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第2通:氷封のラストメッセージ_サムライお姉さんはクリスチャン?

 レガシア・タウンの中央広場は、週末の朝から活気に満ちていた。町のシンボルともいえる巨大な球状の貯水タンクが青空を背に堂々とそびえ立つ。


 その足元には、規定のシート一枚分の範囲に整然と割り振られた露店が並び、旅人や地元の住民たちで賑わっている。ここは週に一度の露店祭りの会場であり、補給のために訪れる者も多い中継地点だ。


 利益よりも本店の宣伝を重視する店が多く、安価で良質なアイテムが手に入ることで知られている。


 そんな賑わいの中、ひときわ異彩を放つ存在が広場の入口に姿を現した。黒く艶やかなロングストレートの髪を風になびかせ、魔改造を施された白いシスター服を纏った女性――トゥディアだ。


 トゥディアはオリエントエルフという種族に属し、日本人に似た顔立ちと控えめに尖った耳が特徴である。


 背中には珍しい形の傷跡があり、その痕跡はウィンプルと肩甲骨下まで伸びる黒い後ろ髪の隙間からわずかに覗いている。普段は衣服と髪に覆われて目立たないが、ふとした瞬間にそれを目にした者の心に、言い知れぬ違和感と謎めいた印象を残す。


 彼女の服装は、露出度の高い白いレオタードとガーターベルト付きニーソックスで妖艶に肌を際立たせていた。そこに、機能性と美しさを兼ね備えた魔改造シスター服が重なり、宗教のないこの世界ではファッションとしての独特の存在感を放つ。


 その着こなしにアンバランスな和風の帯が巻かれ、その帯には一振りの日本刀が帯刀されている。刀は失われた技術と錬金術の融合で改造されたもので、遊びを省いた実用的な剣術「焔影居合」の使い手である彼女にとって重要な戦闘道具だ。


 トゥディアの瞳は冷静でありながらも、どこか遠くを見据えるような深い輝きを宿している。


「さて、いいモノはあるかしら……」


 彼女は静かに広場に足を踏み入れた。その歩みは軽やかでありながらも剣士としての凛とした気配を漂わせている。まるで闇に舞う白い影のように、周囲の視線を自然と惹きつけてやまなかった。


 特に彼女の帯に収められた見慣れぬ形状の刀に興味を向ける者は多かった。その刀は単なる装飾ではなく、彼女の過去と技量を物語る証であった。



***



 トゥディアが足を止めたのは、通路沿いに並ぶポーションの露店だった。棚には、使い勝手の良い低ランクの傷薬や解毒ポーションがずらりと並ぶ。


 高価な薬よりも、こうした手頃なポーションの方が冒険者や常備薬として重宝される。値段を気にせず惜しみなく使えることが、命を預ける現場では何よりも大切なのだ。


 店の奥、色とりどりの瓶の陰に二人の店主が静かに腰掛けている。ひとりはまだ少年の面影を残す人間の青年。引き締まった体に動きやすいタンクトップとジャケットを羽織り、左脇にはホルスター型のアイテム鞄を装着している。彼は商品を並べたシートの奥のクッションを載せた木箱に腰を下ろし、落ち着いた表情で店先を見守っていた。


 その右隣には、白い獅子の耳としっぽを持つホワイトライオン族の女性が寄り添うように座っている。長身のアスリート体形で無造作にウェーブのかかったロングヘアが肩に流れ、ビキニ型のレースクイーン風マイクロビキニが健康的な肢体を際立たせている。黒いレザーのアームカバーとハイソックス、青いスカーフ、スニーカーの組み合わせが野性味と洒落っ気を同時に感じさせた。


 彼女の豊満な胸は半身を密着させた相手の腕に寄り添い、甘えん坊でありながらも強い愛情を感じさせる仕草を見せる。白銀の髪の隙間から覗く潤んだ瞳は、見た目の野性味とは裏腹に深い信頼を物語っていた。


 まるで獲物を守る獣のように、しかしどこか甘えるような仕草で寄り添っていた。


 そんな二人の様子を一瞬だけ興味深く眺めるトゥディア。店の賑わいの中、彼らの間にだけ静かな親密さが漂っているのが妙に印象的だった。


 ポーションの露店に近づくと、店先で静かに腰掛けていた少年がふと顔を上げる。その瞳がトゥディアに吸い寄せられ、驚きの色が走る。隣のホワイトライオン族の女性もその反応に目を見開いた。


