第77話 守護ペット
「さて、皆さんも無事2年生になれましたね。ひとりも留年が出なくて先生は嬉しいです」
今年最初の授業を始める前の朝礼で、アリーゼ先生が軽く話を始めた。
「2年生からはこれまでのように基礎ばっかりでなく、他の色んな授業の割合が増えていきますよ。ユリティウスの一年生は「まるでアスリート養成学校だ」とよく言われますがそれも終わりです」
先生的にはジョークのつもりだったようだけど、実際アスリート養成学校のようなカリキュラムだったからみんな顔を引きつらせていた。
だってほとんど基礎基礎基礎で魔力を練る訓練ばかり、時折ある魔法スポーツで体を鍛えさせられ、たまの魔法薬学では変な薬の実験体となる日々。他の授業なんてほんのさわりしかやってこなかったし。
それがようやっと終わると聞いてひとまずホッととする。
とは言えあのヤバイ魔法薬学がまだあると言う事実からは目を逸らしたいけど。
「で、2年生最初の授業は必ず魔法生命学って決まってるんです。これはまぁ定番ってやつでして、なかなか楽しい授業なのでお楽しみにっ」
何をやるのか気になる私たちの質問には答えずに、その他の諸連絡をした後で先生は教室から出て行った。
「何をやるんですかね」
「さぁ……とは言えこれでようやっと魔法学園っぽい授業になるならそれが何よりよ」
「まったくですわ。これまでの授業ときたらほんと体育科のようでしたもの」
「私は楽しかったけどね~。お勉強ばっかりより」
ルカ的にはそうなんだろうけどさ。でもやっぱり魔法が使いたいのよねぇ。
そうこう話をしていると、予鈴が鳴って魔法生命学の先生が入ってきた。
「はいみなさん、お久しぶりですね。冬休みは楽しかったですか? それでは2年生最初の授業では定番の――」
そこそこのお年のはずの先生は年に似合わずイタズラっぽくタメを作って、今日の授業の内容を告げる。
「――守護獣の作成を行います」
その言葉に教室がざわつく。え、何それ。
「ねぇ、クラリッサ、守護獣って何だっけ?」
「知りませんの? 魔術師ならだれでも一匹従えている、自身を守る魔法生物のことですわ」
こっそりと聞いたクラリッサが説明をしてくれた。そんなものがあるのか……
「あの、先生、守護獣って今の私達でも作れるんですか?」
生徒の1人が手を上げて先生に質問をする。
「はい。いい質問ですね。もちろん今のあなた達では作れません。正確に言えば今回作るのはそれのお試し版――まぁ守護ペットっていうやつですね。なかなか可愛いんですよ」
先生はそう言いながら、下からよっこらせと大きな箱を何個も持ち上げて教卓においた。
その中には光る四角い粘土の様なものと、色とりどりに輝く宝石のようなものが入っている。
「これは魔力を込められた私特製の粘土です。これを素体として核となる魔力石を練りこみ、守護ペットを作り出します。この素体を作れるのはそうそういないんですよっ」
先生は少しだけ「えへん」と胸を張って、その粘土を手にもって掲げて私達に見せてくれる。お年の割に可愛い。
「まぁこういう魔法による生命体の創造が、究極の術である百合子作りに繋がっていると言うわけですね。これは基礎も基礎ですけど」
そう言いながら、先生はその粘土と石を1つずつ生徒の机に置いていく。
「正式に守護獣を作る場合にはそれこそ年単位で練り上げた魔力素体と、同じく年単位で魔力を込めた魔力石で作るんですけど、そこはまぁお試しってことで」
で、これをどうしろというんだろう。目の前にあるのは20センチ四方ほどの粘土と石なわけで。このままではぬりかべみたいなのしか出来上がらないのでは?
こねて形を作っていくにしても私はそんな技能はないんだけど……
「心配しなくても、その粘土は術者が魔力を込めてあげると、その深層心理をくみ取って形を形成します。なので造形が苦手でも全く問題ありませんよ」
不安そうな生徒たちに気付いたのか先生が先回りで指摘する。なるほど、それなら大丈夫だけど、でもそれはつまり何が出来上がるかわからないってことなのでは?
