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第82話 魔術の基本はまず知ること

「ん~やっぱり見つからないなぁ~」

「何を探しているの? ママ?」

「ママはね~。私の体を創る方法を探してくれているんですよ~」


 私はナデシコとマリアンヌと共に学園の図書室に来ていた。目的はマリアンヌが言った通り、彼女を受肉させるための死霊魔術を調べに来たのである。

 ところがこれで何度調べに来たかわからないんだけど、やっぱり目当てのものは見つからない。

 他の色々と興味深いもの、例えば愛の霊薬――マイルドに言うと雰囲気を盛り上げるお薬――の作り方とかの本はあったものの、肝心の死霊魔術の本は全く無い。ちなみに霊薬の作り方は勿論メモっておいた。


「なんでこんなに見つからないんだろう……あれだよね? 死霊魔術って禁術じゃないって言ってたよね?」

「アリーゼ先生はそう言っていましたけど……単純に人気が無いんでしょうねぇ」


 なぜだろう。死者と関われる術なんて用途はいくらでもあると思うんだけど。


「なんで人気が無いのかなぁ……?」

「いやぁ……幽霊(ゴースト)の私が言うのもなんですけど、幽霊っていわゆる超レアな高次魔法生命体じゃないですか。なので数がものすご~く少ないんです。だから研究対象がそもそもないと言いますか……」

「やっぱりそれかぁ……」


 研究対象が無いんじゃ研究しようって気にもならないのも無理はないんだけど。

 そんな話をしているとナデシコがマリアンヌの袖を掴んでクイクイと引いているのに気が付いた。


「どうしたの~? ナデシコちゃん」


 他の子の例にもれずマリアンヌもナデシコのことを猫可愛がりしていて、その声はとても弾んでいる。

 頭まで撫でちゃって、本当の娘のように思っているようだ。


「マリアンヌママ、幽霊なの?」

「そうですよ~幽霊なのです」


 好奇心からかおめめをキラキラとさせながら聞いてくるナデシコに、マリアンヌがその慎ましい部類に入るお胸をエヘンと張ってみせる。


「そっか~幽霊なんだ~」


 ナデシコはウンウンとひとしきり頷いた後、


「…………で、幽霊って何?」


 なんて聞いてきたので、思わず2人でずっこけそうになる。


「えっと、簡単に言いますと、極めて高い魔力を持った人間が若いうち……遅くとも20代後半までに死んだときに、極低確率でこの世に繋ぎ止められてしまうんです。それが幽霊ですね」

