第72話 わたくしの1番はアンリちゃん
――時は少し遡って……
クラリッサとシンシアを正式に彼女にした日の夜、約束通り2人が私の寝室へとやってきた。
ガチガチに緊張した様子のクラリッサと、にこにこと普段通りのシンシアが実に対照的である。今からこの2人を私のものできるというだけで、この世界にやってきたかいがあると言うものだ。
「いらっしゃい、2人も可愛い恰好だねぇ」
「ほ、褒めても何も出ませんわよっ……」
「ありがとうございます~」
2人共お揃いのネグリジェで、お風呂上りなのか髪がしっとりと濡れていた。
下着が透けそうなほどに薄い服のおかげで、2人の体格……特にお胸の違いがくっきり分かって実にいい感じだ。
「うんうん、いい香り……」
クラリッサを抱きしめてうなじに顔を埋め、その香りを嗅ぐ。それはお風呂上りなのと、クラリッサ自身のが混じりあってそれはもう素晴らしい香りだった。
「あっ、ちょっ、やぁっ……嗅がないで欲しいですわっ……」
「お嬢様は私が念入りに、隅々まで洗っておきました~」
シンシアが「えっへん」と誇らしげに胸を張ると、そのたわわすぎるお胸がユサッという音が聞こえそうなほどに大きく揺れた。
なお抱きしめているクラリッサからは固い感触しか伝わってきていない。ここまでの絶壁となるとこれはこれで素晴らしいけど。
「さて、じゃあ2人共、ほら、おいで」
2人の肩を抱いて、ゆっくりとベッドに近づいていく。
「お、お待ちになってっ……」
怖気づいたのか、急にクラリッサが待ったをかけてきたけど、そんなもので待ったをする気は毛頭ない。むしろ一刻も早く灯りを消したいのだ。
「大丈夫だよ。怖くないからねっ」
優しく頭を撫でてあげると「ふにゃぁっ」って顔になったクラリッサだけど、直ぐに思い直したのか慌てて首を振った。
「で、ですから、こ、怖くなんかありませんのっ!! それとは別に、ちょっとだけ時間を下さいと言ってますの!」
「そうなんですよ、アンリエッタ様。ちょっとよろしいでしょうか~?」
シンシアがくいくいと脇を引っ張ってくるのでそちらを見ると、シンシアが小脇に木箱を2つ抱えているのに今更ながら気が付いた。
「何、それ?」
「えへへ~。これはですねぇ~」
シンシアが微笑みながらその2つの箱を見せてくる。
それは、片方は普通の木箱だけど、もう片方はいかにも高価そうな箱で、宝石箱だと言われても納得しそうなほど豪華な装飾がなされている。
「はい、お嬢様。こちらですよね」
「え、ええ。ありがとうですわ。シンシア」
クラリッサはシンシアが持ってきた2つのうち、豪華な方を手に取ると私にぐいっと突き出してきた。
「……これを見て欲しいんですわ」
「何? これ」
「で、ですからそのっ……中を見ればわかりますわっ……」
クラリッサは、シンシアから恭しく差し出された鍵を受け取ると、それを鍵穴に差し込んで回す。
そして蓋がゆっくりと開かれ、中から見えてきたものは――
「これって……」
箱の内側には赤いビロードが敷き詰められ、そこには明らかに年代を感じさせる――でも決して古びてはいない、アンティークの様な優美な佇まいの――首輪が収められていた。
「首輪、だよね?」
「そうですわ。我がウィングラード家に代々伝わる由緒正しい首輪ですわ」
先祖伝来。確かにそんなものがあるって言ってたような気がする。
ああ、なるほど、つまりこいつを――
「付けて欲しいってこと?」
「そうですわ。アンリちゃんに付けて欲しいんですの」
「わかった、じゃあ付けるから、首を出して?」
「え?」
首輪を手に取ってクラリッサの前に差し出した私を、クラリッサが怪訝そうに見ている。
「どうしたの? 付けて欲しいんでしょ?」
「ええ、アンリちゃんに付けて欲しいんですの」
「んんん???」
「えええ???」
どうも話がかみ合わない。これはどういう事だろうか。しばし2人で頭に? を浮かべて向かい合っていると、シンシアが、
「アンリエッタ様~。それ、アンリエッタ様が付けるための首輪ですよ~?」
「へ?」
「だって、私とクラリッサ様が付けるための首輪はここにあるじゃないですか」
そんなことをいいながら、もう片方の木箱を指で指す。
「あ、そう言えば……」
そうだった。帰省前に、3人で首輪を買いに行ったんだった。つまりその箱の中には、その時に買ったクラリッサ用のとシンシア用のが入っているのか。
ん?ということは……
「え? これ、私が付けるの?」
この由緒正しいらしい首輪を? 私が?
