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第90話 魔法使いの杖

「さて、それでは久しぶりとなる魔法工学の授業を始めましょう」


 ホントに久しぶりの魔法工学だ。1年の間は他と同様工学の歴史くらいしかやってなかったし、マジでお勉強ばっかりだったのよね。

 ようやっと魔法を使った授業をやるということで少しワクワクしているけど、実際何をするか全くわからない状態なのである。


「今日の授業は、魔力発動体の作成を行います。魔力発動体とは文字通り魔力発動の起点となるものです……これによってより高次元の魔法が使えるようになりますよ」


 これもまた1年の間に基礎能力を高めてからでないと作成は困難とかで、2年からやるものらしい。


「魔力発動体とは基本杖のことを言います。このようなものですね」


 と言いながら先生が掲げて見せたのは、そのものずばりの杖だった。長さは軽く1メートル以上あり、長い棒状のそれは先端が大きく湾曲して三日月のような形をしている。

 これこそ、まさに魔法使いの杖というべき代物だった。あれ? でも私他の先生達が杖使ってるの見たことないような……


「基本、とは言いましたが、その形は杖じゃないとこも多々ありますよ。それは指輪だったり腕輪だったり、巻物だったりします。形状によって利点や欠点があるので本人の好みによって形状を決めたりしますね」

「杖型にはどんな利点があるんですか?」

「杖型最大の利点は魔力発動がスムーズなことです。大抵はこれで何とかなるので、だから基本は杖の形なんですよ。欠点は隠したりできないことですね、基本大きいので、これ」


 ということは、他の先生達は杖じゃなくて他の形で身につけているという事だろうか。魔法の指輪や腕輪は、魔法の巻物ってのも捨てがたいけど、でもやっぱり魔法使い! って感じがするから私は杖がいいなぁ。


「とは言えどんな魔術師も必ず杖を1本は持ってるものです。使うかどうかはともかくとしてですけど。というわけで、皆さんが今から作るのも杖になります」


 選べないんかーい。クラリッサとか微妙にがっかりした顔してるし。あの子石系大好きだからきっと指輪にしたかったんだろうなぁ。


「あの、基本それらの形ってことですけど、逆に珍しいのだとどんなのがあるんですか?」

「いい質問ですね、私が知ってる範囲ですと……笛とか羽ペンとかってのもありましたね。とは言え魔力発動体は作ってから一人前に育てるまで、かなりの時間と魔力がかかりますのでやはり杖状にしておくのが無難です」


 育てる? 杖を? どういう事なんだろうとか考えていると、先生は机の上に何かを広げだした。


「ふふふ……では始めましょうか」


 先生がもったいぶりながら出してきたそれらは、半分枯れかけたつる状の植物のようなもので取り立ててどうというようなものでもなかった。


「先生、それは何ですか?」

「これが杖の基本材料となる魔法植物……緋色百合のツタです」


 ツタ? 魔法植物の? なんかちょっと拍子抜けというか、でも先生は私達のそんな表情を見て取ったのか、くすりといたずらっぽく笑う。


「ただのツタだと侮ることなかれ! この緋色百合は魔法植物の中でも上の中に位置して、栽培が禁止されてるレベルの危険植物なんですよ? これを取るために世の魔術師がどれだけ苦労していることか……」


 え、そんな危険なの? とは言っても、魔法植物の危険ってアレでしょ? 身の危険じゃなくて、誘惑されて帰ってこれなくなる危険の方でしょ?

