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第79話 ナデシコ

「で、先生。結局この子は何なんでしょう……?」


 授業が終わった私達は先生の控室に集まっていた。この子とは当然私の手にしがみついて、私の指をほほでスリスリしているこの子のことだ。くすぐったい。

 ちなみに集まっているのは私と、モニカを除いた私の彼女全員である。モニカはさすがに学内には自由に入れないからね。


「さっきも言いましたけど、この子はホムンクルス……人造の人間ではありません。あくまで構築式自体は守護獣系統の術でできています。……まぁ式は力任せに捻じ曲げられた痕跡がありましたけど」


 力任せって、私の魔力のことだろうか。

 老先生は右手でお茶のカップを持ちながら、もう片方の手は私の手にしがみついてる子の頭を撫でている。

 心なしか顔がにやけているような……まぁ確かにこの子可愛いけどね。


「守護獣……正確には守護ペットですけど、これらは術者の深層心理を読み取って術者に最も近い「動物」の形をとります。それは普通の動物に限らず、ドラゴンやグリフォンといったいわゆる幻獣の形をとることも稀に報告されています……が」

「ヒト型は無い、と?」

「ありませんね、ラミアやハーピーと言った、ヒトに近い形をとるパターンさえ一切報告されていません。はっきり言って今回が初だと思いますよ、明確なヒト型をとったのは」


 う~ん、私の深層心理ってここまで女の子が大好きだったのね。だからそれを無理くり押し通した結果、本来あり得ないヒト型の「妖精」として形を取った、ということだろうか。


「ああ……それにしても可愛いですねぇ~。娘の小さい時を思い出します」


 先生がうっとりとしながら妖精の子のあごを指でくすぐる。


「くすぐったいぃぃ~」

「ほらこちょこちょ~」


 なんかいろいろ思い出したみたいに、目を細めながら遊んでる。先生にもこんな小さな子供がいたときがあったんだろうなぁ。


「ところで、この子の扱いってどうなるんでしょう?」

「え? そうですねぇ、とりあえず魔法管理局には連絡して……ホムンクルスとして登録することになるんじゃないでしょうか? 多分ですけど。まぁ事故ですし、怒られたりとかはないと思いますよ」


 特に問題にはならないのか、それは良かった。

 しかしホムンクルスか……でもさっきホムンクルスではないと言っていた気がするんだけど。


「確かに構築式はホムンクルスではありませんが、結果的には知性を有して言葉まで喋るのです。この子を守護「ペット」として扱うのは色々と問題が……」

「確かに、それもそうですよね」


 私のことをママと呼んでくれる子をペットというのはいかがなものかと思うしね。でもそうなると、この子って法律的には……


「なので、この子はアンリエッタさんの娘という形で登録されると思います」


 そうなるのよねぇ。ホムンクルスも術者の子供って形で戸籍を与えられるって話だし。


「私、この年で子持ちになるんですね」

「でもアンリエッタ、貴族ならこれくらいの年で子持ちは……まぁ珍しくはありますけど無いことも無いですわよ?」


 他の皆と同様にこの子を夢中になって見つめていたクラリッサが話に入ってくる。


「確かに貴族って早いよね~。色々とさ」

「私の知り合いのメイドでも、もうママになった子はいますね」

「私も早くママになりたいんですけどね~」

「この辺は私の生きていた頃とあんまり変わらないんですねぇ」


 他の彼女達も、テーブルの上の子を愛でながらめいめい発言する。

 う~ん、こっちの世界の感覚って未だに驚くものがあるよね。


「ママかぁ……あれ? そう言えば守護獣って何食べるんですか?」


 ふと気が付いたことだけど、そこは当然の疑問だった。だって生物だし、何も食べずに生きていけるとは思えないんだけど――


「母乳です」

「……ん? 今なんて言いました?」

「ですから、母乳です。お乳とも言いますね」


 先生は大マジメな顔でそう言った。

 …………出るかぁ!! 私はまだ子供を産んだこともないんじゃい!!


