第81話 私のを分けてあげるよ
「ううう……また魔法薬学の授業が来てしまいましたわ……」
クラリッサが机に突っ伏して悶えている。気持ちはわかる。私もできればこの授業はやりたくない。いや楽しいには楽しいんだけどね。
「でも、クラリッサ薬学系の家だよね。だから3年になってもずっと逃げられないと思うんだけど……」
「だから余計にイヤなんですわ……わたくしの知っている薬学っていうのは、こう、理論的といいますか……」
確かにそうよね。この授業もの~凄く実践的というか、とにかくいろんな薬を作ってみて、それを実際に自分の体で試すと言うとんでもない授業スタイルなのだから。
「でも授業が強烈な分、テストは楽だったじゃん。何せあんな体験したらそうそう忘れないし」
「それはそうですが……今日は何を飲むことになるのやら……」
ルカは結構気楽だけど、エメリアはクラリッサと同様どんよりとしていた。
「あ~でもさ、アレは楽しかったじゃない? あの動物に変身する薬」
「そうでしたけど……一斉に解けたとき皆裸で大騒ぎになったんじゃないですの……」
「そうそう、みんな動物の姿になってじゃれ合ったりしてたから、それが解けたときときたらもう……」
裸でくんずほぐれつという、うれしはずかしなことになったんだっけ。
まぁでもその時の騒動で結構カップルも生まれたらしいし、何がきっかけになるかわからないものだ。
そしてそうこうしているうちに、先生が入ってきた。何やら妙にウキウキとした表情で、足取りも軽い。
「え~っと、では授業を始めますか」
「ああっ……今日は何を……」
隣でクラリッサが頭を抱えていたが――
「今日の薬は、お胸のサイズを変える薬です」
それを聞いた途端がばっと、それはもう物凄い勢いで顔をあげた。
「い、今なんておっしゃいましたの!?」
「いや、だからお胸のサイズを変える薬だよ」
「そ、そんな馬鹿な……!! だってあの薬は……!!」
クラリッサがわなわなと震えている。
「そう、本来は超希少素材、「ユニコーンのしっぽの毛」が必要なんだけど……」
「そうですわ! だから、わたくしも欲しかったけど諦めていたんですのに……!!」
もうなんていうか、物凄い形相だ。クラリッサ、そんなに気にしていたのね。自分のお胸。
「大丈夫だよ。たとえ絶壁でもアンリは愛してくれるからさ」
「最近大きくなってきたルカに言われてもイヤミにしか聞こえませんわ!!」
慰めてきたルカにクラリッサはキャンキャン嚙みついている。この2人、最初は同じくらいだったのに今ではだいぶ差が付いてきてるのよね。
「おほん、続き、いい?」
「あ、失礼いたしましたわ……」
興奮して立ち上がっていたクラリッサが大人しく着席する。続きが気になってしょうがないようだ。
「幻獣種のなかでも更に希少なユニコーンの部位を使うだけに、この薬をつくるのはまぁ常識的に考えたらまず不可能。仮に手に入ったとしてもこの素材があればどれだけの奇跡が起こせるかわからないからね、お胸には回らないかなぁ」
クラリッサのお胸が大きくなるならそれはいかなる奇跡よりも偉大な気はするけど、私も命は惜しいので口にはしない。だってクラリッサ今までにないくらい真剣な顔で聞いているし。
「とまぁ、超希少素材を使ってほんのわずかの成長を得ると言う、割に合わないことこの上ないのが本来のお胸成長薬なんだけど――」
「…………っ」
クラリッサが固唾を呑んで次の言葉を待つ。手に握りしめた高価な羽ペンがギシギシと悲鳴を上げている。あと少しで折れてしまいそうだ。
「――その課題をついに私は解決したのよ!」
「な、なんてことですの!! それは一体どういう方法ですか!?」
クラリッサを始め、他にもお胸が小さくて悩んでいる子達が食いついてくる。
もちろん一番の勢いなのはクラリッサで、今にも教壇に飛び込んでいきそうなほどだ。
「ふふふ……つまりね、無いものを無理やり成長させようとするから「ユニコーンのしっぽの毛」なんて超希少素材が必要なのよ」
「まぁそれはそうですけど……」
「そこで私は考えたんだ――ならば、あるところから持ってくればいいじゃない!と」
ん? なんかとんでもないこと言ってるような……
「そ、それはつまり……」
「そう――お胸の大きい子から、分けてもらう……これこそ私が作り出した新薬、「お胸のおすそわけ薬」よ! これならそこまで希少素材はいらないわ!」
両手を掲げ、ドヤ顔になる先生。そしてそれを仰ぎ見る胸の小さな生徒達。
「ああっ……何という逆転の発想……!! 素晴らしいですわ……! 先生が女神に見えます!!」
いや、どう考えても悪魔の発想だろう。とんでもないこと考えつくんじゃねーですよ。
「まぁ等価交換は出来ないんだけどね。渡す相手が3渡してようやっと1大きくなるって感じかな? 相手にもよるけど」
ますます悪魔的な薬のような……それ黒魔術の領域では?
