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第2通:氷封のラストメッセージ_旧人類の遺跡見学ツアー

「シルヴァちゃん! こっちこっち〜♪」


 肩にオウフェイを乗せて、レイロンの屋敷前で手を振っているイーウェイが、ある少女を手招きで呼んでいた。


 白い虎を思わせる種族の長身の少女が、緩い笑顔で手を振って近づいてくる。


 シルヴァはホワイトライオン族の18歳の女性で、身長182cmの長身。引き締まったアスリート体形に、彼女の体格に似つかわしい圧倒的な豊かさを持つ胸元が視線を集める。


 白い獅子の獣耳としっぽが特徴的で、無造作なロングウェーブの髪が風になびき、野生的な美しさを醸し出している。ビキニ型のレースクイーン風マイクロビキニに黒レザーのアームカバーとハイソックス、青いスカーフとスニーカーという大胆な装いが、彼女の存在感をさらに際立たせていた。


 さらに、腰には細身のクロスボウを収めるためのホルスターが備わり、戦う者としての一面も覗かせる。


 彼女は2つ年上のレイアンの恋人であり、同棲している押しかけ女房のような存在だ。普段はふにゃふにゃとした話し方で甘えん坊だが、殺る気スイッチが入ると寡黙なスナイパーに変わる。


「イーウェイちゃん、待っとったと? わかったわかった〜、すぐ行くけんね〜♪」


 ビキニのトップは、まるで乳房を包みきれずに溢れ出すかのように小さく、その隙間から豊かな曲線が覗いていた。ローライズのパンツは面積を極限まで削ぎ落とし、鼠径部の繊細な肌が惜しげもなく露出している。


 背面は引き締まった大きな臀部の曲線をわずかに覆うだけで、そのほとんどが大胆に露わになり、まるで肌が風にさらされているかのように繊細なラインが際立っていた。


 そんな大胆な装いの上から、白い獅子のしっぽが自由に揺れ、彼女の長く伸びた脚線美を一層際立たせている。


 ノクターナル・レルムにおいては、布が非常に希少で高価な資源であるため、服装は必要最低限の布で作られることが一般的である。


 特に女性の服装は高露出であることが珍しくなく、体型を自然に見せることが美学として受け入れられている。動作や姿勢によって肌が見えることに対する羞恥心は薄く、日常的な光景として認識されている。


 また、シルヴァのように辺境の部族出身の場合、そもそも服を着る文化が存在しないことも珍しくない。そうした背景を持つ女性にとっては、ビキニタイプの裸寄りの服装はごく自然であり、彼女の服装デザインはその文化的背景を反映したものである。


「まったく、吾輩は音声ガイダンスではないのだがな」


 イーウェイの肩の上で、首を縮めるようにため息をついたオウフェイ。


「おじいちゃん、そう言わないでよ。イーウェイたちだけじゃ、入る許可すらもらえないんだしー」


 イーウェイは肩に乗るオウフェイのあごにそっと手を伸ばした。彼女の爪の表面は丁寧に磨かれ、爪は天然の色素でほんのりと淡い琥珀色に染まっている。


 ややふてくされた様子のオウフェイだが、その美しい爪先がオウフェイの柔らかな羽毛に触れると、その指の感覚にしっかり身を任せていた。


「寄り道せずに地下に降りるぞ。吾輩の指示に従えよ」



***



「すごかねぇ。ほんとにきれいなまんま、人が氷漬けになっとるとよ」


 コールドスリープの円柱型装置が並ぶ部屋で、もっとも保存状態が良いココノエの装置の前。シルヴァがココノエの顔を氷越しに覗くように見ていた。


「てかさ、女だけの施設ってマジ? 恋愛ゼロでよく生きてけるよね、マジで。こいつら、どんだけ我慢強いんだよ(笑)」


 イーウェイは笑顔でそう言っているが、皮肉めいた感情が出ていた。


 ガイド役として見晴らしのよい位置にいたかったオウフェイは、シルヴァの頭上から当時の色恋沙汰について解説する。


「終焉間近の旧世界には、『恋愛無関心』という現象が広がっていたのだ。これは、恋愛にあまり興味を持たない若者が増えたということだ。さらに、『恋愛離れ』とも言われ、恋愛を避ける傾向が強まっていた。理由は様々だが、社会が複雑になりすぎて、恋愛に時間や労力を割きにくくなったことも一因なのだ」


 新世界は錬金術や魔法があっても基本的に『単純作業の積み重ね』によって社会が成り立っている。これは旧世界の最先端技術社会に比べると原始的で不便な生活だが、『誰でも人間らしく生きられた世界』とも言える。


 人の世界は便利になった分、自由な時間ができると思われた。しかし、実際はそうではなく、短縮できた分、人が本来持つ容量以上の仕事が増えただけだったのだ。


「また、『恋愛しにくい社会』という問題もあった。例えば、仕事や生活の忙しさ、経済的な不安、情報共有サービスなどの影響で、人と深く関わることが難しくなっていたのじゃ」