 いや確かに前の授業でやった上の下の精霊でもあんなに可愛かったしなぁ……それは危険だ。うん。


「緋色百合の精霊は、それはもう極上の美少女ですからね。私も素材を取るため一度目にしたことがありますが、腰を抜かしそうになるくらいのレベルでしたよ。その場を離れるのが本当に惜しく感じられたほどです」


 ごくり……腰を抜かしそうになるほどの美少女……興味がある……。しかし隣のエメリアの無言の圧力が怖いのでひとまず保留にしておこう。

 私も学習するのだ。反省はしないが。

 そして先生は私達の前にそのツタを5~6本ずつ並べていく。


「気を付けて扱ってくださいね? それ、目の前にある分で金貨20枚くらいの価値があるので」


 その価値を聞いて全員がぶっと吹きだす。それはそうだろう。金貨20枚あれば上級の馬車がこれまた上級の馬付きで買える。

 高位貴族であるクラリッサでさえ驚いた顔をしているので、他の子の驚きはそんなものじゃないだろう。


「そ、そんなに高いんですか……!? この目の前の何の魔力も感じないツタが!?」


 そう。他の子が指摘した通り何の魔力も感じないのだ。それこそその辺の道端で生えている木から取ってきたツタと言っても通るくらいに何の変哲もないツタだ。

 これにそんな価値があると言われてもまったくピンとこない。


「そのツタを取ることで生計を立てている魔術師もいるくらいの高級素材なんですよ。それくらい危険なので。ちなみに魔力を感じないのは当然で、そういう特性だからです」


 魔力を感じないのが特性? そんなものが素材になるとは思えないんだけど、とりあえず先生の話を待つことにしよう。


「そのツタは、無尽蔵に魔力を吸って成長する、という特性があるんです。防壁無しに触ると吸われて干からびるので注意してくださいね?」


 先に言え!! 触るところだったわ!! とは言っても一年間の基礎で常時薄い防壁を展開できるようにはなっているから大丈夫ではあったんだろうけど。

 しかしこれは確かに1年じゃ扱えないわ。


「では、皆さん手に防壁を集めてくださいね。それでこのツタをとって、編んでいきます。こう、三つ編みとかをする感じですね」


 言われた通りにしてみるけど、でもこれ長さが20センチもない。こんな長さじゃとても杖とは言えず、編んでしまえば握るところくらいしかできないような気がするんだけど。


「どうですか? 何か質問は」

「あの、これ、短すぎませんか? これじゃあ杖にならないですよ」

「それでいいんです。魔力を吸うと言ったでしょう? その長さから魔力を与え続けて、じっくりじっくりと自分の杖として育てていくんです。完成には早くても5年はかかりますね」


 そんなに……? えらい気の長い話だ。でも一生モノと考えればそんなものなんだろうか。それに長い間育てていけば愛着もわいてくるだろう。


「……うん、皆さんできましたね。では防壁を一部解除して、魔力を吸わせてあげてください。ゆっくりですよ?」


 先生に言われた通り解除すると、手に持ったツタが魔力をぐんぐん吸い始めたのが分かった。うおお……吸われるぅ……


「1日に成長するのは限度がありますので、ゆっくりじっくり育てていってあげてくださいね……まぁアンリエッタさんなら2年くらいで完成しそうですけどね」

「そうなんですか?」

「ええ、一度にあげられる魔力量が段違いですからね。しかし改めてホントに凄い才能ですね……。卒業したら我が家にぜひ来てくださいね。公私ともにいいパートナーになってくれそうですし」


 これは魔法工学授業恒例のお誘いだ。先生、超名家の出身だから事あるごとに私をスカウトしようとしてくるのよね。魔術師と恋人、両方の意味でだけど。


「ダメですわっ!! アンリちゃんは我が家が貰いますもの!!」


 これもまた恒例のやり取りだ。クラリッサの家も先生には負けるが名家だから、2人で私をいつも取り合っている。先生はそれをわかってからかっているふしがあるけど。


「そ、それに……アンリちゃんは私の彼女ですの!! だから尚更先生には渡せませんわ!!」

「え~でも、私も彼女になれば条件は対等だよね? ね、アンリエッタさん? どうかな?」

「むきぃぃぃぃ!!」


 この辺はいつもの通りだなぁと思いながら、私は手の中の杖を撫でたのだった。


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