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第60話 ウインウインってやつですね

「ここかぁ……なかなか雰囲気あるわね……」


 私達は肝試しの目的地である、森の奥の廃教会に到着していた。

 その教会の壁面にはツタが生い茂り、ガラスもあちこち割れている。時折聞こえてくるフクロウか何かよくわからない生き物の声が、余計に不気味さを増していた。


「でもユリティウスからそう離れてない森の中にこんな教会があるのね」

「相当古い教会らしいですよ~。新しい教会が街に建てられて、それで使われなくなったとか」

「へぇ~」


 シンシアが説明してくれたけど、聞いているのは私だけだった。

 他の3人はと言うと、もう恐怖でいっぱいいっぱいで私にしがみついたままだ。


「魔法とか、不思議なものは他にもいっぱいあるのに、そんなに幽霊(ゴースト)って怖いの?」

「だ、だって……幽霊は魔法とは全く違うんですのよっ……未知の部分の方が多いんですから怖いに決まってますわっ……」

「え、そうなの?」

「常識ですわっ!」


 なるほど、それは確かにちょっと怖いかも。


「死霊魔術と言われる系統では幽霊の制御ができる、という話もありますが、それは失われた魔法に分類されますからね~」

「失われた魔法……」

「まぁ正確にはほとんど研究する人もいない魔法と言いますか。死者に関わるものなんてろくなものは無いですし~」


 確かにそれはそうだけど……あれ、でもちょっと待って?


「いや、そもそもなんだけど、いわゆる幽霊ってホントにいるの?」

「いますよ? 当然じゃないですか」

「え」


 この世界、幽霊マジでいるのか。まぁ魔法があるんだしおかしくはないけど。


「とは言えここの幽霊はとにかく女の子が大好きで、友好的な幽霊らしいですけど」


 女の子が大好きな幽霊、それは私と気が合いそうだ。


「そんなわけでこの教会跡を選んだわけなんですよ。ここはユリティウスの生徒達もよく肝試しにくる、ほどよい恐怖が味わえるおすすめスポットとのことです」

「そうなんだ」


 程よいと言う割には、私達以外は恐怖で震えているけどね。


「そうですよ。ここの幽霊は悪さなんてしない、良い幽霊ばっかりんですから」

「幽霊にも良い悪いがあるの?」

「もちろんです。私達はただ女の子が好きなだけで、たま~にイタズラするくらいなんですよ? 肝試しに来る子達にも大好評なんですから」


 ……ん? 今の……誰?


「シンシア……?」

「私じゃありませんよ~」

「私です、わ・た・し」


 その声がした方を振り返ると……女の子が立っていた。

 それは透き通るような透明感のある美少女で……本当に半透明で、背景が透けていた。


「ぎゃーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

「でたぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!!」

「お嬢様ぁぁぁーーーーーーーーーっ!!!」


 私とシンシアを除いた3人が目の前の美少女を見て叫び、そのまま気絶した。


「あら、失礼ですねぇ。こんなに可愛い子を見て気絶するなんて」


 幽霊? の少女が腰に手を当てて不満そうな顔をする。


「えっ……? あの、ほ、ホントに幽霊なの……?」

「そうです。この森に住み着いている幽霊のマリアンヌです。よろしく~」


 自称幽霊のマリアンヌが、幽霊らしからぬあっけらかんとした感じで自己紹介をして、握手のためか手を差し出してきた。


「あ、私はアンリエッタ、この子はシンシアよ」


 こちらも自己紹介をして握手をしようと手を差し出すと、それはスルリとすり抜けて虚空を切ってしまった。


「うわっ……すり抜けた……!」

「そりゃそうですよ、私、幽霊ですし」


「引っかかった~」と言った感じで幽霊のマリアンヌはくすくすと笑う。

 ほ、ホントに幽霊なんだ……


「ふわ~、私、幽霊の半実体化した姿なんて初めて見ました」

「それはそうですね。私達はめったに人間の前に姿を見せませんし」

「え、じゃあなんで私達の前に現われたの?」

「それは……」


 マリアンヌが滑るようにスルスルと私に近づいてくる。


「あなたのせいですね」

「わ、私?」

「そうです。だってこんなにも膨大な魔力を持った、しかも可愛い子を見かけちゃったら直に見たいと思っても当然ですよ」


 そう言いながらマリアンヌは私の体を通り抜ける。特に不快ではなかったけど、ぞわっとした冷気のようなものを感じた。


「ん~凄い魔力ですね~たまりません……もっと触りたいですっ」

「え、えええ?」

「私達幽霊にとって、魔力の高い女の子に触るのはお酒を飲むようなものなんですよ。ご存じありませんでした?」

「え、もしかして魔力を吸ってるの?」


 それって悪霊って言うのでは? 退治したほうがいいのでは……


「いえ、違うらしいですよ~。あくまで魔力を持つ子に触ること自体が目的といいますか、触られても特に害はないそうです」

「はい。私達って特に何をしなくても生きて――いや、死んでるんですけど――存在していられるんですけど、それでも娯楽は必要ですから」

「つまり、女の子に触るのが趣味、と?」

「まぁ身もふたもない言い方をすればそうです」


 なんてえっちな存在なんだ。けしからん。


「なるほど、だからこの森に住みついているですね~」

「そうです。私達はここに来た子達をおどかして怖がらせてあげる、その代わりに触って楽しませてもらう、と言うわけです。ウインウインってやつですね」


 まぁお互いの利害が一致しているならそれでいいような気もするけど……


「ユリティウスの子達はみんな魔力が高いですから、それはもうとても美味しいです。可愛い子も多いですし」


 可愛い子が多いって言うのには同意する。

 そしてそれからしばらく私達はマリアンヌと世間話をしていたが――


「ところで……お願いがあるんですけど」


 マリアンヌがもじもじとしながらこちらをジッと見つめてきた。


「お願い?」

「はい、えっと……」


 幽霊のお願いと言うと、なんだろうか……。まさか、乗り移りたいとか? いやでもこの子いい幽霊って言ってたし……


「あ、あのっ……!!」


 ごくりと息をのむ。いざとなったら逃げだす用意もして身構えていると――


「…………わ、私とお友達になって欲しいんですっ!」

「……はい?」


 なかなかに予想外のお願いをされたのだった。


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