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第88話 人間の魅了も十分恐ろしい

 これはしかし……まぁ可愛いこと。木の下に佇む人ならざる女の子に思わず見とれていると、隣のエメリアからひじをつねられた。

 容赦ない力でつねってきていてとても痛い。ハーレムは勿論容認派のエメリアだけど、それはそれとしてしっかり焼きもちは焼く子なのだ。そこがまた可愛いんだけど。


「お嬢様? いけませんからね?」

「そうですわよ。 アレは人間に見えますけど全く違いますから。あくまであの木の端末ですからね」


 クラリッサも私の腕をがっつりと掴んでいる。しかし相変わらずのまな板である。ほんの少し、ほんの少~しだけ膨らんでるような気がしないこともないような気もするけど、多分気のせいレベルだ。

 クラリッサは焼きもちとか全く焼かないタイプなので、純粋に私を心配してのことなんだろう。可愛い奴だ。


「いやいや、少しは信用してよ。私だって可愛い子なら見境なしってわけじゃないんだから」

「い~や、信用できないっ! だってアンリ女の子だいっ好きじゃん。こんな可愛い子に相手に自制できるとは思えないよっ!」


 ルカなんて私を後ろから羽交い絞めにしてきている。そんなに信用できないんかい。それはそうと、押し当てられたものからだいぶ育ってきたのを実感するなぁ。

 ちなみにルカはそこそこ焼きもち焼くけど、自分を可愛がってくれるならそれでいいってタイプだ。可愛い。


「あらあら……ざぁんねん……あなたみたいに可愛くて魔力に満ち溢れた子、是非とも一緒に遊びたかったのにぃ……」


 木の下にしゃがみ込んでいた女の子はゆっくりと立ち上がると、私に向かって――パチリとウインクをした。


「どう? 私と一緒に来ない……?」

「……っ」


 その瞬間、目の前がぐにゃりと歪んだような感覚に襲われた。なんだこれ、くらくらする……


「……え、そう? せっかくのお誘いを断るのもあれよね……」

「だぁぁぁ!! もうぅ言ってる側から!! アンリのバカぁ!!」


 ふらふらと目の前の子のところに行こうとする私を、ルカ達が全力で止めてくる。


「先生!! 何とかしてくださいまし!」

「がっつり魅了にかかってますねぇ……。魔力が高いのと魅了耐性はまた別物っていうのがよくわかるいい例ですね。ただでさえアンリエッタさんは女の子大好きみたいですし、そりゃ耐性も劇的に下がりますよね」


 え、私の女好きって教師陣にまで伝わってるの? ちょっとショック……でもないけど。事実だし。


「わかりましたか? 皆さん。このように魔法植物は可愛らしい姿で誘惑してきます。アンリエッタさんくらい魔力が強くても耐性次第ではこの通りなので、気を付けましょうね」

「それはいいですから!! 早く何とかしてくださいぃ~~」


 なんて言うか、行っちゃいけないのはわかってるんだけど足が止まらないって言うか、是非ともこの子と仲良くなりたいって気持ちが湧いてきてたまらないのよね。

 自分でも魅了にかかっているのはわかるんだけど、どうにもならない。


「まったく……彼女の前で他の子に目移りしてるとは、ダメなハーレム主ですねぇ。……じゃあ……誰か魔力を込めてキスしてあげなさい。それで誘惑を中和できます」


 キスと言う単語を聞いた彼女達が一斉に色めき立ったのが、ぼんやりと霞がかかった頭でもわかった。私を掴む腕にも一層の力がこもる。


「え!! じゃ、じゃあ私が!!」

「ダメですよっ! ルカさんが手を離したらお嬢様一気に行っちゃいますよ!? ルカさん一番力持ちなんですし! なのでここは私が!!」

「エメリアでいいんなら、わたくしでもいいはずですわ!! ……それに昨晩はエメリアの番だったんだから、いっぱいキスしたんでしょう!?」

「そういうクラリッサ様だって! 今晩はクラリッサ様の番じゃないですかぁ! 夜まで待ってくださいよっ!」

「それを言うなら私明後日だよ!? 私に譲ってよぉ!!」

「公衆の面前でローテーションのことでケンカしない!! アホですかあなた達は!! いいから、エメリア、キスしてあげなさい」


 指名されたエメリアは大喜びで私の前に躍り出ると、私のあごを両手で抱えて――


「もうっ……いけないお嬢様ですねっ……私が目を覚まさせてあげますっ……」


 背伸びをして熱烈なキスをしてきた。


「んっ!? ふぐっ……んんん~~っ」


 普段受け身のエメリアとしては考えられないほどに、凄い積極的なキスだった。私が簡単に魅了されたことへのお仕置きの意味合いもあったのかもしれない。

 実際は1分ほどだったのだろうけど、それが10分以上にも感じられるほどの濃厚な口づけをした後、火照った顔のままのエメリアはゆっくりと私を解放した。


「……ぷはぁ……ど、どうですか? 正気になりましたか?」


 うん、私は正気に戻った。けどこんなキスをされたせいで別の意味で正気じゃいられなくなりそうだけど。

 だって私のすぐ目の前に、まだ荒い息を吐きながら私の口から糸を引いた唾液をぺろりと舐めとっているエメリアがいるのだ。正気でいられるほうがどうかしている。

 だが今は授業中、耐えるんだ私!


「見ましたね? これが2人以上で来る理由です。魔法植物の魅了は単体にしかかからず、しかも同じ相手にはしばらく使えません。強力ゆえにきつい制限がかかっているんですね」


 周りが私達の熱烈な口づけで未だざわついているなか、先生は平然と授業を続けている。流石年の功だ。怒ると怖いから口には出さないけど。

 しかし、確かに強烈な魅了だった。私の魔力障壁をあっさり貫通して来たし……


「お嬢様の場合、可愛い女の子からの魅了ならレベルが低くてもあっさり貫通されそうですけど……」

「心を読むんじゃない。心を」

「いえ、最近お嬢様の考えていることが少しわかるような気がするんですよね……これってやっぱり、愛、ですかね?」


 可愛いこと言いながら、エメリアがピタリとくっついてくる。いやぁ! だめぇ! 我慢しているのにくっ付かないでぇ! 理性が溶けちゃうでしょぉ!?

 ていうか最近エメリアわざとやってない!? なんかこの子だんだん魔性っぽい感じになってきたような気がするんですけど!!

 シンシアばりにムギュっと押し付けて来てるし! 絶対誘ってるでしょ!?


「――いや、愛と言いますか、何度も肌を重ねたことによる精神感応だと思いますよ? 高魔力の子同士だとそう言う事がたまにあると報告されていますから……あとで詳しく聞かせてくださいね。サンプルが欲しいので」

「あ、はい」


 先生の冷静なツッコミで、私はようやっと我に返ることができた。危ない危ない……人間の魅了も十分恐ろしいわ。


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