「お、お嬢様のお乳……はぁはぁ」

「アンリちゃんの……い、いけませんわ、いけませんわ! ああっ、でもっ……!」

「う、羨ましい……私もアンリの子供になりたい……」

「お乳ですか~私も早く自分の赤ちゃんに与えたいですねぇ」

「はぇぇ……現代は随分進んでるんですねぇ……」


 こらこら、口から色々と欲望が駄々洩れよ、私の彼女達。まだ日も高いんだから自重しなさい。先生も「あらあらうふふ」みたいな顔してるんじゃねーですよ。


「ママ~。おっぱい!」


 だから出ないっちゅーに!! ええ、でも、ホントどうしよう……お乳? マジなの?

 私はじっと平均値よりはだいぶ大きな我が胸を見つめつつ、ようやっと覚悟が決まると上着の裾に手をかけて――


「――まぁ冗談なんですけどね」

「……え」

「冗談ですよ、冗談、魔術師ジョークです」


 私がひっかかったのが嬉しかったのか、老先生はテヘペロって顔で笑っていた。

 ――ちょっとおおおおお!!! この先生大マジメな顔でなんちゅう冗談言ってるの? マジで焦ったんだけど!?


「先生!! 勘弁してくださいよぉ」

「ふふふ、すみません。私もこの子には驚かされたので、これでおあいこですね」


 どうやらこの先生は随分愉快な性格の様である。くそっ、やられた。


「んもう、先生ってばネタばらしが早いですわっ」

「そうだよ! せっかくアンリの授乳シーンが見れると思ったのに!」


 そこの頭ピンクな2人、今晩お仕置きね。


「惜しかったですねぇ」

「ですね~。もう少し遅ければ……」

「えっ? えっ? 皆さん知ってたんですか?」


 マリアンヌ以外全員知ってて乗ってきたんかい。これはもうまとめてお仕置きで、寝不足の刑に処する。


「でも、よく考えたら母乳じゃないってわかりますよね? だって鳥型とか爬虫類型の守護ペットだっているんですよ?」

「いや、それはそうなんですけど、でもこの子ヒト型ですし、そうなのかなって」

「まぁホムンクルスの場合は母乳が最高の食事ではあるんですけどね。魔術師の母乳なんて魔力の塊みたいなものですし」


 それは確かにそんな感じもするけど。


「守護ペットの場合は、指を口にくわえさせてやって、そこから魔力を贈ってあげればいいんですよ」

「あ、それでいいんですね。じゃあ、はい。食べる?」


 そう言いながら指を目の前に出してあげると、パッと顔をほころばせてあむっと食いついてきた。


「美味しいぃ~~~」

「おおお……確かに吸われてる気がする」

「この子は込められた魔力も膨大ですからね、維持にも相当の魔力がかかりますよ」


 おおお、でも、なんかこう、図らずも嬉しさがこみあげてくる。これが母性なのか。


「ああっ……お嬢様の赤ちゃん……私も早く欲しいですっ……」

「ですわねっ……」

「私も欲しいなっ」


 同じく母性を刺激されたのか、彼女達が私に引っ付いてくる。こらこら、まだ早いからね? 夜まで待ちなさい。先生が「若いっていいわねぇ」って目で見てるでしょ。


「それはそうと、この子に名前をつけてあげないと」

「あ、それもそうですね、では……」


 先生に促されて、私はこの子の名前を考える。


「う~~ん、そうだなぁ…………じゃあ、ナデシコで!」

「ナデシコ? 不思議な響きですわね?」

「まぁね、遠い異国の方の名前よ。前に本で読んだの」


 まぁウソではない。遠い遠い異国の名前だ。今ではもう行くこともできない遠い異国の。


「ナデシコ? それが私の名前?」

「そうよ、ナデシコ、それがあなたの名前よ」

「ナデシコ! ナデシコ! ママ、ありがと!!」


 名前を貰ったナデシコが文字通り飛び跳ねて喜ぶ。気に入ってくれたようで何よりだ。


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