「単に仕事減せばいいだけじゃん? 旧人類バカじゃね?」


 オウフェイを見上げてそう言ったイーウェイに、オウフェイは旧人類ならではの感性を告げる。


「当時は無理することが美徳という考えもあったのだよ。その実態は、世代を超えて長年少しずつ強くかけていった暗示のようなものだった。終焉前の世代がその洗脳から目を覚まそうとしたときには、もう手遅れだったのだ」


 明確な仕事時間がない彼女たちの生活では、眠くなったら寝る。疲れたら帰るというのが一般的な認識だった。高度文明の先進国と生活にかかる費用が違う(贅沢しなければ安い)という文明レベルだからこそ成り立つのだろうが、それが当たり前の二人の感性では、旧世界の日常は見えない雇い主に従う奴隷生活に思えていた。


「そして一番の問題は、『過剰なファミニズム』だ。これは、男女の権利や役割についての議論が過熱しすぎて、逆に異性との関係がぎこちなくなったり、恋愛が難しく感じられるようになった社会の状況を指していた」


「でも旧世界っちゅうのはな、今よりも人が自由に遠くまで行けて、離れとっても話せる手段があったけん、出会いっちゅうのは簡単やったんじゃなかと?」


 シルヴァたちの部族は、生まれた村の範囲で恋愛し、子供を産むのが当たり前だった。それでも自分の場合は、村の外に出てレイアンと出会えた分、幸運だと思っている。


「いや、むしろシルヴァやレイアンのように十代で恋人ができるのはレアケースどころか、地域によっては都市伝説に近いこともあった。『近すぎて遠かった』のが旧人類の人間関係なのさ」


「お見合いなんてダルい習慣もないなら、もっと自由に愛すればよかっただろうに……ダメすぎるじゃん」


 妖狐族には比較的、両親がセッティングしたお見合いによる結婚の者が多く、カイランとの青春は、あのとき村を出ていなかったら始まらなかったかもしれない。イーウェイは、地域に縛られず自由に相手が選べる旧人類を羨ましく思っていた。


「選択肢が増えすぎたから、お互いの理想が高まったのもあるだろうな。そのような問題が絡み合い、旧人類……とくに日本の人々は、恋愛に対して複雑な感情を抱えていたのだ」


 ポリコレなどの事情もかかわってくるのだが、あまり複雑にすると彼女たちの思考が追い付かないので、これ以上の細かい部分は省略することにした。


「ん? なんかドア、空いてんだけど?」


 ふと目をやったコールドスリープの装置の奥に、イーゥエイが半開きの扉を見つける。


「おい、勝手に移動するな」


「隣の部屋に行くだけだって。なんか匂うんだよね。おじいちゃんが監視でついていればいいでしょ?」


 立ち止まる素振りもなく、イーウェイがドアノブに手をかけた。


「……覚悟しろよ。旧人類の(カルマ)を垣間見ることになるぞ」


 イーウェイの後に続いて、シルヴァの頭にのったまま隣の部屋に移動した。



***



 扉の中は他の部屋より一段と気温が低かった。彼女たちのような薄着であれば、先ほどの氷だらけの部屋の時点で、寒さに凍える姿を思い浮かべそうだが、2人は『ちょっと冷えるね。』くらいの感覚だった。


 常に氷がギリギリ張らない程度の気温の中で生活し、少し山を登ったり、地下に行けば氷点下は珍しくない。


 ルミナス・ステップは生活の利便性として、気温が数度程度に収まるように、錬金技術ランプの中の魔力の放熱で調整している。魔力は熱を持ちやすい性質があり、ほんのりあたたかい程度から、調整次第では調理に使えるほどの高温まで発生させることができるため、この特性を利用して気温管理が行われている。だが、街の外やシュテルン・トゥルムの屋上は氷点下である。


 常夏の国よりも薄着で、真冬の国で生活しているような新人類にとっては、氷が張らないくらいの温度で『けっこうあったかいね。』という感覚だ。


「ここってマジで何なん? めっちゃ気になるんだけど?」


 壁には金属のタンク……イーウェイたちの感覚で言うなら、白い金属のタルが並んでいた。上には四角い機械がついていて、何かを操作するのだろうということまでは、この時代の錬金術の知識でもなんとなく分かった。