「アンリちゃん、まさかとは思いますけど女の子を作ったりはしませんよね?」
「お嬢様のことですから……ありえますね……」
「アンリだしなぁ……」
彼女達からの逆の意味で信頼が厚い! そんなに私って深層心理で女の子好きって思われているんだ……イヤ事実だけどね。
「大丈夫ですよ。この術では人間は作られないようにできていますから、だってこんな簡単な術で人間が作れると色々と問題がありますからね」
まあそれはそうだ。それは人体生成になるわけで――
「それはホムンクルス生成という、全く別の系統の術になりますから」
そっちかい!! そっちはあるんかい!!
「そっちはいいんですね……人を作っても」
「え、まぁホムンクルス生成は国の厳格な管理のもと行われてますし、しっかりと戸籍も与えられる最高難易度の術式ですから」
「そうですわ。ホムンクルスを作れるほどの魔術師なんて10年に1人出るか出ないかってレベルですのよ」
そういうものなのか……ならまぁいいのか。
「話がそれましたけど、じゃあ皆さん素体に石を埋め込んで魔力を込めてください。それで形成が開始されますが、変形が終わるまで集中してくださいね」
先生から指示された通りに、粘土にぐりぐりと石を埋め込む。いやこんなのが本当に魔法生物になるんだろうか。とてもそうは思えないんだけど。
みんな一様に懐疑的な顔をしている。
「準備はいいですか? では、始めてください」
そんな私達の顔を楽しそうに眺めた後、先生が合図を出した。
私達はそれに合わせて半信半疑で目の前の粘土に魔力を込める。すると――
「わあああっ!?」
教室中からどよめきが上がる。
「うんうん、しっかり1年基礎をやっただけありますね。なかなかいい反応です」
魔力を通されたその粘土は、うねうねとうねりながらその姿を徐々に変えていっている。正直少し不気味だ。
「ま、まぁっ……!!」
「わぁっ……!!」
「おおおお~~っ!!」
クラリッサ、エメリア、ルカの粘土はその姿を生物の姿にほとんど変え終わっていた。
クラリッサはワシ、エメリアはネコ、ルカは犬……のような、でもちょっと違うような造形になっていて、それぞれがそれらしく命をもったように動き出している。
深層心理をくみ取るだけあって、なんかそれぞれ「らしい」デザインなのが可笑しかった。
「……あれ?」
でも私のだけなんかうねうねとしたまま一向に形を成さない。周りの皆はそれぞれできた自分の守護ペットを可愛がっているというのに。
「おかしいですね……アンリエッタさん、出力を上げてみてください」
「いいんですか? また変なことになるんじゃないかと思って絞っているんですけど」
だいたい今までも変なことになってきたしね。薬の効果がとんでもなく延長するとか、測定器が割れたりするとか。
「いいですから、ゴーです」
「あいあいさー!」
先生から許可が出たので「手加減抜き」で魔力を込める。
「えっ、あっ、ちょっ……そこまでやれとは……」
「えっ」
だがもう遅かった。私の全力で込められた魔力に反応した素体は、ぐにゃりと歪むとそのまま一気に形を成した。
その出来上がった姿は――
「え……」
「えええ」
確かにそれは「ヒト」ではなかった。なかったのだけど……
「こう来るんですかぁ……」
先生が呆れたような顔をしながら見つめた先、そこには――羽のある可愛い女の子――妖精の姿をした守護ペットがあった。
「人間は作れないというこの術の法則を、膨大な魔力で強引にこじつけて突破してくるとは……」
「あ、あはははは……」
やっぱり私の深層心理にあるのは女の子なのね……そう思いながら目の前で眠ったようにうずくまる妖精の姿をした女の子を見つめていると、その子はゆっくりと動き出してその目を開き――
「あ……おはようございます、ママっ」
「!?!?!?!?!?」
話しかけてきた。え。ナニコレ。ママってどういうこと!?
「先生、この子……」
「ありえません……守護ペットが喋るなんて……守護獣なら念話くらいできますけど……」
でも現に喋ってるんですけど……
その子は羽をパタパタと動かしてふわりと飛び上がると、その小さな体で「ママっ、ママっ」と連呼しながら私に抱きついてきたのだった。