そう言えば首輪って一方的に贈るだけじゃなくて、相互に贈り合うってパターンもあったような……つまりこれがそうなんだろうか。
「当然ですわっ。我がウィングラード家では、代々1番の想い人にこの首輪を贈ってきたんですのよっ」
「1番が私じゃないのは残念ですけどね~。でもアンリエッタ様なら仕方ありません。どうぞ、首輪をお付けになってください~」
代々に渡って贈られた首輪? じゃあこれ、誰かが付けてたやつなの? その前の人はどうしたんだろう?
私の疑問に気付いたのか、クラリッサがそれに応えてくれる。
「ああ、これは、ウィングラード家の当主であるお母さまが、私を産んだお母さまに贈って、それ以来ずっと付けていた首輪ですわ」
クラリッサも両方ともお母さまなのか、しかしお母さまとお母さまってややこしいな。
「ユリティウスに来るにあたって、「あなたの1番大事な人に贈ってあげなさい」って譲って頂きましたの。ですから、それをアンリちゃんに付けて欲しいんですわ…………わたくしの1番はアンリちゃん、あなたですもの……」
熱烈な愛の言葉と共に、クラリッサが私にそっと抱きついてくる。
そんな主人を見て、シンシアが「うあ~妬けちゃいますね~」なんて言いながら嬉しそうに笑っていた。
そ、そっかぁ~。そういうわけなら、付けないわけにはいかないよねぇ。うん……
しかし、今までエメリアとルカには首輪を贈ってきたけど、贈られるのは初めてだよ。ちょっと緊張するぞ……
「じゃあ……付けて貰ってもいい?」
「も、もちろんですけどっ……その前に私達にも首輪を付けて欲しいですわっ」
それを聞いたシンシアが木箱を開けて、2人のために買った首輪を取り出す。
「はい、アンリエッタ様、どうぞっ」
私は手渡された首輪を、付けやすいよう膝立ちになった2人に手早く付けてあげる。毎日エメリアやルカに付けてあげてるので、もう手慣れたものだ。
でも、だいぶデレてきたとはいえまだまだツンの残るクラリッサに首輪を付けてあげるという行為。なおかつそのクラリッサが愛おしそうに首輪を指で撫でているのを見て、この子を私のものにしたんだという実感がはっきりと湧いてきた。
「これで、クラリッサもシンシアも私のものよ? いいわね?」
あごを指で軽く持ち上げてあげると、何の抵抗もなく「わかりましたわっ」「もちろんですよっ」という返事が返ってきた。
「嬉しいですわっ……ようやっと……ようやっとですのねっ……」
目に涙まで浮かべているクラリッサの姿に、胸がきゅっとなる。この子が愛おしくてたまらなかった。
「私も、ようやっとアンリエッタ様のものになれた気がしますね~。まぁ実際は今からなるんですけど」
シンシアがちらりとベッドを見る。そうなんだよね。本番はこれからなのだ。
「じゃあ、私のも付けて貰ってもいい?」
「わかりましたわっ!」
涙を手で拭って、クラリッサが先祖伝来の首輪を手に取ると、震える手でゆっくりと、私の首に首輪を付けてくれた。
「これで……」
「そうですわっ! アンリちゃんも、わたくしのものですわっ」
感極まったのか、クラリッサがもう一度抱きついてきて尻もちをついた。そこに負けじとシンシアも加勢してくる。うわぁ……凄い感触だぁ……エメリア並みねっ。
「ああっ……もう幸せ過ぎて怖いくらいですわっ……」
「私も幸せですよ~」
私達3人は、寝間着に首輪という格好のまましばらくそのまま抱き合っていた。
どれくらい抱き合っていたのかわからなかったけど、やがてゆっくりと立ち上がってベッドに向かう。
「じゃあ――いいよね?」
「え、ええ……お手柔らかにお願いいたしますわっ」
「楽しみですね~」
私は2人をベッドに並んで寝ころばせると、部屋を照らす魔法の灯りをそっと消したのだった――