「ほ、ほんとに大きくなりますの……!?」
「なるよ。じゃあ試しにやってみる?」
「やります!!」
即答だった。全く迷いがない。
「でも、誰から貰うの?」
私が聞くと、クラリッサはにっこりと笑ってエメリアのほうに歩いて行った。
「エメリア、わたくしたち、友達……しかもカノ友ですわよね?」
「え、えええ!?」
「だって、最近更におっきくなってきて困ってるって言ってたでしょ? ね!?」
そうなのだ。出会った時から大きかったエメリアの胸は、一年で更なる飛躍を遂げていたのである。それは私が保証する。
「そ、それはっ……その……お嬢様が私のお胸が大好きだから……」
「アンリちゃんはわたくしのお胸も大好きですわよ!? なのにわたくしのは一向に成長しませんの! だから、ね? お願いしますわっ」
顔を真っ赤にしてうつむくエメリアと、それに詰め寄るクラリッサ。
やめてぇぇ!! そういう話題、クラスの皆も聞いてるのよ!?
「私のはだいぶ育ったけどね~」
「むきぃぃぃぃ!!!」
2人のやり取りを聞いていたルカが自慢げに胸を逸らし、煽られたクラリッサが吠える。
そんなクラリッサに、ルカは席を立ってゆっくりと近づくと――
「ま、そういうわけだから、私のを分けてあげるよ」
クラリッサの頭をぽんぽんとした。おおお? これは!?
「……ほぇ? い、いいんですの?」
「いいよ。私、クラリッサのことアンリの次に好きだし」
思いがけない告白である。キマシタワー!
「わ、わたくしもっ! ルカのこと、アンリちゃんとシンシアの次に好きですわ!!」
「調子いいなぁ、でもまぁ彼女の次って言われて悪い気はしないよね」
そしてぎゅっと教室の真ん中で抱き合う2人。キマシタワァァァ!!
これはあれね、今晩私の部屋に招くのはこの2人で決定ね!
「でも、ほんとにいいんですの? だってせっかく大きくなってきたのに……」
「いいって、これでクラリッサが喜んでくれるなら、ね」
「ルカっ……」
いい話だなー。ちょっと妬けるけど。
「話はまとまった? それじゃあやろっか。言っとくけどこの薬も万能じゃないから、移動できる量は大したことないからね?」
先生はウキウキと薬を2つ分用意している。見るからにまがまがしい色をした薬であるが、今の2人にはそれも気にならないようだ。
「それじゃあ……いくよっ」
「ええっ……いきますわっ」
そして一気に薬を2人同時に飲み干すと――
「ま、まあっっ!?」
「お、おおお!?」
遠目ではわからないんだけど……成功したの?
「ルカ……ありがとうございますわ……わたくしっ……わたくしっ……」
「いいってことよ……」
もう一度ぎゅっと抱き合う二人。
この日、永遠の断崖絶壁と思われたクラリッサのお胸はわずかな起伏を得て、少しだけ小さくなったルカは、代わりに友情を深めることができたのだった。




