第56話 切ない願い
受験の日――そういえば駅降りて学校に行く途中、歩道の端で丸まってる子がいて声かけたっけから……両サイドで三つ編みした女の子。
この時間にこの道にいるのは同じ受験生だろうなって思った。真っ青な顔でうずくまってるから、どうしたんだろうって気になって声かけたんだ。
兄キも姉キもみんな錦ヶ丘高校出身で何度も学校には行ったことがあったし、受験だからって別に緊張してなかった俺は、一緒に学校まで行って保健室に送ったんだったかな?
あまり記憶になくて首をさする。
「高校入学して松岡君を見かけて、お礼が言いたくて会いに行ったことがあったけど、結局お礼どころか話しかけることも出来なかった。その時、松岡君は教材を運ぶ女の子を手伝ってて、優しいのは私だけじゃないんだって思ったらなんだか切なくなって、話しかけるタイミング逃しちゃった。でも、気がついたらいつも松岡君のことを目で追ってて、松岡君が明るくて気さくで優しくい人だって知って――一人の女の子に恋してることを知ったの」
優しい風が吹いて藤堂さんの長い黒髪をさらって、藤堂さんが揺れる髪を耳にかける。
「二年になって芹香ちゃんに話しかけられた時はビックリしたな。松岡君とよく一緒にいる女の子だって、松岡くんが好きな子だってすぐ気がついたから。私ね、性格がきついって思われていつも周りに敬遠されてた。だから芹香ちゃんが話しかけてくれた時は驚いて、でもすごく嬉しかった――松岡君の好きな子が優しい子で嬉しかったの。私は、芹香ちゃんと一緒にいる松岡君が好きなのよ」
くしゃっと切なげな笑みを浮かべた藤堂さんに俺は尋ねる。
「俺が芹を好きって――そんなに態度に出てた?」
自分の気持ちを自覚したのは去年の十二月だった。それなのに、話したこともなかった藤堂さんが俺の気持ちに気づいてることに驚いた。
俺の態度ってそんなにバレバレなのだろうか……?
「だって、毎日三組に来るんだもの」
そう言って首を傾げた藤堂さんは儚くて、少し皮肉気な笑みを浮かべる。
「俺……毎日行ってた?」
そんな自覚はなくて、顎に手を当ててぼそっと呟くと、藤堂さんがくすりと笑う。
「それ、芹香ちゃんも言ってたよ」
「えっ……?」
「私がね、松岡君って芹香ちゃんに会いに来ない日ないねって言ったら、すごく驚いていたの。今の松岡君みたいな表情で」
言われて、俺はぱっと手で顔を覆う。
俺、どんな表情してるんだっ――!?
「松岡君と芹香ちゃんってすごく似てるわ。二人ともふわふわして、私に気さくに声をかけてくれて、近いのに遠い存在。私は、芹香ちゃんを好きで好きでたまらないって表情をする松岡君が好きよ。だから二人が上手くいって、私はその側にいられれば良かった」
藤堂さんがそんなふうに俺達のことを見ていたと知って、知らなかった藤堂さんの一年半が見えたように思った。
「でも――」
そこで言葉を切った藤堂さんは、すっと花壇から立ち上がって空を仰ぐ。秋の香りのする風がさぁーと吹いて、青い空に薄い雲が流れて行く。
「松岡君も芹香ちゃんも動こうとしないから――なんだかじれったくなっちゃって。芹香ちゃんはいまは恋する余裕はないって言ってたけど、恋って勝手に始まるものじゃない? 芹香ちゃんも松岡君のことを好きなんだと思ってた。それなのに、何度聞いても友達とか恋愛対象外とか言って、自覚してないみたいだったから……」
語尾がだんだんと小さくなっていき、藤堂さんは細く息を吐き出す。
くるっと振り返って俺を見た藤堂さんは泣いてしまいそうな儚くて切なくて、でも綺麗な笑みを浮かべる。
「私は自分の気持ちを伝えたかった。口にしないなんて出来なかった。たとえ――松岡君と芹香ちゃんが両思いで私のせいでややこしくなったとしても、私は私の想いを知ってほしかったの。だから芹香ちゃんに悪いとは思ってないわ」
そう言った藤堂さんは凛としてて、とても眩しかった。
俺がぐだぐだ考えて迷っている間、ぶれない藤堂さんの気持ちがすごいと思って、それを俺に向けてくれたことが嬉しかった。
「ありがとう、藤堂さん――」
そう言った俺に、藤堂さんは目元を和らげて俺を見る。
「ちゃんと告白して、芹香ちゃんと上手くいってね」
告白はするつもりだけど、結果はどうなるか分からない――
なんと答えたらいいか分からなくて、苦笑する。
「ねえ、松岡君。これからも、友達でいてくれる?」
「当たり前だろ」
「最後に一つだけ、お願いきいてくれるかな?」
まっすぐに俺を見た藤堂が、瞳をほんの少し切なさにきらめかせて微笑んだ。
「芹香ちゃんみたいに、私のことも名前で呼んでほしい。友達としてのお願い」
「いいよ。あーっと、藤堂さんの下の名前って……」
言いながら、芹がいつも美咲ちゃんと呼んでるのを思い出す。
「美咲――だよな?」
そう言うと、美咲は複雑そうな笑みを浮かべてため息をついた。
「ほんとに、松岡君って……」
美咲がつぶやいた声は秋風にのって飛んでいき、「なにか相談があったらいつでものるからね」そう言ってちょっと意地悪な笑みを浮かべた。
こうして期間限定の付き合いは終わりを告げた。




