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【黄昏の記憶】~ファースト・キスは封印の味~  作者: 水樹ゆう
第三章◆異 変 《Accident》
26/37

06

 三時間目は、選択授業だった。

 生徒は、美術か音楽のどちらかの授業を選択していて、それぞれ美術室と音楽室に移動をする必要がある。が、週一回ながら、これが意外と骨が折れる作業だった。

 まずは、体育館から職員室や通常のクラスが入っているA棟へ。そこから更に、特別教室が入っているB棟まで移動しなければならず、互いの棟を往来できるのは二階部分にかけられている連絡路か、地上の渡り廊下のどちらかしかない。

 優花も玲子も晃一郎もついでにリュウも、皆が音楽を選択していたため、同じルートでの移動となった。

 即行で着替えを済ませA棟最上階の四階にある自分たちの教室に戻り音楽の教科書類を引っつかみ、すぐさま二階の連絡路を渡りB棟へ。

 すかさず階段を駆け上がり音楽室のある四階まで一気にGO!

 そして、音楽室は、階段から一番奥まった東側の角部屋だった。

 だれが時間割を考えているのか定かではないが、その人物には想像力と言うものが欠けているか、何も考えていないのん気者に違いない。

『考えたヤツ、自分でこの距離移動してみやがれ!』

 トイレに行く時間すらないのだから、生徒たちが、半ばヤケクソ気味にそうぼやくのも、無理は無いだろう。

 それほど、この移動内容には無理があった。

「うひー。毎度ながら、そこはかとなく悪意を感じずにはいられない時間割だよねー。きっと『エロカマキリ』あたりの差し金に違いない」

 移動距離の約半分。

 体育館からA棟四階にある自分たちの教室、三年A組にたどり着いた所で、玲子も疲れたのか、うんざりした様子で大きく息を吐いて優花にぼやいた。

 さすがに、四階分の階段を一気に上るのは、かなりきついものがある。

 机から教科書類を引っ張り出し、下敷きを抜き取ってパタパタと自分の顔に風を送る玲子に、優花は苦笑めいた笑顔を向ける。

「あはは。まさか。さすがにそれはないよ……?」

 ――うん。たぶん、きっと。

 優花の返事が疑問系になってしまった理由は、『エロカマキリ』こと、学年主任の野村教諭のカマキリそっくりな骨皮筋衛門的な風貌と、女子を見るときにニヤリと浮かべる、少しばかり『いやらしく見える笑顔』が脳裏を過ぎったからだ。

「エロカマキリって、珍しい名前ですね。どういう漢字を書くんですか?」

 ニコニコと、邪気の欠片も見られない天使の笑顔を浮かべたリュウに問われ、優花は『うっ』と、答えに詰まった。

「あ、ええっと……カタカナ?」

 エロカマキリって、どう説明すればいいんだろう?

 って言うか、説明していいんだろうか? こんなこと。

 あからさまな悪意はないにしろ、その風貌を揶揄していることには代わりが無い。

「カタカナですか?」

「あだなよ、あだな、ニックネーム! 由来は後でじっくりお姉さんが、教えてあ・げ・るから、とにかく急ごう。音楽のコンちゃん、時間には厳しいからね」

 ほら!

 と玲子に背を押された優花とリュウは、半分残っている移動を再開すべく、廊下へと足を向けた。

 あれ?

 そういえば、晃ちゃん?

 ふと、晃一郎がいないことに気付いた優花は、ドアの所で足を止めた。

『エロカマキリ』の話題など、率先してのってきそうなものなのに、無反応だったし何をしているの?

 既に、他の生徒たちは出払って閑散とした教室内に、ゆっくりと視線をめぐらせる。

 あ、いた。

 開いた窓から吹き込んでくる、今は心地良く感じる秋風に弄られる白いカーテン。

 その影に佇むように、外に視線を走らせる晃一郎の姿に、優花は小首を傾げた。

 窓の向こう側はB棟との間に小さな中庭があるだけで、特に目を引くものは無いはずだけど。

「もう行くよ、晃ちゃん?」

「あ、ああ、すぐに行く」

 ゆっくりと歩み寄ってくる晃一郎の、ニコニコと浮かべた笑顔が、なんとなくうそ臭い。

「何、見てたの?」

「内緒ー」

「はぁ?」

「そんなに、俺の見ていたものが知りたい?」

 茶化すように顔を覗きこまれた優花は、むうっと眉根を寄せる。

「別に、知りたくないよーだっ!」

 フンだ!

 いったい、何だって言うのよ?

 ワケわかんない!

 うっかり失念していたが、まだ、あの嘘のメモの件で自分は怒っていたのだと思い出し、優花の眉根の皺が、更に、深さを増した。

「それ、癖になっても知らないぞ」

 追い越されざま、楽しげに喉の奥で笑う晃一郎の長い指先に、額をコツンと弾かれた優花は、ぎよっと身をそらした。

 今日の、晃一郎は、変だ。

 スキンシップ過多も甚だしい。

 うっかり気を抜くと、又、頭を撫でられる気がした。

 あれは、けっこう、心臓に悪かった。

 そう、ワケもなく泣いてしまうくらいに――。



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