第57話 正式に付き合う約束を交わした
「~♪」
ミニスカメイド服姿のエメリアが、鼻歌混じりで部屋の掃除をしている。その首には私から贈られた首輪を付けていて、時折嬉しそうにそれを撫でていた。
「ねぇエメリア」
「なんですか? アンリエッタ」
エメリアがクルリと振り返ると、その拍子に大きく開いた胸元からのぞくたわわがユサッと揺れた。
「えっと、やっぱりその首輪、嬉しい?」
「はい、それはもう!」
力いっぱい肯定された。
この国にある、愛しい女性に首輪を贈ると言う風習……いまだに慣れないけど、とはいえエメリアが幸せそうだしまぁいっか。
「さっきもアンリエッタの手で付けてもらいましたし、こう、これを付けていると『ああ、私ってアンリエッタのものなんだな』って実感できるんです」
目を細めながら、うっとりと呟く。
エメリアは着替えた後私の前にちょこんと座って、「お願いします」と首輪を付けてくれるようおねだりしていたのだ。
まぁ確かに、首輪を付けてあげた時、「この子は私のものなんだ」って実感は私にもあったけど。
「そういえば、首輪って恋人同士で贈り合うってパターンもあるんだよね?」
「はい、そうですけど」
「じゃあ、エメリアも私に首輪を贈りたい?」
「いえ、そっちはぜんぜん。私的にはアンリエッタのものでいられることが幸せなので」
可愛いことを言ってくれる。
「おいでおいで」
「あ、はいっ……」
その可愛い私の彼女を手招きすると、トテトテと駆け寄ってきた。
「ここに座って」
私が椅子に座ったまま膝をポンポンと叩くと「わ、わかりました」と言いながら、おずおずと後ろ向きになって腰かけようとしてくる。
「ああ違う違う、正面を向いて座ってよ」
「え、あっ…………失礼いたしますっ……」
エメリアは足を開いて、私に抱きつくような形で私の膝の上に座ってくる。
「ほうら、捕まえたっ」
「あっ……」
細い腰に手を回して、ぎゅっと抱きしめる。
「アンリエッタ……」
「エメリア……」
じっと見つめ合っていた私達は、どちらからともなく目を閉じると、お互いの口を求めてゆっくりと顔を近づけていき――
「アンリ~いる~?」
――あと少しで唇が触れ合うところで、部屋をノックする音と声でピタリと止まった。
「えっと……」
椅子の上で抱き合ったまま、しばし固まる。
「アンリエッタ~いますの~?」
「アンリエッタ様~」
ルカとクラリッサ、それにシンシアが来たようだ。
「そういえば遊ぶ約束していたっけ」
「そ、そうでした……忘れてました」
そのままちょっとの間見つめ合った後、エメリアは恥ずかし気に私から降りて、「今開けますね~」と扉の方へ向かっていった。
あれ? なんかデジャヴのような…………あっ。
「あ、エメリア、首輪――」
だが遅かった。扉を開けた瞬間。
「ええええ!? え、エメリア!? それ、首輪!?」
「まぁ!! もう首輪を贈られていたんですのね!?」
「はわ~おめでとうございます~」
「あああああああぁぁぁ!?」
みんなの驚く声が聞こえてきた。
そしてエメリアはドタドタと急いで部屋に戻ってくると、大慌てで首にスカーフを巻いていく。
「い、いやぁ~ごめんね? お取込み中だった?」
ルカ達がなんか申し訳なさそうな顔をして部屋に入ってくる。
「い、いいのよ。部屋の掃除してもらっていたところだから」
「へぇ~そうなんですか~」
顔を真っ赤にしているエメリアと私を見比べていたシンシアが、ニコニコとなんでもお見通しといった顔で笑う。
「し、失礼しました……っ」
首にスカーフを巻き終えたエメリアが、まだ赤みが抜けない顔でぺこりと頭を下げる。
首輪と言うのは恋人同士だけで見せるものらしく、首輪を付けているのを他人に見せるのはマナー違反になるらしい。
「いやいや、いいっていいって。それより首輪かぁ~いいなぁ~いいなぁ~~」
ルカが心底羨ましそうな顔でエメリアの周りを回る。
「やっぱりルカも欲しいの? 首輪」
「そりゃそうでしょ!! 女の子なら好きな子から首輪を贈られたいって思うもんだよ!!」
やっぱり変わった風習だ……誰が始めたんだこれ。
「へ~ルカさんはそっち派なんですね~」
シンシアが意外そうな顔をする。
確かにルカってボーイッシュっていうか、そんな感じがするけど、でも時折見せる乙女な感じからするとそっちでも不思議じゃないのかもしれない。
「わたくしはやっぱり贈りたい派ですわね」
「あ、うん、クラリッサはそうだろうなって思ってた」
「そうですね」「だね」「ですね~」
みんなが一斉に同意する。
「え、なんですの。そのリアクション」
「いやだって……ねぇ?」
どう見てもそっち派だし。
「ところで、クラリッサはシンシアに首輪贈ったの?」
「え!? い、いえ、まだですわよ!?」
「まだってことは、渡す予定はあるんだ? へぇ~」
「あっ……!?」
私から突っ込まれると、クラリッサがやられた、と言う顔をする。
「お嬢様からの首輪なら喜んでいただきますよ~」
「あ~も~ご馳走様っ。ねぇアンリ~。付き合ったら私にも頂戴ね?」
ルカが私に近づいておねだりをしてくる。
「え、いいけど」
「やったぁ!! どんなの贈ってもらおうかな~」
ぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。そんなに欲しいんだ、やっぱり。
「わたくしは先祖伝来の首輪がありますから、それをわたくしに付けていただきますわ」
先祖伝来。
どんだけ昔からあるんだこの風習。
「あれ? でも贈りたい派なのでは?」
「それはそれですわ。贈りたいですけど、贈られたくないわけじゃありませんもの」
「じゃあお互いに贈り合うってこと?」
「そうなりますわね」
つまりお互いが自分のものって意思を伝えるわけか。なるほど。
「あ、わたしにも下さいね。アンリエッタ様」
「え、あ、うん」
私がシンシアの申し出に頷くと、ルカが驚いた顔をする。
「え!? シンシアも、その、嫁候補なの!?」
「だって、私、お嬢様の嫁になるんですから、当然私のことも貰って頂かないと困りますし~」
「あ、確かに……それもそうだね」
ルカが頷く。やっぱり結婚の予定がある2人は、両方とも嫁に貰うのが当たり前なのね。
「それで、シンシアともカノ友になったんですよ。ね~」
「ね~」
シンシアとエメリアが仲良く声を合わせる。正確にはまだクラリッサともシンシアとも付き合ってないからカノ友予定、だけど。
「そっかぁ、じゃあここにいる全員がアンリの彼女と、カノ友になるわけだ」
「そうなりますわね」
「現時点で彼女は私だけですけどね」
エメリアがふんす!と胸を張る。
「だよね~。あ~早く彼女になりたい~」
「も、もうちょっと待ってね」
エメリアの初カノ期間が開けたら、この子達みんなが私の彼女になると言うことか……幸せ過ぎる。
「えっと、結婚を前提としたお付き合いってことでいいんだよね、みんな」
「私は初めからそのつもりでしたし」
「もちろん!! あ、私、子供はヤキューチームが作れるくらい欲しいな」
「し、仕方ありませんわね……!! それでよろしくてよ!!」
「私も構いませんよ~。お嬢様共々幸せにしてくださいね~」
こうして本日、私達は正式に付き合う約束を交わしたのだった――




