第1通:永遠の夜に咲く青春_100年の青春をありがとう
硫黄の流出を防いでいた亀裂の入った大きな石は、レイロンたちの調査により、地下に溜まっていた分は長い年月をかけて少しずつ抜け、今ではもう無害になっているらしい。
呪いのイメージを払しょくするため、今後そこは、旅の名所として手入れされ、イーウェイの支援者たちが運営する庭園になるとのこと。
カイランはレイロンの手配した街の病院で、治療を続けることになった。加護に重ねてさらに延命するような行為を受け入れるべきか悩んだが、取り戻した青春を1日でも続けるために受け入れることにしたのだ。
レイロンが言うには、彼女が最後まで面倒をみるから心配ないとのこと。
アレックスはレイロンの屋敷に居候しつつ、彼女の勧めで街中の配達をムーンキャリーで手伝うことになった。階段の多い街を駆け回り、体力をつけて人脈を得ることは将来的にも良いことだろう。いずれは、ノヴァ・トゥルースの捜査員としての訓練を受けるそうだ。
イーウェイの食堂は支援者たちが経営を引き受けてくれることになり、彼女はムーンキャリー住み込みで働くことになった。
また最近、妖狐族が文字の先生以外の仕事にもつき始めたことで、文字教室の先生が不足気味ということなので、文字を学ぶ機会がなかった子供たちや冒険者たちに向けての文字教室を不定期に開くことにもなった。
彼女は生徒たちに狐ギャル先生と呼ばれ、開催日が決まるたびに予約で埋まるらしい。中には、本当に文字が書けないのか怪しい大人もいるが……郵便ギルドの窓口業務を兼ねた事務仕事と、文字教室でそれなりに忙しいが充実した日々になっている。
ところで……ムーンキャリーはいきなり住み込み増やして大丈夫なのか?
実はもともと人員が増えたときのことも想定して作った建物なので、新規メンバーを増やすちょうどいい機会だったのだ。
ちなみに新しい食堂で働いていたフリータだが、彼もまたイーウェイガチ恋だったので、彼女に告白してみたが……
「いやー、100年以上フリーターとか、将来性マジないっしょー。ごめんねー」
と秒殺で失恋し、経営が支援者代表に変わった食堂でアルバイトを続けている。彼が極めたうどん打ちは、腰がないやわらかいうどんになり、薄味の出汁がよく染み込むと好評になるのだった。
イーウェイは時間が取れれば、体が不自由なカイランの代わりに買い物をし、部屋に届けていた。
さらにイーウェイとカイランは100年分の青春の空白を取り戻そうと、手紙のやり取りを始めた。手紙といっても郵便としてではなく、白葉に書いた文章をイーウェイがカイランの部屋に届け、彼の部屋にある白葉と交換するというものだった。
2人の時の流れの差を感じさせない程、幸せな時間が流れていた。
しかし、青春の終わりは突然訪れた……
***
2年間の歳月が彼を変えた。かつての少年は、今や落ち着きと確かな自信を纏い、砂浜に静かに立っている。耳に届くのは、波が穏やかに岸を撫でる音だけ。手の中には、曾祖父の遺灰がそっと包まれていた。
ルーリーのもとで配達員として街中を駆け回った日々は、彼の身体に基礎体力を刻み込んだ。その後、レイロンのもとで、ノヴァ・トゥルースの捜査員訓練に明け暮れた理由——それは、『アレックスとは別人だと信じさせなければ生き残れない』という、切羽詰まった状況に身を置いていたからだ。
そうした積み重ねの結果、彼の身体は引き締まり、特に鍛え上げられた脚は健康的な力強さを宿している。成長期も重なり、身長は目に見えて伸び、少年から青年へと変貌しつつある。肉体だけでなく、厳しい環境と日々の鍛錬は彼の内面にも確かな成長をもたらしていた。
「ひいじーちゃん、ごめん……最後の時、傍にいられなくて……」
言葉を紡ぎながら、彼はゆっくりと顔を伏せた。堰を切ったように、こらえていた涙が一筋、頬を伝い落ちる。
あの時、曾祖父は加護の切れた寿命の果てに、レイロンとイーウェイの手を握りながら、まるで眠るように静かに息を引き取った。彼はその場に近づくことすら許されなかった。
医療の術師たちが信頼できる者を連れてきていたとはいえ、元貴族としての彼の身を守るため、過激な市民の目から隠れる必要があった。居候を始めて間もなく、リスク回避のためにレイロンの養子となり、『レイアン』という新たな名を授かった。
その名には、レイロンの一部を受け継ぎ、彼女が我が子のように見守る覚悟が込められている。別人として振る舞わざるを得ない彼は、カイランとの関係を疑われる行動を慎み、孤独な戦いを続けてきた。
カイランの遺体が火葬される時も、ノヴァ・トゥルースの事務所でただ待つことしかできなかった。
この世界では宗教が禁じられているため、火葬は宗教的な儀式ではなく、魔法と錬金術の力で遺体が素材として使われることを防ぐための処置だ。火葬後は指定された場所で散骨されるが、それはあくまで実務的な手続きに過ぎない。
100年以上もだれかと繋がり続けた尊敬する曾祖父の最期に立ち会えなかったことは、彼にとって過去に虐げられた日々よりも深い痛みだった。
ただ、唯一の救いは、散骨を委託できる取り決めがあったこと。舗装されていない険しい地形の外れで、体力的に散骨に行けない者も多いためだ。
レイロンは重要な捜査で街を離れられず、イーウェイも憔悴を理由に行けないことにして、彼にその役目を託した。
彼は人里離れた海岸で、限られた時間の中、アレックスに戻ることを許された。
散骨を終えたレイアン……アレックスは、静かに右手の中指と人差し指だけをそっと伸ばした。残る三本の指は握りしめたまま、その伸ばした指先を額に軽く触れさせる。かつて曾祖父と交わした、身内にしか通じない特別な敬礼だった。
海風にジャケットがはためくと、曾祖父から受け継いだ左脇のホルスター型アイテムポーチが、長い年月を経た色合いを見せている。
遺灰の中には、イーウェイが託した別れの言葉を記した白葉が混じっていた。それは葬送の遺灰とともに、静かに水平線の彼方へと旅立つ。やがて、白葉は灰と溶け合うように、ゆっくりと姿を消していった。
白葉に記された言葉は、静かに彼の胸に響いた。
『100年の青春を、ありがとう――』




