第70話 すっかり気の早いクラリッサであった
母達へ嫁の紹介も終わり、かねてからの約束を果たすために私とクラリッサは思い出の庭に2人で来ていた。
こっそりとシンシアがのぞき見するために付いてきていたが、とりあえず気付かないふりをしておこう。
クラリッサの方は何やら感慨深げに庭を眺めていて、シンシアの存在には気付いていないようだったけれども。
「変わっていませんのね、ここは」
「そりゃそうでしょ、前に来てからたった3年しかたってないんだから」
「それもそうですわね」
思い出を振り返るように、クラリッサがくすくすと笑う。
風がそよぎそのきらめく金髪が空に踊る様は、私の取り戻した記憶の中のクラリッサそのままだった。
やっぱり私はクラリッサとこの庭にいたのだ。
「ここで、その、クラリッサが……振られたって思いこんだんだっけ……?」
「そうですわ!! あの時のアンリちゃんときたら……!!」
そうのなのだ。3年前の私は厨二の真っ最中で、女の子大好きにもかかわらず「恋愛なんて興味ないし~」みたいに突っ張っていたのだ。
それで、私が女の子を好きなのかどうか、探りを入れてきたクラリッサに対して、それに気付かずに恋愛興味無いポーズをとってしまったと言うわけだ。
全くもって度し難いな、昔の私。
「ご、ごめんね? あの時はその、ちょっとその時特有の病気と言うか、カッコつけたいお年頃だったのよ……」
「ま、まぁ? わたくしにも覚えがないことも無いですし、それにちょっと遠回し過ぎました点もありますわ。もっとはっきりと聞くべきでしたのよ」
はっきり、というと、ずばりクラリッサのことが好きかどうか、ということだろうか。
流石にそこまで直球で聞かれたら厨二でごまかさないだろうし、多分その場合は、
「そうなってたら、もっと早く付き合っていたかもねぇ」
「そうですわ!! そうなっていたかもしれませんのに!! もうっ!!」
ぷりぷりとむくれるクラリッサだけど、やっぱりクラリッサは怒っているところが一番かわいいと思う。
「えと、許してもらえる?」
「仕方ありませんわね。許しますわ」
改めて許しを請う私を、クラリッサは許してくれた。これでようやっと私のアホな過去を完全に清算することができたというわけだ。
ほっと胸をなでおろす私を、クラリッサは優しいまなざしで見つめ、それから周りをぐるりと見渡した。
「それにしても懐かしいですわ――子供の頃からここでよく遊びましたわよね」
「そうだね、いろんなことして遊んだっけ」
かくれんぼとか鬼ごっことか――
「――お医者さんごっことかね~」
お医者さんごっこの話を出され、昔を懐かしんでいたクラリッサに一気に動揺が走る。
――今現在、場の主導権は完全にクラリッサにある。
だからここでそれを奪い返さねばならないのだ。懐かしさに気が緩んだ隙を見逃す手はない。
そのために選んだこのカード、こうかはばつぐんだ。
「そ、それはっ……そのっ、だ、だってっ子供でしたしっ!! そう言う事もありますわよっ!!」
いやいや? でもあのお医者さんごっこは、ちょ~っとえっちだったぞぉ?
ここぞとばかりに私は一気に畳みかける。
「え~でもクラリッサ、私の服をまくり上げて「こ、これは診察ですわっ」とか言いながら私の裸をあちこち触っていたよね? あれって今考えると――」
「わーーっ!! わーーっ!! ノーカン!! ノーカンですわ!! 子供の頃だからノーカン!!」
必死のノーカンコールをしながらクラリッサが更に慌てふためく。確かに子供の頃のことではあるけど、その手つきは少々どころじゃないくらい怪しかったような――
「クラリッサって子供の頃は結構ハレンチな子だったんだねぇ」
「はうっ……」
「そんなに私の体に触りたかったの?」
過去の自分のハレンチな振る舞いを思い出したのか、クラリッサは顔を真っ赤にしながら私にじりじりと壁まで追いつめられていく。
今この場の主導権は完全に私のものだった。
「ねぇ? どうなの?」
「あああっ……そ、それはっ……」
壁に背を付けたクラリッサに壁ドンの形でせまり、更にそのまな板に私の山を押し付け密着すると、山がむにゅりと変形した。
「あ、あ、あ……当たってますわっ……」
「当ててるんだよ」
壁に押し付けられた主人を、陰からこっそり写し絵――映像撮影用魔道具――で録画しているシンシアの気配がした。
うむ、面白いのでこのまま放置だ。
「で、どうなの? クラリッサ? クラリッサってハレンチな子だったの?」
追い詰められたクラリッサは目を左右にきょろきょろさせていたけど、ついに逆転の一手を思いついたような顔をした。
「ち……」
「ち?」
「――違いますわっ!! だってっ!! …………わたくしは、その時からアンリちゃんの子供が欲しいと思ってましたもの!!」
んんん?? そう来るのか。
「貴族が結婚相手と子供を作ることは、ぜんっぜんハレンチでもなんでもありませんわ!! むしろ当然ですの!」
「ほうほう、それで?」
「で、ですからっ……その、その当時のわたくしは、本気でアンリちゃんと結婚して、子供を作る気だったんですわ!! つ、つまりっ、結婚予定相手の体に触りたいと思うのは当たり前のことで……ま、全くハレンチなことじゃありませんの……!!」
一気にまくしたてたクラリッサは、ぜいぜいと荒い息をはく。
ぜんっぜん筋が通ってはいないけど、力技でそういうことにしてしまおうというクラリッサの意気込みは感じることができた。
でもすなわちそれは、私に更なる手番を渡すことを意味していた。
「そっかぁ、クラリッサって、子供の頃から私との赤ちゃんが欲しかったんだぁ」
「そ、そうですわっ……!!」
今更否定なんてできないクラリッサは肯定するしかない。たとえ子供の頃にそこまで考えていなくて、今理屈をこねてつじつま合わせをしたとしても、だ。
それはすなわち、これが真実となるという事である。
「じゃあ――望み通り、私の子供を産んでもらおっかな」
「ほぇ……?」
動揺しているところに不意打ちをされたクラリッサが間抜けな声をあげる。
この庭で改めて告白すると告げてはあったけれど、いきなりこう来るとは予想してなかったようだ。
「私の彼女になってよ、クラちゃん。そして私のお嫁さんになって、いっぱい子供を産んで欲しい」
「アンリちゃんっ――」
昔の呼び方で呼ばれたクラリッサが、私の腕の中で震える。その声は喜びに満ち溢れていた。
「返事は?」
「も、もちろんお受けいたしますわ!! ええ、もちろん! 喜んで、アンリちゃんのお嫁さんになりますわ!!」
「嫁はまだ早いよ。まずは彼女ね」
「そ、そうでしたわっ」
てへへと笑ったクラリッサは、しばらくもじもじとした後スッと目を閉じてきた。
「んっ……」
私はそれに応えて、私の彼女になったクラリッサと思い出の庭で口づけを交わすのだった――
「ところで――いつ百合子作りをいたしましょうかしら。今からなら卒業までに2人はできますけど……」
「いやいや!? まだ早いからね!? 少なくとも卒業が見えて来てからだよ!?」
すっかり気の早いクラリッサであった――




