第78話 ママッ!
「ま、ママ……!?」
私に抱きついてきている小さな裸の女の子……の形をした守護ペットが私を「ママ、ママ」と連呼している事実に私は戸惑っていた。
「せ、先生、これは一体……」
「ああ~年ですかねぇ……最近目がかすんで変なものが見えるんですよね……それに耳も遠くなってまして……」
現実逃避をしながら教壇に戻ろうとする先生を捕まえ、私にしがみついている子をゆっくりと引きはがしてムギュっと押し付ける。
「先生、これは現実です。ほら、しゃべってますよこの子」
「やぁ~ん、お肌カサカサ~。ママのお肌がいい~」
「カサカサで悪かったですね!! 年取ればこうなるんです!!」
聞こえとるやないかーい。向き合わなきゃ現実と。
そのままぐいぐい押し付けていると、目の前の事実に観念したのか先生がゆっくりと口を開いた。
「……私も長いこと魔術師をやってますけど、守護獣系統の術で言語を解する魔法生物が生まれたのは初めて見ましたよ……というか聞いたこともないです」
「そうなんですか?」
「ええ、喋ることができるのはホムンクルスだけ……のはずなんですけど……」
でも喋ってますけど、この子。しかもどうやら知性があるようだし。
先生はその子をむんずと掴むと、おへそのあたりに指を当てて何やら呪文を唱えている。
「くすぐったいぃ~~」
「ううん……でもこの子の体はれっきとした守護ペットの術式で組まれてますね。私が用意した素体そのままで、ホムンクルスの術式とは根本的に異なります……いや、でもしかし……」
先生はその子を教卓に寝かせて、ああでもないこうでもないと調査を続けていると、そこにクラリッサ達が近寄ってきた。
「あの、アンリエッタ……? とりあえずその、服か何かを用意してあげた方がいいんじゃなくて? その子、魔法生物とは言え一応女の子みたいですし……」
「だよねぇ。いくら子供の姿とは言えちょっと目のやり場に困るって言うか」
「あ、えっと、じゃあ私が用意しますね」
エメリアはハンカチを取り出すと、これまたどこから取り出したのかわからない裁縫セットで瞬く間に服っぽいものを作り上げていく。
「エメリア、裁縫できたんだ」
「メイドとして当然のスキルですし、これくらい朝飯前です。魔法で加速もしてますから」
それでもそのスピードは異常だと思うんだ。もう出来上がったし。しかも無駄にフリルとか付いていて可愛いのが。
「これは自信作です!」
そう言いながら更に小さい下着まで見せてくる。いや、確かに可愛いけどさぁ。
「あ、先生、これ……」
「あら、これは、着替えですか? どこに用意してたんです?」
エメリアが2分でやってくれました。
「じゃあアンリエッタさん、この子に着せてあげてもらえますか?」
「え」
「だって……ほら」
先生が教卓に寝かされている子を示すと、その子は笑顔いっぱいに私の方を向いて、
「ママっ!」
「ね?」
……はい。わかりました。私の役目の様ですね。
そうして私はみんなに注目される中、裸の女の子――の姿をした魔法生物――に服を着せていくと言うプレイをさせられることになったのだった。
どうしてこうなった。
「えと……足上げてね~」
「はぁ~い」
言葉をかけながら、小さな女の子に下着をはかせていく……まるでお人形さんごっこである。周りの視線が痛いよぉ。
「ひそひそ……ひそひそ……」
「いや、まさかそんな……」
「でも、アンリエッタさんよ? 女の子大好きだし……」
聞こえてるよ!? いや、私ロリコンじゃないし、しかもこんな妖精サイズの子にまで欲情しないからね!?
なんか私の彼女達まで心配そうに見ているし!! 少しは信用してよぉ!!
「よし……できた……」
周りからの生暖か~い視線を浴びながら、どうにかこうにか服を着せることができた。
エメリアがあり合わせで作ったにしては、えらい可愛い服を着た羽のある女の子は、見た目はまさに妖精そのものだった。
「ママっ! お洋服ありがとう!」
「いや、そのママって言うのはそもそも何?」
「だってママが私を作ったんでしょ? じゃあママでしょ? 私分かるもん!」
いや、確かにそうなんだけど……私的には動物が作られると思ってたのよね。周りの子達はウサギとかフクロウとかその辺だし。
「あの……先生、これは結局どういう事なんでしょう」
「正直考えられないことなんですが……アンリエッタさんの膨大な魔力が、本来の魔術式の隙間を強引に通してしまったんでしょうか……人型は作れないはずなのにそれを可能にして、まさか知性まで与えるとは……」
「この子の知性ってどこから来たんですかね?」
知性に加えて、「ママ」とか「お洋服」とかの知識まで持ってるみたいなんだけど。知性と知識は別物だと思うし。
「多分……魔力にアンリエッタさんの魂情報が乗っかったんじゃないかと思います……何せ初めてのことなので詳しく調べてみないとわかりませんが……」
「魂情報?」
「ええ、ホムンクルスを作る場合、無から有は生まれませんので術者の魂を一部複製し、培養して与えるんです。なのでホムンクルスは法律上、術者の子供になるんです」
術者の子供? え、つまりそれって……
「だから言ったでしょ~。ママだって!」
なんてこったい。
あまりの急展開に呆然としていると、私の彼女達が一斉に詰め寄ってきた。
「お嬢様がママ……!! で、ではもう片方のママにはぜひ私が……!」
「いやいや! ここは私がママになるよ! ねぇ~妖精ちゃん? ママでちゅよ~」
「何を言ってますの? この子は学年ナンバーワンのアンリエッタから授業中に生まれた子……ということは学年ナンバーツーであるわたくしがママになるのがふさわしいのではなくて?」
この子達、ちゃっかりもう片方のママの座に座ろうとしてるし! 抜け目ないな~。
「いやいやいや!? 私がママかどうかもまだ確定じゃないんだからね?」
そう、まだそこは確定では――
「いえ、そこは間違いないと思いますよ。ホムンクルスも生まれてすぐ自身の母親を認識するらしいですし、間違いなくこの子の母親はアンリエッタさんです」
「……マジですか」
「マジです」
先生が冷静に、容赦なく突っ込んできた。そこは確定なのね……
「ママ?」
「ママッ!」
自分を指さしながら尋ねる私に、元気のいい答えが即座に返ってきた。
すなわち私は16歳の春、思いもよらずママになったのだった。




