第91話 モニカ、恐ろしい子……
「まったくもう……あの先生にも困ったものですわっ」
私の隣でお茶を飲んでいるクラリッサは、シンシアの淹れてくれたお茶を飲みながらまだプンスカと文句を言っていた。
あの先生とはもちろん魔法工学のヴィレッタ先生のことで、授業のたび私に粉をかけてくるのが気に入らないらしい。
とは言っても本気で怒っているというわけではないようで、クラリッサもからかわれていることは分かっている。だがそれはそれとして面白くはないらしいのだ。
「まぁまぁ、先生も本気で私を狙っているわけじゃないんだしさ」
「そうかしら……あの先生の実家であるグリーンバーグ家の悲願達成を考えたら、アンリエッタほどの魔術師は喉から手が出るほど欲しいはずですわ。冗談めかして言ってはいますけど、その実かなり本気だと思いますわよ……それに……」
「それに?」
クラリッサは少し間をおいて、私の手に自分の手をそっと重ねてきた。
その瞳は私をまっすぐに見据えている。
「……あ、アンリちゃん、可愛いんですもの……彼女にしたいと思っても当然ですわっ……」
――クラリッサ可愛すぎか!!
不意打ちは卑怯でしょ……! デレたクラリッサの破壊力ってホントとんでもない。
お茶のおかわりを準備していたシンシアも、主人兼恋人の余りの可愛さで床にうずくまって悶えている。まぁでも気持ちはわかる。ここが寮の談話室でもなければ今すぐにでも抱きしめてキスをしてあげたい気分だ。
ただ流石に公共の場だしね、自重自重……
「でも、そういえばさ」
「なんですの?」
小首をかしげるクラリッサのその首には、鮮やかな朱色をした薄手のマフラーが巻かれていて、その下には私がプレゼントした首輪が隠されている。
ようやっと主人の可愛い攻撃から立ち直ったシンシアの首にも、お揃いのマフラーが巻かれていて、その下にあるのも当然首輪だ。
ちなみにシンシアは私とクラリッサ、両方の彼女なので贈られた首輪を2つ持っているはずだけど、今はどっちをしてるかわからない。
「いやぁ、最近マフラーした子をよく見かけるなぁって」
この2年用の談話室をざっと見渡しても、3人に1人は首にマフラーを巻いている。
恋人に首輪を贈るという風習のあるこの世界では、その首輪を付けるときはその上からマフラーを巻いて、他人に見せないようにすると言う暗黙のマナーがあるためだ。
ただこの首輪の風習は古くからあるらしいけど、それでも近年ではそこまで流行っている風習ではなかったはずなのだ。
それがどういうわけかこの広がりよう……いったいこれはどうしたというのだ。
「ああ、それはあれですね~。お芝居の影響です」
「お芝居?」
「知りませんの? 先々月あたりから大ヒットしているお芝居があるんですの。まぁ話の筋は基本に忠実な、お嬢様と幼馴染メイドのラブストーリーだったんですけど……」
「そこに首輪というテーマをぶち込んできたんですよ! これがまたドンピシャでハマってまして、かつてない大当たりになったというわけなんです」
はぁ、なるほど、お芝居かぁ。前世でも映画とか漫画とかから流行が生まれたことは多々あったしなぁ。それでこの大流行というわけか。
首輪は基本的に彼女の片方がするものだから、そう考えると3人に1人が首輪をしていると言うのは物凄い流行っていると考えていいだろう。
「この前お嬢様とのデートの時に見てきたんですよ~。いやぁ~もう素晴らしかったです。ね? お嬢様?」
「そうですわね……紆余曲折の末に結ばれて、「これであなたはわたくしのものよ……」って言いながらメイドに首輪を付けるシーン……思い出しただけでも涙が出そうですわ」
メイドに、首輪をつけて、わたくしのものよ。
うん、字面だけで言うと大変アレなことではあるけど、当人たちが感動してるみたいだしツッコミを入れるのも野暮ってものだろう。やっぱりアレだけど。ちなみに成人向けじゃないのよね? 念のため。
「今度わたくしとも見に行きます? そ、その……で、デートで……」
「いいねぇ。私も興味があるし見に行こうか」
彼女6人全員に首輪を贈っている身としては、見ておかねばなるまい。
次の子に首輪を付けるときの参考になるかもしれないしね。
「それと、えっと……その公演中は、主催者の意向で首輪を隠さなくてもいいって言われてますの。だから……」
「え、そうなんだ……はいはい、わかったわかった、一緒に首輪付けて見に行こうね」
私からの快諾を受けて、クラリッサの顔がぱっと明るくなった。
私自身もクラリッサから首輪を贈られているので、これでペア首輪デートということになる。しかしペア首輪デートか……実に凄いワードである。
「後は……あれですわね。モニカの影響ってのも大きいと思いますわ」
「あ~それはありますね」
え、モニカが? それどういうこと?
「その劇団の最大手スポンサーって、モニカさんがやってる会社なんですよ。ほら、あそこってメイド関連の一大グループじゃないですか」
「うん、それで?」
「それで、そのお芝居の大ヒットに合わせてメイド服と首輪を合わせたファッションを一気に展開してきたんですよ。事前に老舗の首輪メーカーのほとんどを傘下に収めてたみたいです」
うわぁ~はなからこういう展開をする予定で興行を打たせたってことか……モニカ、恐ろしい子……
職人としての腕ももちろんだけど、その社長としてのやり手っぷりに磨きがかかっているようだ。
しかしこんなこと、この世界の人が自分だけで考え付くものかな……
「この大ヒットにあやかって首輪を作ろうにも、そこの生産ラインはモニカにガッチリ抑えられていますからね、もう独占状態でウハウハらしいですわ」
「あとメイド喫茶の方でも、期間限定で首輪付きメイドさんが店に出てるとかで、それはもう押すな押すなの大行列ですよ」
なんと抜け目のないことか。商機を先回りして独占して、なおかつその効果を最大限に利用しようとしている。
つくづく恐ろしい子だ。
「でもそのおかげで首輪の風習にも再注目がされてますし、わたくしとしては嬉しい限りですわ。モニカもアンリエッタから貰った首輪、物凄く大事にしてるみたいですし」
そっかぁ、モニカ、首輪付けてあげたとき大喜びしてたもんなぁ。そういったことも首輪を流行らせようという動機になったんだろうか。
私はモニカの社長としての成長を実感しつつ、お茶を一口飲んだのだった。




