第95話 メイド妹宣言
「さて、それじゃあクラリッサ、わかってるわよね?」
「わ、わかってますわっ……こ、今夜のわたくし……じゃなくて、わたしはアンリエッタのメイドですのっ……何でもお命じになるといいですわっ……」
役に入り込んでいたクラリッサが冷静さを取り戻し、やや恥ずかしそうにうつむきながら答えた。
その首には私が付けてあげたばかりの首輪が光っており、お嬢様の中のお嬢様を首輪メイドにしたという、なんかこう、ある種倒錯的な興奮を感じている私だった。
こんな素晴らしい姿を見れるのが今日だけなんて勿体ない。ここは1つ、策を使うことにしよう。
「いやぁ~でも、流石クラリッサだよね。何着ても似合うとは思っていたけど、まさかここまでメイド服が似合うとはね」
「そ、そうですの……? 似合ってます……?」
「もちろん!! クラリッサの華やかな美しさを、そのシックでシンプルなメイド服が一層引き立てているよ。こんな可愛い子が私の彼女なんて、私は三国一の幸せ者だね!」
「も、もうっ……! おだて過ぎですわっ……! そんなおだててもなにも出ませんのよっ!」
「おだてなんかじゃないよ! もういつまででも見ていたいと思うくらいメイドクラリッサは完璧だよ!」
もちろんおだてなんかじゃない。これは極めて本心である。ただそれをあえて口に出しているだけだ。
そして周りの2人にちらと視線を送ると、察しのいい2人は直ぐに私の意図を理解してくれる。
「そうですよ。お嬢様! お嬢様のメイド姿を見られるなんて、一生の宝物です!! できれば何度でも見たいです!!」
「ですね、同じメイドとして、嫉妬するくらい決まっているメイド姿です……!」
シンシアは完璧に私の意図を察している。パーフェクトだシンシア。
エメリアのはだいぶ本音が混じっているような気もするけど、ナイスアシストである
「そ、そんなにですの……?」
「もちろん!! だから、今夜だけじゃなくてまたクラリッサのメイド姿が見たいな……ダメ?」
「え、えええ……? そ、そこまで言うんでしたら……ま、また着てあげてもよろしいですけど……」
「いいの!? やったぁ!! その時はもちろん、私のメイドってことでいいんだよね!?」
ここ、ここが重要なポイントなのだ。メイド服を着るだけでは意味が無いのだ!
「そうですね~。メイド服を着ておきながらメイドではない、では通りませんからね~」
「ですね! メイド服を着てる限りは、メイドであるべきなのです!!」
うむ。再度のアシスト、大儀である。
「わ、わかりましたわ……っ。アンリエッタが望むなら、何度でもメイドになってあげますわっ……」
よし!! 言質取ったり!! これでいつでもメイドクラリッサを楽しめる!!
「うんうん、じゃあメイド服を着てるときは、クラリッサは私のメイドだからね。私のことは『お嬢様』って呼ぶんだよ? いっぱいご奉仕してもらうからねっ」
「お、お嬢様にご、ご奉仕……」
クラリッサがゴクリと生唾を飲み込んだのが分かった。この顔は明らかにハレンチなことを考えている顔だ。
「あれ? もしかしてハレンチなことを考えちゃった?」
「…………!!」
「えっちなメイドだなぁクラリッサは……。もちろんメイドとしてのご奉仕に決まってるでしょ?」
「も、勿論わかってますわっ!! そ、そんなハレンチなことなんて、これっぽっちも考えていませんもの!!」
これはウソをついている顔だぜ。付き合いも長いからすぐにわかる。
「……さて、クラリッサ、クラリッサは今夜私のメイドになることになったわけなんだけど……でもクラリッサは本来のメイドじゃないよね」
「それは当たり前ですわ。何をおっしゃってますの?」
「何を言いたいかというと、お嬢様としてご奉仕されるのには慣れているけど、その逆はさっぱりでしょ? ってこと」
「それは……そうですけど」
もちろん私もそうだ。私はエメリアからいっぱいご奉仕をしてもらったけど、私からしてあげたことはほとんどない。その真似事くらいはできるかもだけど本職には遠く及ばないのが現実だ。
