第86話 愛が少し歪んでる
「ふぅ……王様ゲームって素晴らしいですね……」
私を完膚なきまでに打ち負かしたエメリアは、満足げな顔で敗者となった私を抱きかかえている。
「ううっ……負けた……ルール上は負けてないはずなのに気分的に負けた……」
勝ち負けのかかったエメリアのやる気は相当なもので、私は文字通り手も足も出なかった。
普段は私がリードしているのに……でもまぁたまにはこういうのも悪くないかな。
「さぁて、いい気分ですし、今日はこの辺で……」
「いやいや、もう少しだけ続くのよ」
「そうだよ! 私まだ王様になってないし!」
そうは言うけどルカは結構いい目を見てるのよね。エメリアに抱きつかれたし、ナデシコを膝で可愛がったりしていたし。
そして筒にクジを戻していざ引こうとした時、
「次は私が王様な気がします!!」
ぐいっとマリアンヌが腕まくりをしている。霊だけに霊感が働いたのだろうか。その顔は既に確信をしているような顔だ。
「そういうの得意なの?」
「生前からそこそこできましたけど、幽霊になってからはかなり鋭くなりましたよ」
「まぁ高い魔力持ちは未来を読む力を持つ子もいますわよ。その子のタイプにもよりますけど」
マジで? 私の勘って当たったことないんだけど。う~ん、羨ましい。私なんて大出力タイプだからそういうのさっぱりなのよね。
「さて、それじゃあ引くとしますか」
はてさて、マリアンヌは宣言通りに引けるのか――
「「「「王様だーれだっ!!」」」」
その合図を言うか言わないかのうちに、マリアンヌが高々とクジを掲げた。
「王様です!」
おおお、マジで当てたよこの子。予知持ちってのは本当みたいね。
「では命令させて頂きます……!! じゃあ……5番と6番は、今日一日首輪とリードで繋がってください!」
え?
「今日一日……って、どれくらい?」
「朝までですかね」
「えええ!? アンリ! そんなのありなの!?」
「時間に関しては明言してなかったし……」
まぁ明日までというのなら許容範囲ギリギリだろう。一週間とか一か月とかなら却下したけど。その辺突いてくるあたりなかなか上手いといえる。
「リードって、長さはどうするんですの……?」
「ん~じゃあ、50センチで」
短かっ!! ほとんど密着じゃん!! しかも朝までってことは、寝るのは勿論、お風呂とか、トイレまで一緒って事でしょ?
首輪は内輪の集まりってことで全員が付けているからリードを付けるだけでいいんだけど、それにしてもなんと鬼畜な命令をするんだこの子は。
「……あ、5番私だ」
その私の発言で、場が一気にざわめく。
「6番!! 6番は誰ですの!?」
「くぁ~~!! 私じゃないっ!!」
「あ、私ですね~」
スッと手をあげたのは、シンシアだった。シンシアは満面の笑みを浮かべながらリードを手に私に近づいてくる。
ひええっ、何か少し怖いよぉ。
「さ、アンリエッタ様? 命令ですから、繋がりましょう?」
「え、あ、その……」
私が面食らっていると、シンシアはテキパキとした手つきでカチャリとリードをお互いの首輪に付けてしまった。さらに魔法で時限式のロックまで掛けてしまう。
「時間が来るまで解除不可能の魔法をかけましたから、これはアンリエッタ様でも解くことはできませんよ~」
「こ、こんなの使えたんだ……」
「ええまぁ、お嬢様と色々するときに便利ですから。頑張って覚えました」
色々ってなんだ、色々って。クラリッサの方を向くと、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。いや、ホント何してるの普段。
「では、朝までお願いしますね~。あ、この状態ではお世話もできないので、エメリアよろしくですよ~」
「ああもう……わかりましたよっ……まとめてお世話させて頂きますっ」
エメリアは私にべったりと抱き着いてくるシンシアを羨ましそうに見つめながら、不承不承頷いた。
エメリアにとってシンシアは友人だけど、それはそれとしてエメリアは焼きもち焼きなのだ。そこが可愛いんだけど。
