第98話 メイドの日
「ところでお嬢様、今更なのですがクラリッサ様を正式にメイドにするには少々問題が……」
「え、そうなの?」
私はメイド姿のクラリッサを抱きしめながらエメリアにそう告げられた。
クラリッサは私に体を預けながらその幸せを噛みしめているところだったけど、それを聞かされて表情を曇らせる。どうも心当たりがあるようだ。
「はい、何しろクラリッサ様は大貴族ウィングラード家の次期当主となられる予定の方です。ですよね? シンシア?」
「ですね~。間違いなくクラリッサは当主になります。ただでさえほぼ確定だったところに、アンリエッタ様というこれまた大貴族の当主候補との婚約まで果たしたんです。これはもう間違いないと断言できます」
「それほどのお方を、正式にメイドにはできませんので……」
そう言われると確かにそうなんだけど、じゃあさっきの誓いとかは何だったんだってことになるんだけど。
「……で、でもっ、わたし、お嬢様のメイドにもなりたいですわっ……」
私の腕の中で身をよじらせ、私のことをじっとクラリッサが見つめてくる。確かにこれほどの高貴な子をメイドにするのは確かにどうかと思う気もするけど、だからこそ素晴らしいという思いもあるのだ。
「――なので、クラリッサ様がお嬢様のメイドになるってことは、私達だけの秘密にしましょう」
「秘密?」
「そうです。あくまでも正式な立場としては、クラリッサ様はお嬢様の妻ということで、お嬢様から求めれたときだけメイドになると言う形でどうでしょうか」
「まぁその辺が落し所か……クラリッサはどう?」
「仕方ありませんわね。わたしにも貴族としての立場があるというのはわかっていますし、自分の幸せだけを考えるわけにもまいりませんもの」
その辺貴族とか、なかなかにややこしいところである。背負うものがあると言うか、私にもそういうものがあるんだろうなぁ。あまり自覚してこなかったけれども。
「でも……お嬢様がお望みなら、いつでも私はメイドになりますわっ……」
「いいの?」
「だって、この服を着てメイドになった自分なら、素直に甘えられるってことに気付いたんですもの」
「クラリッサ……」
「これからも時々でいいですから、お嬢様のメイドとして、いっぱい可愛がって欲しいですわっ……」
クラリッサはそう言いながら、そっと体を預けてきた。
――な、何という可愛らしさだろう。普段のツンツンしながらもデレたクラリッサも可愛いと思っていたけど、これはまた別の可愛らしさだ。
ためしに喉を指でくすぐってあげると、まるで猫のような仕草をしながら甘えた声を出した。首輪も相まって、本当に猫みたいである。
普段のクラリッサなら、「も、もうっ……! くすぐったいですわっ!」なんて言いながらぷりぷりとするところだけど、これはこれで実に新鮮で素晴らしい。
「ああっ……あのクラリッサがこんな素直な態度を……!! これもまた最高ですっ……!!」
シンシアはそんなクラリッサの姿を、一瞬でも逃すまいと写し絵――動画撮影用魔道具――を構えて撮影を続けている。
あふれ出るヨダレを、かいがいしく隣のエメリアが拭いてあげているのが何か可笑しかった。
「えっと、それで、私はこれからもクラリッサの姉ってことでいいんですよね~?」
「それはそうですよ。一度結んだ姉妹契約はよっぽどのことがない限り解除は不可能です。これはメイドにとって主従契約の次に重い契約ですから」
「ならよかったです。だってクラリッサの姉になれるなんて思ってもない幸せでしたらね~」
「もう恋人で、結婚の約束までしてるのに、その上姉にもなろうだなんてシンシアは欲張りね」
「それはそれ、これはこれってやつですよ~。だって恋人関係にある姉なら、妹を自分好みに教育できるんですよ~? エメリアも、自分のお嬢様を教育してみたいと思った事はないんですか?」
「な、無くはないですけど……!!」
無くは無いのか。
「で、でも、それ以上に……私はお嬢様のメイドとして、可愛がっていただけることが一番の幸せですから……」
「はいはい、ご馳走様ですよ~」
なんて可愛いメイドなのか。私、幸せ者過ぎない?
「というわけなので~これからも姉として、クラリッサはしっかりと教育いたしますね~」
「お願いね。あ、でも……」
「なんですか~?」
「そのメイド教育、私のところに来る時だけやったんじゃ非効率よね? だってメイド教育なんて短時間でできるものでもないでしょ?」
「そうですね。みっちりやっても一人前になるまで数年かかります。クラリッサ様ほどの努力家で才能のある方でしたらかなり短くは出来るでしょうけど」
そんなにかかるんだ……
ちなみに同じクラリッサの姉であるエメリアは、シンシアと違って妹にも未だに様付けである。いや、速攻順応しているシンシアが柔軟過ぎるんだけど。
「ずいぶんかかるのね」
「それはそうです!! メイドは一生修行なのです!! メイドは一日にしてならず!! 常に最高のメイドたらんと努力するものなのです!!」
エメリアはぐっとこぶしを握り締めて熱弁をする。このへん本当に真面目な子である。
「じゃあさ、私のとこに来ない日も、メイドになってもらってもいいかな?」
「え……? ど、どういうことですの?」
「そうだなぁ……週に3日、メイドの日ってことにしたらどうかな? その日はメイドとして、姉からメイド教育を受ける日にするんだよ」
「え、え、えええ!?」
「――素晴らしいお考えですよ~!! ぜひそうしましょう!! うん、そうですよ!! たまにメイドになるだけでは、一人前のメイドには程遠いです。週3日でも足りないくらいですが、それでも何とかしてみせましょう~!!」
えらい早口でまくし立てたシンシアは、珍しいくらい興奮していた。姉として過ごせる時間が増えるのがたまらなく嬉しいらしい。
でもそれはそうか、お嬢様を姉として教育できると言うのはシンシアの気質的に幸せこの上ないんだろう。
「じゃあシンシア、お願いね? 週に3日のメイドの日は、この子はシンシアの妹だから」
「ふえぇぇぇぇ!?」
「はい! もちろんお任せですよ~!! あ、エメリアも同じ姉として、たまには手伝ってくださいね~」
「しょ、しょうがありませんねぇ。同じ姉ですもんね」
そうは言いながらも、エメリアまんざらでもなさそうなんだけど。なんか顔がにやけてるし。
「お、お姉さま方……?」
「大丈夫ですよ。お姉さま達に任せなさい。必ずクラリッサを立派なメイドにしてあげますからねっ」
「もちろん、姉に逆らってはいけませんよ~? いいですね~? いやぁこれから楽しみですよ~。アンリエッタ様、本当にありがとうございます~」
「いやいや、いいってことよ」
そうしてクラリッサは2人の妹として、みっちりとメイド教育をうけることになったのだった。