「それって珍しいの?」

「条件を満たすのは凄く珍しいですからね。自我を持たない存在の「亡者」としてこの世に残るのはそこまで珍しくはないんですけど」


 自我を保ったままこの世にある死者、それが幽霊なのだ。高次魔法生命体と言われるのもうなずける。

 ちなみに低次魔法生命体である「亡者」にはグールやスケルトン、意志を持たない浮遊霊などが該当するらしく、魔力の条件もいらないらしい。

 別にそれらも人に害をなすわけではなく、それらはそれらで人里離れてのどかに暮らしてるらしいけど。


「マリアンヌママの昔ってどんなだったの?」


 ナデシコが興味津々って感じで更に聞いてくる。

 この頃のナデシコのブームが色んなことを質問することで、この子はどうも知識欲が旺盛な方らしい。


「えっと、私もアンリエッタママと同様に、魔法学園の生徒だったんですよ」

「そ、この子も死後幽霊になれるくらいだから、相当に優秀だったみたいよ」

「や、やだもう……アンリエッタには負けますよっ」


 私がマリアンヌの頭を撫でてあげると、ポッと頬を染めてもじもじとする。可愛い子だのう。


「あ~いいないいな~私も撫でて~」


 ナデシコがふわりと舞い上がっておねだりしてきたので、同じく頭を撫でてやって、おまけに喉もコチョコチョしてあげるとくすぐったそうに空中でクネクネとする。

 嫁も可愛いけど娘も可愛いものだ。


「生徒会長も務めたのよね?」

「そうですね、2期連続で務めました」


 それはさぞかし優秀だったのだろう。でもそうなると、気になることがある。


「そう言えばこれは聞いてなかったんだけどさ……そんだけ魔力があって、こんなに可愛いんだもん。彼女とかいなかったの?」

「ふえっ!?」


 不意打ちをされたマリアンヌがビクッとする。おうおう、その反応がかわええのう。


「ねえ、どうなの? モテたでしょ?」

「はうううっ……」


 私はマリアンヌのあごに指をあてて、本棚に体ごと押し付けた。

 人気の無い図書室で密着されたマリアンヌのほほが一気に赤く染まる。


「ねえ、どうなの?」

「あ、ああっ……だ、だれか来ちゃいますよぅっ……」

「こんなとこ、誰も来ないわよ。さ、どうなの?」

「どうなの~?」


 ナデシコが私の真似をして、マリアンヌのあごに手を当てる。私の真似をするのも大好きみたいで、実に可愛い娘である。

 そんな私達2人から攻められて、観念したマリアンヌがぼそぼそと喋り出した。


「ふええ……その、モテましたけど……でも、その、誰とも付き合ったことなかったです……」

「誰とも?」

「は、はい……」

「ふぅ~ん、そうなんだぁ? でも、初恋とかはあったんじゃない?」

「も、もうっ……アンリエッタのいじわるっ……」


 マリアンヌがぷうっと頬を膨らませる。普段見ない顔だけあって、とても可愛い。


「分かってて言ってますよね……? 私の初恋は、アンリエッタ、あなたなんですよっ」


 うん。分かって言わせた。だってそう言って欲しかったし。私が膨れた頬をついてあげると、ぷしゅっと口から吐息が漏れる。

 満足した答えが返ってきたので解放してあげると、マリアンヌはやや荒く息を吐きながら、どこか残念そうな顔をしていたので――


「続きは夜にしてあげるから、ね?」

「は、はいっ! お部屋に伺いますっ!」


 そう告げてあげると、とても嬉しそうに顔をほころばせた。


「初恋かぁ~いいわねぇ~」

「はつこい! 私もママのこと大好きだし、私のはつこいもママだよね!」

「うんうん、私もナデシコのこと、大好きだよ~」


 娘としてだけど。まぁでもこれが「パパと結婚する~」とか言われた父親の気持ちなんだろうか。私は母親なわけだが。


「ところでさ、マリアンヌ自身が優秀な魔術師……の卵だったわけでしょ? しかも私達の時代より前の。じゃあ何か死霊魔術について知らないの?」



 どれくらい前なのかは聞いても絶対に教えてくれないのよね。年がばれるからって。年の差くらい気にしないんだけどなぁ。


「う~ん。私の生きてた頃でも死霊魔術研究してる人なんていませんでしたし、まさか私が死んで幽霊になるなんて思いもしませんでしたから。あいにく心当たりがないんです……」


 ううむ……困ったなぁ。けっこう調べているんだけど未だに手がかり1つ見当たらないのよねぇ。

 先生たちに聞いても見たけど、色よい返事は返ってこなかった。


「……これはもう、私独自で術を研究するしかないのかなぁ」

「アンリエッタが、ですか?」

「そうよ! 私自身の手で、途絶えた死霊魔術を復活させるのよ! そのためにまずは……」

「まずは?」


 答えを待つマリアンヌの手を、私はそっと握りしめる。


「あっ……」

「超レアな存在である私の嫁のことを、改めてよ~く知る事から始めないとねっ」


 私の言わんとすることを察したマリアンヌは、恥じらいながらもこくりと頷いた。ういやつういやつ。

 ちなみにナデシコはよく意味が分からないのか、頭に「?」を浮かべていた。いいのよ~。まだナデシコには早いからね~


「は、はい……そうですね。魔術の基本はまず知ることからです……ど、どうぞ私のことを隅々まで知ってください…………あ、あなたっ……」


 あなた。


 こ、これはまた、古風だけど凄い破壊力だ……不意打ちとはやるじゃないか。


 そしてその晩、私は死霊魔術研究のため、対象をじっくり隅から隅まで調査することから始めたのだった――


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これぞ正に、「(私が)ニッコリ調査隊」()
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