だから、クラリッサには私のメイドとして、本格的なご奉仕を学んでもらおうというわけだ。その方がお互いに楽しめるはずなのだから。
「というわけで、クラリッサにはシンシアとエメリアの『妹』になってもらうから」
「……はい?」
目を丸くしている。当然だろう。突然自分のメイドの妹になれと言われたのだ。混乱するのも無理はない。
「妹って、どういうことですの!?」
「あ、クラリッサ知らないの? メイドの姉妹システムのこと」
「……???」
クラリッサが首をかしげている。どうも知らないようだ。私も今日まで知らなかったけどね。ここは専属メイドであるシンシアから改めて説明してもらおう。
「えっとですね~、新人メイドには1人か2人、先輩のメイドが『教育係』として付いて、その新人と姉妹関係を結ぶんです。当然新人が『妹』、先輩が『姉』ですよ」
「姉妹関係!?」
「そうです。そこで妹は姉から徹底的にご奉仕の何たるか、メイドとしてのなんたるかを手取り足取り教えられます……その際、姉のことは『お姉さま』と呼んで、絶対に逆らってはいけませんよ~」
「えええ!?」
「お姉さまの言う事には必ず『はい、わかりましたお姉さま』と答えます。お姉さまには身も心も委ねるんですよ? どんなことを要求されても必ず応じなけれならないのです」
「き、厳しい世界ですのね……」
え、そんな厳しいの? なんかさっきのエメリアの説明と違うような……そう考えていると音もなく近づいてきたエメリアがそっと耳打ちをしてくる。
「……『お姉さま』と呼ぶのは本当ですけど……あとはでたらめです。そこまで厳しくありませんし、身も心も委ねるなんてありえませんよ」
……ん? ということはつまり……?
「シンシア、クラリッサ様をからかっているんです。こうすれば『お姉さま』として自分のお嬢様を好きにできますから」
「うわぁ……恐ろしい子……」
「ほんと、自分の欲に忠実な子です……まぁでもそこが美点でもあるんですけど」
いや、実にシンシアらしい。お嬢様をからかうために常に全力を尽くす。ある意味尊敬するわ。
「……ま、まぁそういうわけだから、クラリッサにはこの2人の『妹』になってもらうよ。『お姉さま』のいう事には必ず従うこと、それがいいメイドになる一番の道だから。……いいね?」
「そう言う事でしたら……わかりましたわ」
超が付くほど生真面目なクラリッサは、いいメイドになるため、と言われて素直に頷いた。ちょろい! ちょろすぎる!! でもそこが可愛いよ!!
「じゃあ、ほら、2人にご挨拶して。もちろん『妹』としてだよ」
「え、ど、どうすればいいんですの……?」
「それはですねぇ……コショコショ」
ここぞとばかりにクラリッサに耳打ちをするシンシア。いや、ホント何伝えてるの? クラリッサの顔、真っ赤なんだけど。
それからゆっくりと離れたシンシアは、自分の主人が『妹』として発する言葉を今か今かと写し絵――動画撮影用魔道具――を持って待ち構えている。いや、ホント何伝えたし。
「ほ、ホントにこんなことを言いますの……?」
「そういう決まりなんですよ~」
「ええ……決まりなら仕方ありませんけど……」
やっぱり生真面目なクラリッサは、さらに頬を染めながら『姉』である二人の前に出ると、ツイとスカートの裾をつまんでお辞儀をして――
「……シンシアお姉さま、エメリアお姉さま、お姉さま方のいう事には何でも従います。身も心もすべてお捧げいたしますので、どうかこのわたしを立派なメイドになれるよう躾けてくださいましっ……」
――その『メイド妹宣言』を行った。
その宣言を見て、シンシアはもうこれ以上ないってくらい蕩けそうな笑顔を浮かべている。まさに幸せの絶頂って感じで、このまま気絶するんじゃなかろうかと思わずにはいられない。
エメリアも、なんかゾクゾクとしながらごくりと生唾を飲み込んでいた。たしかにこれはМ気質のエメリアでさえもゾクリとくるのも無理ないわ。
それくらい、クラリッサお嬢様の『メイド妹宣言』は強烈だった――