 しかし、少年はすぐに冷静さを取り戻し、トゥディアの控えめに尖った耳に視線を移す。しばし黙考した後、小さく頭を下げて口を開いた。


「……いや、悪い。仕事柄、旧人類の標本を扱うことがあって、なんとなくそれを思い出したんだ」


 隣にいた女性は一瞬ぽかんとした表情の後、はっと気づいたように慌てて小さく何度もうなずいた。


 トゥディアは柔らかな微笑みを浮かべて少年を見下ろす。慈愛に満ちたその眼差しは包み込むような温かさを帯びている。


「あらあら、お姉さんを日本人の子孫と間違えちゃった? よくあることだから気にしないで。お姉さんは、オリエントエルフなの。珍しいでしょ?」


 彼女はおどけるように肩をすくめ、しゃがんで棚のポーション瓶を手に取る。その仕草は子どもをあやすような優しさと、どこか余裕のある大人の雰囲気を漂わせていた。


「さて、どれが一番効きそうかしら……お値段も見ておかないとね」


 瓶のラベルを丁寧に読みながら、品質と値段を見比べていく。その背中には過去を物語る傷跡が黒い髪の隙間からわずかに覗いていた。


 冒険者にとってポーションは自分用とは限らず、臨時の仲間や通りすがりの人助け用に持つことも珍しくない。限られた出会いや連絡手段の世界だからこそ、日常的な縁作りが重視され、助け合いの精神が芽生えている。


 瓶を手に取り微笑みつつ、ふと真剣な眼差しで二人を見つめるトゥディア。


「このポーション……わざと低ランクに仕上げているのは分かるわ。でも、ラベルの仕上がりが妙に丁寧すぎる。普通なら効率化のために手を抜くはずなのに、ここだけは手を抜いていない。詳しい者が見ればすぐに違和感を覚えるはずよ。つまり、ポーションの中身とラベルの技術レベルが釣り合っていない。これは何か事情がある証拠……あなたたち、何か隠しているんじゃない?」


 優しく、しかし核心を突くように続ける。


「それに、旧人類の標本なんて、一般人に簡単に手に入るものじゃないはずよ。お姉さん、少し気になっちゃったの」


 ホワイトライオン族の女性が少年の首に腕を回し、トゥディアに向かって『ちょっと待っとってや』というジェスチャーを送った。二人は背中を向けてひそひそ話を始める。


「なんで、ラベルにあんな気合い入れたんや? もっと簡単でよかったやろ?」


 女性は体格差を活かし少年の横顔をぐっと引き寄せ、耳元でささやいた。


「大衆向けでも職人として譲れねえモノがあるんだよ。これは芸術家で言えば製作者のサインなんだ」


 実はポーション本体より、ラベ()のデザインに時間がかかってたりする。


「標本のこと、あの人に感づかれたんは想定外やったけど……あの人、何者やと思う?」


 レイアンは一瞬視線を地面に落とし深呼吸してから顔を上げ、落ち着いた声で言った。


「あの人に小細工は無理そうだ。正直に話したほうがいい」


 彼はトゥディアの目をじっと見つめ、真剣な表情を崩さない。


「オレはレイアン、こいつはシルヴァ。今は人探しの旅人だ。探しているのは、トウシロウって呼ばれる人物と、旧世界の技術で作られた長期間人を眠らせて保存する施設。今じゃ化石や遺品の見つかる遺跡だけど、かつては滅びゆく世界を乗り越えるために使われていたらしい」


 隣のシルヴァは少し照れくさそうに唇を噛み、レイアンの腕に軽く手を添えた。


「ウチら、隠すつもりはなかったんよ」


 彼女はレイアンの顔をチラリと見てからトゥディアに向き直り、真剣な眼差しを向ける。


「ただ、事情が事情だけに、すぐには言い出せんかっただけや」


「まあ、冒険者仲間として、よろしく頼む」


 レイアンは静かに右手を挙げる。曾祖父カイランから受け継いだ、冒険仲間内だけでわかる特別な敬礼だ。中指と人差し指だけを伸ばし、その他の三本は握りしめ、その指先を額のわずか上、眉間のあたりに軽く触れさせる。


 その動作を見たトゥディアの表情が一瞬で変わった。瞳に驚きと懐かしさが宿る。。


「……レイアン、あなたは……カイランの子孫……?」


 トゥディアはかつてカイランと共に冒険の旅をした仲間の一人で、その敬礼は彼らだけの絆の証だった。彼女は敬礼を見て、レイアンがカイランの血を引く者であると確信したのだ。


 レイアンは少し照れくさそうに微笑み、頷いた。


「そうだ。カイランはオレのひいじーちゃんだ」


 トゥディアは優しく微笑み、まるで遠い昔の記憶を辿るように語り始めた。


「そうだったのね。かつての仲間の子孫に会えて本当に嬉しいわ。仕事が終わったら、お互い落ち着いたとこで事情を話さない?」

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