては閉じるを繰り返していた。
『それ、自分のことなんだけど……』と言いたげだが、なかなか言い出せず、どうしようかと戸惑う表情が浮かんでいる。
ルーリーはそんな彼の様子に気づき、思わず微笑んだ。
オウフェイもその視線に気づき、説明を続けながらも翼を少年に向けたまま動けなくなった。金色の瞳がじっと少年を見つめ、まるで信じられないものを見たかのようだった。
そして突然、オウフェイは止まり木を強く掴み、翼を大きく羽ばたかせながら叫んだ。
「って、ここにいるじゃねーか!!」
ルーリーは思わず肩を震わせて笑いをこらえたが、結局は声をあげて笑ってしまった。
***
とりえず、アレックスの身柄をどうするかは一旦保留にして、先に彼の依頼内容を確認することにした。
アレックスは、曾祖父の手紙を届けるためにイーウェイという妖狐族の女性を探していた。しかし、手紙には住所が書かれていないことに気づき、申し訳なさを感じていた。
ルーリーはアレックスの顔をじっと見つめ、少し微笑みながら言った。
「この手の依頼は、珍しくないんだよ。長寿種族が絡む配達ってのは、時間が経ちすぎて相手の居場所が分からなくなることが多いんだ」
古びた手紙を指で軽くなぞりながら続ける。
「それに、訳ありの手紙の場合は、あえて住所を書かずに手がかりだけを渡すこともある。相手を守るための配慮ってやつさ」
オウフェイは静かに頷き、金色の瞳を細めて言った。
「吾輩の情報と合わせると、今回はまさにその両方の可能性が高いな……」
アレックスは手紙を握りしめ、申し訳なさそうに目を伏せた。
「住所がないなんて……本当に届けられるの?」
ルーリーは優しく肩に手を置き、力強く答えた。
「心配すんな。こういう時は、焦らずに手がかりを一つずつ紐解いていくしかない。アタシたちがついてるからな」
オウフェイも静かに微笑み、
「そうだ、焦らずに進もう」
***
オウフェイは、アレックスの身の安全を心配していた。
彼は、アレックスだけでなく、アレックスの曾祖父と届け先のイーウェイも危険な立場にあることを話した。
アレックスの曾祖父については、レイロンの仲間が使用人として紛れ込んでいるため、彼らに任せることにした。アレックス自身は、レイロンに直接預けることにしたとオウフェイは説明した。
「そこにアレックスを暗殺しに行くのは、魔王城に侵入するような自殺行為だねえ」
ルーリーが言った。意味が伝わったオウフェイはあえてツッコまないことで、同意を示す。
「一番の問題は、正確な居場所が分からないイーウェイだ」
と答えた。金色の目がは状況の深刻さを物語っていた。
当然、彼女元にも敵側の追跡の手が伸びているだろう。しかも相手は、こちらより先に手がかりを手に入れているというアドバンテージが厄介だ。
***
ルーリーは古くからの知り合いである長寿種の冒険者に、アレックスをレイロンの元に送り届けてもらった。
郵便ギルドで一番多い配達は、街中の配達。この手の配達は冒険者ギルドと連携し、身元が保証されたものに委託している。そのおかげで正規メンバーは特殊な配達をメインに処理しているのだ。
これは、古くから冒険者ギルドとの付き合いがあるルーリーだからこそできる運営法だった。冒険者にとっても街中配達と言うリスクの少ない範囲で路銀が手に入り、住民にとっても石階段の多いこの街で、体力自慢たちに確実に届けてもらえるのは嬉しいことである。
突発的な事態に応援を得られやすいのも、日ごろのこういう付き合いがあるからだ。
***
ルーリーは慎重に曾祖父の手紙を広げた。紙は黄ばんでいて、文字は丁寧に書かれているが、どこか切なさを帯びていた。
手紙には、旅人が通る山道の食堂で曾祖父と出会ったことや、そこで起きた硫黄事故が彼女のせいにされたこと……彼女に伝えるべきことがあるといった内容が記されているだけだ
「ここに書かれているのは、昔のことみたいだね……山道の食堂での出会い。曾祖父が、イーウェイに伝えられなかった想いと謝罪を綴っている」
オウフェイは静かに頷き、金色の瞳を細めた。
「現在は廃墟になっていて、まだ硫黄の匂いが残る場所だ。彼女はそこでアルバイトをしていたらしい。だが、詳しい事情は書かれていない。まるで、過去の記憶の断片をそっと置いていったようだ」
ルーリーの目が遠くを見つめる。
「窓の外には、永遠の夜の闇が広がっているけれど、部屋の中の灯りが二人の影を長く伸ばしている……まるで古い恋物語の一場面みたいだねえ。言葉にできなかった想いが、空気の中に溶けていくような」
オウフェイは静かに言葉を継いだ。
「この手紙が示す過去の断片が、イーウェイの居場所を探す手掛かりになるはずだ」
ルーリーはアレックスの肩に優しく手を置き、少し微笑んだ。
「二人の歩んだ道がきっと道しるべになるさ。時間の長さじゃなくて、想いの深さがな」
オウフェイも静かに頷き、金色の瞳を細めて言った。
「そうだな。時の流れは長くとも、心の刻みは変わらぬものだ」




