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第92話 いっぱい可愛がって下さいましっ

「やっぱり、首輪が再注目されると嬉しいものなの?」

「それはそうですわ。この風習は古くからありますけど、今ではそこまで流行ってるわけではありませんもの。この素敵な風習が一部の人だけでやっているだけなんて勿体ないですわ」

「ですよね~。だって首輪は女の子を可愛く見せますし」


 いやいや、そんな「黒は女の子を可愛く見せる」とかそういうのじゃないんだから。

 しかし風習というのは国や地域、世界によって大きく変わるんだなぁと改めて実感する。

 クラリッサの家に代々首輪が伝わっている通り、伝統的な風習ってのはわかるんだけど、そもそもなんでこの風習が生まれたんだろうなぁ。


「この首輪の風習って、始まりは何なんだろうね」

「え? さぁ……そんなこと考えてこともありませんでしたわ」

「そうなの?」

「ええ。だってお母さまもおばあさまも、みんな好きな女の子に首輪を贈ってきましたし、それが普通だと思ってましたもの」

「そうですね~。確かにそこまで流行ってるってわけでもありませんけど、根強い人気はある風習なんですよね」


 う~ん、謎だ。


「でも多分単純な話ですわ。だって首輪を付けた子って可愛いんですもの」


 それには同意する。それにいけないことをしているような背徳感がたまらないし。この世界ではいけないことでも何でもないんだけど。異世界万歳である。


「ですよ。それに私がお嬢様とアンリエッタ様から首輪を贈ってもらったとき、「ああこれでお2人のものになれたんだな」って実感できましたし、始まりは多分そんなものだと思いますよ」


 まぁそんなもんなのかなぁとか考えながら、ぐるりと周囲を見渡す。

 周りは私達と同じく百合カップルばかりで、仲睦まじくイチャついている。百合百合してて実にいいなぁ。


「はい、どうぞ。アンリエッタ様、おかわりですよ」

「あ、ありがと」


 しかしシンシアの淹れてくれたお茶は、エメリアのものと甲乙つけがたいほどに美味しい。前世とはまた違った風味を楽しんでいる私を、シンシアがニコニコとしながら見つめていた。


「そう言えばシンシア、シンシアは私とクラリッサ、両方から首輪を受け取ってたよね? 今日はどっちのを付けているの?」

「うふふ……知りたいですかぁ~?」


 シンシアはイタズラっぽく笑うと、きゅっとマフラーに手をかける。でもかけただけで、一向に外す気配はない。この辺は暗黙のマナーが徹底されているらしい。

 そんなことを考えていると、シンシアはとてとてと近づいてきて――


「――今夜は私がお相手の番ですからね、もちろんアンリエッタ様から贈られた首輪をしていますよ。夜にお部屋でお見せいたしますね……」


 甘くささやくように耳打ちをしてきた。しかも敢えて自分のお嬢様に聞かせるような音量で、だ。小悪魔だのう。


「も、もうっシンシアってばっ……いけない子ですわっ……」

「というわけでして、今夜はお1人で寝てくださいね~。寂しければルカさんに来てもらうといいですよ~」

「わかりましたわっ……もう……ルカを抱っこして寝るからいいですもん……」


 女の子を抱っこしていないと眠れないたちのクラリッサは、私と寝るときは私を、シンシアと寝るときはシンシアを抱っこしていて、1人で寝なくてはいけないときはルカを呼び出して一緒に寝てもらっているらしい。

 なおルカとはまだお友達らしく、別に付き合っているとかそういうのではないらしい。時間の問題のような気もするけど。

 しかしそれにしても、ぷうっと頬を膨らませて拗ねているクラリッサは、何とも言えず実に可愛い。

 ――あ、そうだ。いいことを思いついた。


「クラリッサ、良ければ今晩シンシアと一緒に部屋に来る?」

「え!! いいんですの!? し、シンシアさえよければもちろん行きたいですわ!!」

「私は構いませんよ~」


 それを聞いて、飛び跳ねて喜ぶクラリッサだったが、話は最後まで聞いてから承諾するべきなのだ。


「――ただ、2人共メイドの格好で来てね」

「……えっ」

「だって、首輪メイドの話聞いたら、それはねぇ」

「は~い、わかりました~」


 シンシアは普段からメイドの格好だし、全く抵抗はないようで元気に手をあげて返事をした。

 しかしクラリッサは生粋の貴族だ。メイドになることは抵抗とはいえないまでも、すこし微妙なモノがあるらしい。でもこの子にはまだメイドの格好をさせたことがなかったし、これもいい機会だろう。


「め、メイド……ですのっ……? このわたくしがっ……?」

「そ、クラリッサは今晩私のメイドだから。自分から来たいって言ったんだから、それくらいは譲歩してくれるよね?」

「え、で、でもぉ……」


 それでもためらいがちにモジモジとしていたクラリッサだったけど、脇から援護射撃が飛んできた。シンシアである。この子はお嬢様をからかうためなら常に全力なのだ。


「良かったですね~、お嬢様。だってお嬢様、あのお芝居を見た後メイドの方に共感してましたものね~? そのメイドになれるんですよ? しかもアンリエッタ様のメイドです! これはお芝居の疑似体験ってことになるのでは?」

「そ、そう言われると……確かにそうですわね……」


 ちょろい! ちょろすぎるぞクラリッサ!! でもそこが可愛い!!


「…………わ、わかりましたわっ……メイドの格好で夜伺いますわよっ……も、もうっ……ハレンチなんですからっ……」

「あんな話を聞かせる2人が悪いんだよ~。あ、勿論首輪も忘れずにね」

「いっぱい可愛がってくださいね~お・じょ・う・さ・まっ。ほらほら、お嬢様もお嬢様におねだりしないと。あのお芝居でもおねだりしてましたよね?」


 お嬢様お嬢様ややこしいわ。しかしそれにしてもシンシア、ノリノリである。やはりクラリッサが恥ずかしそうにしているのがたまらないんだろう。つくづくいい性格しているメイドである。

 しかしおねだりとか、その劇ホントに成人向けじゃないのよね……?


「よ、夜にすればいいんじゃなくて……?」

「ダメですよ~。メイドたるもの常在戦場です! 常にお嬢様のためのメイドたらんと心がけねばいかんのです!」

「そういうものなんですの……?」

「そういうものなんです! あとわたくし、じゃなくて私、ですよ。メイドはわたくし、何て言いませんからね」

「わ、わかりましたわっ」


 シンシアの訳の分からない勢いで、再度クラリッサは言いくるめられてしまった。う~ん、学年でも一二を争う秀才なのに、なんてちょろ可愛いんだ。


「私のことも……い、いっぱい可愛がって下さいましっ……お嬢様っ……」


 シンシアにならってスカートの裾をちょっと持ち上げてお辞儀しつつ、恥じらいながらおねだりするクラリッサ……

 いい……とてもいい……普段とのギャップがたまらぬ……

 今から夜が待ち遠しいなぁ。


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