「さて、ではこの辺でお開きに……」
「待ってよ!! もう1回、もう1回だけやろ!? ね!?」
必死になって主張してくるのはルカだった。どうしても王様をやりたいらしい。
「じゃああと1回だけね」
私はシンシアに半ば押し倒されたような恰好のままラストゲームを宣言する。
ルカはいそいそと筒にクジを回収していき、それを皆に回していく。そんなにやりたかったのか。
「じゃあ、皆引いたね……? ではっ」
「「「「王様だーれだっ!!」」」」
「よっしゃぁぁぁ!! 私だぁぁぁ!!!」
間髪入れずにルカの歓声があがる。それは執念で勝ち取った王様だった。
「やったぁ!! じゃあ命令するよ!!」
「はいはい、わかりましたわ。じゃあどうぞっ」
その喜びっぷりに呆れたように笑うクラリッサだが、その表情は王様のセリフで一変する。
「じゃあ…………1番と7番は、王様に、キ、キス!!」
あれだけ王様をやりたかった割には、ごく普通の命令だった。やはりヘタレだなぁと思っていると、隣のクラリッサの様子がおかしい。
「どうしたの? クラリッサ」
「え、あ、その……い、1番はわたくしですの……」
「そうなんだ、じゃあほら、キスしてくるといいよ」
「え、えええ……でも、そのっ……」
何かモジモジしてるんだけど。これはアレかな? こないだ胸を分けてもらった時からおもってたけど、実はクラリッサって結構ルカのこと好きだよね?
「あ、1番クラリッサなんだ、じゃあほら、おいでおいで」
クラリッサの気持ちには全く気づかない様子でルカが手招きしてる。鈍感な奴め。
「ちなみに7番は?」
「あ、わたしわたし~」
ナデシコだった。この2人、前にも当たったよね? どうも縁があるんだろうか。
「じゃあ、ルカママ、はい、ちゅ~」
「ありがと、ナデシコっ」
ナデシコからのキスを受け、ルカはデレデレとしている。そんなデレデレのルカのもとに、クラリッサはつかつかと近づいていくと――
「あ、次はクラリッ――」
「んっ……!」
有無を言わさず唇を奪った。そのまま周りが見ている中、情熱的なキスを続け、ルカは目を白黒とさせている。
「!?!?!?」
しばらくたっても唇を離そうとしないクラリッサにルカはただなすすべもない。
そのまましばらく2人は重なり合っていたまま、そしてゆっくりと離れた。
「はぁ……はぁ……」
「く、クラリッサ……」
「べ、別に、命令だからしただけですわっ! 他意はありませんのよっ!」
あからさまな照れ隠しをするクラリッサに、さすがのルカも察したらしい。
「え、あ、その……」
「ち、違うんですのよっ……こ、これはそのっ……」
もどかしいなぁとか思っていると、私に引っ付いているシンシアが邪悪な笑みを浮かべていた。これは、お嬢様をからかう新たなネタを思いついたときの表情だ。
「ルカさん、私、今日アンリエッタ様と一晩中ご一緒する予定なんですよ~」
「それは知ってるけど……」
「でも、お嬢様って私を抱っこしてないと寝てくれないんですよ~。なので、私の代わりにお嬢様に抱っこされてくださいますか?」
シンシアは実に楽しそうに笑っていた。この子はほんとにクラリッサが好きなんだなぁ……愛が少し歪んでる気もするけど。
「え、えええ……そ、そうなの? クラリッサ」
「ま、まぁそうなんですけど……でも、大丈夫ですわ! わたくしもそろそろ一人で寝るくらい……」
「いいよ。じゃあ今晩は私を抱っこして寝るといいよ。私で良ければだけど」
「ふえ!?」
その申し出に、クラリッサが素っ頓狂な声をあげる。
「い、いいんですの……?」
「ま、まぁ別に、抱っこされるだけだし……だよね?」
「と、当然ですわっ!! お、お付き合いもしていない相手とそれ以上するなんて、は、ハレンチですものっ!!」
「じゃ、じゃあいいよ……一緒に寝よ?」
それに対して、クラリッサは顔を真っ赤にしながらコクリと頷く。
そんな様子を見ていたシンシアは、私にのしかかりながら満足げに頷いたのだった。