 装置はよくわからない表示が点滅しているか、うんともすんとも言わないものばかりだった。


「ひんやりした冷たい霧が漏れちょるのもあるけど、これなんやろかね?」


 中には劣化した蓋の隙間から、下にこぼれるように霧があふれている。


「それ以上近づくな。新世界の体質でも液体窒素に直接で触れるのは危険だ」


 頭に止まったオウフェイの警告で、蓋を開けようとしていたシルヴァが動きを止め、後ずさりした。


「イーウェイ、目の前の装置なら完全に機能が止まっている。覚悟して開けてみろ」


 翼で指定された装置の蓋は劣化が激しく、ただ乗っているだけだったので、簡単に外れそうだ。


 劣化した蓋を外すと、中には短い筒状の試験管がいくつも並んでいた。ラベルは旧世界の言葉で書かれているが、二人には読めない。


 その時、イーウェイの肩に止まっていたオウフェイが静かに口を開いた。


「今、イーウェイが手にしているのは精子と呼ばれる液体だ。子供の元を凍結したものの慣れ果てでな。装置が止まっているので、生物学的にはもう死んでいる」


「命の元が凍って保存されとるなんて、うちの村じゃ考えられんわ」


 シルヴァは目を丸くし、少し戸惑いながらも興味深そうに試験管を見た。


「コレだけみるとさ、なんかの薬とか魔法の材料っぽくない? 白い糊みたいに固まってるし」


 イーウェイは試験管を手に取り、目線の高さでじっと見つめながら、陽気に言った。


 イーウェイの村では房中術の講義があり、女性の健康や精神の成熟を促す重要な儀式として教えられていた。行為や精子についての知識は伝えられていたものの、その深い意味まではまだ知られていなかった。


 一方、シルヴァの部族では行為を直接的に指導する文化がなく、性知識の概念自体が薄い。彼女にとっては本能的なコミュニケーション手段でしかなかった。


 シルヴァはしばらく黙って試験管を見つめていたが、やがて口を開く。


「なんか気持ち悪いけど、これ、アレのときに出た白くてねばねばした液体に似ちょるわ……」


 言葉を詰まらせ、視線を逸らす。頬にうっすらと赤みが差し、わずかに肩を震わせる。


 その様子に気づいたイーウェイはにやりと笑う。


「おっ、シルヴァちゃん、なんか思い出したっぽいね?」


 シルヴァは慌てて顔を背けたが、その表情はどこか恥ずかしそうで、経験であることを察させるものだった。


「ん? おじーちゃん、空っぽのもあるよ?」


 並んだ試験管の中には空のものもあった。空の試験管と精子の試験管は同じ本数が入っていた。イーウェイは何も入ってないよとアピールするように試験管を手首で回している。


「死んでいるとはいえ、雑に扱うな。そっちは卵子が入ってる」


 オウフェイの低い声での注意に、試験管を回しているイーウェイの手が止まる。ただ、それは自分のやっていることを自覚したのではなく、疑問からだった。


 空の試験管を眺めるシルヴァも同様の疑問を抱いたようだ。


『卵子って何?』


 2人の声が重なった。シルヴァの方は思わず方言口調を忘れてしまったほどである。


 目視できない卵子は、存在自体がこの世界では知られていないのだ。極端な言い方をすれば、精子さえ取り込めば子供ができる、というのが一般的な考えだった。


「卵子は体の中に隠れている小さな種の元のようなものだ。目には見えんが、命を育む大切な役割を持っている。精子がその卵子に出会い、命のもとを作るのだ。だから、たとえ死んでいるものでも、大事に扱わねばならん」


 2人の表情は、オウフェイの説明で卵子の存在は知ったものの、文明レベルや環境の違いからそれ以上の理解が追いつかず、まるで『???』と首をかしげるような困惑した顔つきだった。


 言葉で説明しきれないその戸惑いは、まるで未知のものに直面した時の、子猫が不思議そうに見つめるような無垢で純粋な驚きの表情だった。


「さて、ここからが本題だ。イーウェイ、そこにぶら下がってる紙の束を作業台に置いてくれ」


「もー……おじいちゃん、自分で動かないとボケるよ」


 などと文句を言いながらも、イーウェイはオウフェイの手伝いをよくしてくれる子だった。オウフェイの鉤爪は器用とは言えず、細かな作業には限界がある。イーウェイは彼の行動をシュニャンとともに日常的に補佐しているのだ。


 箱型の空調システムの横に取り付けられた、マグネットタイプのフック。そこに一冊のノートがかかっていた。


 壁際に垂直にぶら下がったものを取るというのは、オウフェイには難しいのだ。


 イーウェイは見慣れない旧世界の文字にも困惑しているが、それ以上に『ノート』という存在に驚いていた。


「え、マジでこれがメモ帳? 白葉(バイイエ)と全然違うし、貴族の手紙の紙より、めっちゃ薄くて繊細じゃん! でも、こんなにいっぱいページあってコンパクトにまとまってるとか、超便利じゃん!」


 ノートを手に取ったイーウェイの狐の尻尾がピンと立った。


 文字を追う気もなさそうに、紙の感触を確かめるようにページをバラバラと軽くめくっていった。その指先に伝わる薄さと柔らかさが、彼女の驚きをさらに際立たせている。


 チャイナドレスの股下丈の裾をくぐるように出した狐の尻尾が、サイドに腰までスリットが入ったスカートを持ち上げ、お尻が丸見えになっていることに気づいていないほどだった。


 尻尾のある種族の女性としてはよくあるリアクションなのだが、この世界の服装事情をしらない旧世界の人類が見たら、羞恥心の違いに衝撃を受けるだろう。


「本当に驚くのはそこじゃない」


 尻尾を下したイーウェイが作業台にのせたノート前に、シルヴァの頭上から飛んだオウフェイが、鉤爪が固いものに当たる音とともに着地した。

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