第96話 専属メイドの誓い
「いやぁ~でもまさかクラリッサ様を私の『妹』にできるとは思いませんでしたよ~。ほんと、アンリエッタの彼女になって良かったです」
シンシアの喜びようは半端じゃなく、今もクラリッサを抱きしめたまま頬ずりやキスなど、ありとあらゆる愛情表現を行っている。
クラリッサもまんざらでもなさそうで、されるがままにメイドからの愛を受け入れている。実にキマシタワーである。
「喜んでくれて何よりよ。でもさ、妹に対して様付けは変じゃない?」
「それもそうですね~。じゃあクラリッサで。ほらクラリッサ、『お姉さま』って呼んでごらん。さ、早くっ」
順応早っ!? でもクラリッサもやはりまんざらでもなさそうだ。こちらも順応早過ぎない?
まぁでも考えてみたらこの2人の夜の力関係は実際こんなもんだし、役に入り込むのも好きなことも相まって、メイドとかあまり関係ないのかもしれない。
「は、はいっ……お、お姉さまっ……」
「………………」
そのおずおずと発せられた『お姉さま』を受けてシンシアが固まる。一体どうした。
「――アンリエッタ様」
「な、何かしら」
「奥の部屋をお借りしてもよろしいですか? 今からこの子に姉として『夜の教育指導』をしてあげたいので――」
「いやいやいや」
待ちなされ。早いわ。奥の部屋は寝室だ。寝室を使って妹にどんな教育指導をしてあげるつもりなのだ。実にけしからんぞ。
「そうですよ、シンシアっ」
おっそうだぞエメリア、やはり職務には極めて真面目だ。そんなうらやまけしからん指導があるわけが――
「『夜の教育指導』という指導項目は確かにあります……!!」
「あるの!?」
この世界のメイドどうなってるの? 『姉妹メイド、夜の教育指導』どう聞いても薄い本のタイトルじゃないか。
「ですが!! 流石にその指導は……こ、こ、恋人同士になった姉妹だけに許されている行為なんですよっ!!」
「それって……」
……エメリア、それ指導じゃなくて、隠語でしょ。単純に恋人同士の愛の語らいを『夜の教育指導』って言ってるだけじゃない? それはいわゆるプレイってやつよ?
「私達恋人同士ですけど~」
「じゃあ何の問題もありませんね」
「おいぃぃ!!」
速攻で論破されてるじゃないか!! 弱すぎる!!
「しかし、『夜の教育指導』、ねぇ……実にけしからん」
「姉妹メイドも恋人関係になりやすいですからね~。他には『夜の勉強会』と言って妹を連れた姉達で集まって――」
「すとおおおおおっぷぅ!!」
それ以上はしゃべらせちゃいけない気がする。私の本能がそう告げた。
「も、もうっ……!! シンシアのエッチ!!」
「エメリアはそういうけど、エメリアだって専属メイドでしょ~? ってことは当然、『専属メイドの夜用教育』は受けているんでしょ?」
「う……!! そ、それはそうですけど……!!」
え、何その単語、凄い気になる。
「あ、アンリエッタ様はご存じないんですか? 専属メイドには特別な指導項目がありまして……」
「わー!! わー!! わー!!」
聞かせまいと大声を上げるエメリアを制止して、シンシアに続きを促す。エメリアが止めるってことは、面白い話に違いないのだ。
「ほら、専属メイドって基本的にお嬢様の恋人になることを想定されてるじゃないですか」
「そうだったわね」
「なので、お嬢様に恥を欠かせないため、夜のお相手を務めるための作法を徹底的に教えられるんです。もちろん実践ではなくて座学でですけど~」
「な、なるほどぉ~」
なんでエメリアが脳みそピンク色なのか、その謎がようやっと解けた。知識だけとは言え、そういったことを徹底的に教え込まれていたからこそだったのだ。
あれ? でもそういうことは……
「それ、攻守両方教えるの?」
「それはもちろんですよ~。だってお嬢様の好みで攻守は変わりますし~」
「へ、へぇ~~~そうなんだぁ~~ふぅ~~ん」
エメリアの方を向くと、もう羞恥で今まで見たこともないくらい顔を真っ赤にしていた。
シンシアの話し方を見るに秘密にすることでもないようだけど、それでも隠していた事を知られたのがよっぽど恥ずかしいらしい。
これは今後楽しむネタが増えたと言うものだ。
「なるほどなるほど……まぁそれはそうと、とりあえず『夜の教育指導』は我慢しなさい。今夜はまずクラリッサに普通のご奉仕を教えてもらう予定なんだから」
「はぁ~い。わかりました~」
渋々と言った感じで、シンシアは今までずっと抱きかかえていたクラリッサを解放する。話している間も決して離そうとしなかったあたり、この子のお嬢様好きも相当である。
ってこらこらクラリッサも、離されてちょっと「惜しいわ」みたいな顔してるんじゃない。まったく、ハレンチな子なんだから。
「そういえば……エメリアは私の『専属メイド』だけど、こういう場合どういう扱いになるのかしら」
「こういう場合と言いますと?」
「いや、ほら、クラリッサが私のメイドになるわけじゃない? それってどうなるのかなって。専属になれるメイドって1人だけでしょ?」
「ああ……それは『専属メイド』たる私が許可を出せば、3人まで『専属メイド補佐』という形でお嬢様専属にすることは出来ます。ただ――」
ただ?
