第56話 カノ友
「う、ううっ……怖いですわっ」
「大丈夫だよ。すぐに気持ち良くなるから」
「そうですよ、クラリッサ様、私も初めのうちは怖かったですけど、それでも凄く気持ちいいことなんだってすぐ分かりましたから」
クラリッサは私達に挟まれて、それでもためらっている。
「そ、そうは言いますけどっ……でもわたくし、こういうの慣れてなくて……」
「だから最初は慣らすためにちょっとだけだから、ね?」
「頑張りましょう! クラリッサ様っ!」
「……わ、わかりましたわっ……ちょっとだけですわよっ」
「よし、じゃあ……やってみようかっ」
私達2人がそっと肩に手を当てる。それで勇気をもらったのか、クラリッサが頷く。
「ではっ……いきますわっ……!!」
――ちゃぷっ。
覚悟を決めたクラリッサが――水に顔を付けた。
そう、今私達はクラリッサが泳げるようになるために、練習をしているところだったのだ。
「………………ぷはぁっ!!」
「おお~できるじゃない」
「頑張りましたね! クラリッサ様!」
「で、出来ましたわっ……!!」
水から顔をあげたクラリッサが飛び跳ねる。水泳帽に髪を入れたその顔はとても嬉しそうだ。
「どう? 気持ちいいでしょ?」
「どうでしょう……これだけじゃわかりませんわ」
「まぁ確かに、水に顔を付けただけですからね。やっぱり泳がないと気持ちよさはわからないかもです」
それもそうだ。でも水に顔を付けるのもこんなに怖がるなんて、普段どうやって顔を洗っているんだろう。
「それはもちろん、シンシアがおしぼりで洗ってくれてますわ」
尋ねたら案の定な答えが返ってきた。顔まで洗ってもらっているとは、本当に筋金入りのお嬢様なんだなぁ。
いや、お嬢様でも顔くらい自分で洗うと思うけど。
「じゃあ、顔を付けるのはできたから、あとは慣れないとね、もうちょっと繰り返してみよっか」
それからしばらく時間を使って、どうにか水への恐怖心はやわらいできたようだった。
「慣れてみると、あんまり怖くありませんわね」
「でしょ? これで、自分で顔も洗えるようになるね」
「それとこれとは話が違いますわ」
さいですか。シンシアにして貰うのがいいのね。
「じゃ、じゃあ次は手を持ってあげるから、バタ足の練習をしてみようか」
気を取り直して練習を続けようとすると、
「あ、お嬢様、ここは私が……」
すっとエメリアが前に出てきた。
「そうですわね、まだ手を握ったりするのはいけませんわね」
「す、すみません」
「いいんですわよ。初カノなんですから。この期間は、アンリエッタはあなただけの彼女ですわ」
クラリッサが差し出されたエメリアの手を掴む。
「じゃあ、お願いしますわね」
「はいっ。お任せあれ」
そのまま、私の彼女と彼女(仮)がちゃぷちゃぷとバタ足をしている。
そしてしばらくすると、その(仮)の方がおずおずとエメリアに話しかけた。
「あ、あのですわね……わたくし、エメリアに言わないといけないことがあるんですけど……」
「あ、はい、お嬢様から聞いてますので……彼女になる約束をしたんですよね?」
「き、聞いてたんですの!? で、でも誓って変なことはしていませんわよ!?」
「わかってますよ、クラリッサ様のそういう律儀なところ、私も信用してますし、好きですから」
褒められたクラリッサが照れくさそうな顔をしながら足をパチャパチャとさせる。
「じゃ、じゃあ、わたくし達はしばらくしたらアンリエッタの彼女友達、ってことになりますわね」
「そうなりますね、よろしくお願いします。クラリッサ様っ」
「彼女友達?」
聞きなれない言葉なんだけど。まぁ何となく意味合いはわかるけどさ。
「ああ、アンリエッタ、記憶が無いんでしたっけ。彼女友達っていうのは、文字通り同じ女の子の彼女になった子同士、のことですわ」
「略してカノ友、です」
カノ友、なるほど。複数の女の子と付き合うのが当たり前のこの世界ならではの言葉だ。
「でも、そのカノ友って、ケンカとかになったりしないの? ほら、彼女を取り合ったりして」
普通はそうなると思うんだけど。
「そういうのも無くはないそうですけど、基本的にはカノ友は仲良くするのが普通ですよ?」
「そうですわね、将来的には妻同士になることが多いんですから、仲良くするのは当然ですわ」
そういうものなのか。そもそもの考え方が違うと言うか、ハーレムを作るための土壌ががっつり出来上がっているのね。
「ところで、エメリアはアンリちゃんの子供を何人くらい欲しいと思ってますの?」
あっけらかんとした口調でクラリッサがエメリアに質問した。
いきなりそういうこと聞く!? でも貴族的にはその辺普通なんだろうか。
「私は……お嬢様が望むなら何人でも」
頬を染めながら私の方をちらりと見てくる。可愛い。これが私の嫁なんて最高なのでは?
「あら、奇遇ですわね、わたくしもそうですの。まぁ最初の子供は実家の跡取りにしなくちゃいけないんですけど」
「あ~確かにそうですよね。……あ、でもそういえばシンシアのことはどうするんですか? シンシアもクラリッサ様との子供を欲しがってましたけど」
そういえばそうだった。私的にはシンシアも嫁にしたいんだけど。
「そうですわね……ええ、もちろん、シンシアとも結婚したいですわ。いいですわよね? アンリちゃん?」
「え? あ、それはもちろん」
クラリッサもシンシアを嫁にする決意を固めたということか。あれ? でもそうなると……
「じゃあ、シンシアのことも貰っていただきますわね。大丈夫ですわ、シンシアもアンリちゃんのこと大好きですし」
そうなるのよね。クラリッサとシンシアが結婚する以上、その片方だけを嫁にするのは道理に反するから、必然的にシンシアも私の嫁になるというわけだ。
「順番的には、わたくしとアンリちゃん、アンリちゃんとシンシアが結婚した後で、わたくしとシンシアが結婚いたしますわ。それでいいですわよね?」
「うん、それでいいけど」
改めて考えると家系図とかぐちゃぐちゃになりそう。この辺どうしてるんだろう?
「あ……でも悪いんですけど、シンシアが最初に子供を作るのはわたくし相手でいいかしら? あの子もそれを望んでるでしょうし」
「それは勿論」
そうなるだろう。シンシアはずっとクラリッサと一緒にいたわけだし。想いを遂げさせてあげたい。
「ということは、シンシアと私もカノ友になるんですね?」
エメリアが本当に嬉しそうな顔をする。確かにエメリアがタメ口になる数少ない相手だしね。
「そうですわね。良かったですわね、エメリア? あなたはシンシアとも仲良しですもんね」
「はい! シンシアともカノ友になれるなんて、クラリッサ様に感謝ですね」
エメリアが嬉しそうで何よりだ。
しかし私達は炎天下のプールで、何をこんな生々しい話をしているんだろうか。
「じゃあ、シンシア共々、しばらくしたらカノ友としてよろしくお願いいたしますわ、エメリア」
「はいっ! こちらこそよろしくお願いしたしますねっ。クラリッサ様っ」
まぁ2人が楽しそうだしいっかぁ。
そんなこんなで水泳の練習をしている間中、私達は色恋話に華を咲かせたのだった――