「『専属メイド』は基本的にその立場を競争の末に勝ち取るものなので、ほとんど許可は出しません。だって普通ならお嬢様を独り占めできる立場なので――」
「そんな……エメリアお姉さまっ……」
クラリッサが潤んだ瞳で『お姉さま』を見つめる。袖まで掴んで、もう完璧なる『妹』のそれだった。これに抗える姉がいるのか、いやいない。
「――ですが!! 可愛い妹であるクラリッサの頼みなら仕方ありませんね!! 許可を出しましょう!!」
当然こうなる。クラリッサ……恐ろしい子。
「あ、じゃあ一緒に私も~」
シンシアも抜け目ないな~。この状態でノーを言える子はなかなかいない。 だって同じ姉の立場として、妹を補佐にする許可を出したのだ。これは上手いやり方だ。
「むぐぐ……し、仕方ありませんね……シンシアにも許可を出します……今日からシンシアは私の補佐ですよっ。部下です部下!! いいですね!!」
「はぁ~い。よろしくお願いしますね~、せ・ん・ぱいっ!」
「せ、先輩……!! こ、これはこれでいいものです……。何かわからないことがあったら、何でも先輩に聞くんですよ?」
「わかりました~」
――やはりこの3人のメイドの中で一番恐ろしい子なのは、シンシアだと実感するやり取りだった。この子に勝てる子はいないんじゃなかろうか。
「それでは『専属メイドの誓い』をさせて頂きますね~。補佐ですけど」
「あ、あれをわたしがやるんですの……!?」
「当然ですよ~だってクラリッサは私の妹として、お嬢様の専属メイドになるんですよ~?」
なんかクラリッサが物凄く恥ずかしそうにしている。一体何なのだ。
「『専属メイドの誓い』……? なんだっけそれ」
「ああ……まだお嬢様そこの範囲の記憶は取り戻していないんでしたっけ」
記憶喪失である私の記憶は、若返り薬で徐々に戻していっているけど、未だに虫食い状態で抜けている箇所が多々あるのだ。なのでその誓いとやらをして貰った記憶もない。
「じゃあお嬢様、そちらの椅子に腰かけて、足をちょっと突き出してください」
「こう?」
言われた通りに座って、素足を突き出すと――
「それでは、失礼しますね」
そういうと、シンシアは私の足元にいきなり跪いて、私の足を手に取った。
「えっ?」
「これから、お嬢様の専属メイド補佐としてお仕えさせて頂きますシンシアです……誠心誠意ご奉仕させていただきますので、どうか可愛がって下さいっ……」
そう言いあげると、私の足の甲に――何と3度も口づけをした!!
こ、これが『専属メイドの誓い』……!! 私、これをエメリアにしてもらった記憶が無いの!? なんてもったいない!! 次に取り戻す記憶の範囲は絶対ここにしよう。
ていうか専属メイドが恋人関係になることが多いってそりゃそうだわ。こんな誓いまでしてるんだもの。
「ほら、クラリッサも、お誓いするんですよ~」
「う、うう……わかりましたわっ……」
実に堂々とした誓いだったシンシアとは対照的に、もじもじ恥じらいながらゆっくりと私の足元に跪くクラリッサ――なにこれ可愛すぎる。
「こ、これから、お嬢様の専属メイド補佐として……お、お仕えさせて頂きますクラリッサです……誠心誠意……ご、ご奉仕させていただきますので、どうか可愛がって下さいっまし……」
そしておずおずと、クラリッサが私の足の甲に3度口づけをした――
お嬢様の中のお嬢様であるクラリッサが、跪いて私の足に口づけをしたと言うその事実に、私は物凄く高揚していた。な、なんだろう、この背徳感というかなんというか、もう言葉にできないくらい感動している自分がいたのだ。
「ほら、おいで、クラリッサ……私の可愛いメイドさんっ」
「は、はいっ……お嬢様っ……!」
両手を広げた私にぎゅっとと抱き着いてくるクラリッサが、一層愛おしく感じられ、頭を撫でてやると実に心地よさそうに「ふにゃぁ~」と気の抜けた声をあげる。
これがあのクラリッサか……!! 服でこうも変わるのか!!
「む、むぅぅ~っ」
「ほらほら、エメリアもむくれてないでおいで。もちろんシンシアもね」
「はぁ~いっ」
そして私は3人の首輪メイドに抱きつかれながら、その幸せを噛みしめるのだった――




