第55話 スク水かぁ、いい名前だねぇ
「いやぁ~やっぱりデザインしたかいがあったなぁ……」
私は近くを歩くエメリアに聞かれないように1人ポソリと呟く。
「お嬢様、何かおっしゃいました?」
「ううん、何でもないよ。それよりそれ、似合ってるね」
「や、やぁっ……あまり見ないでくださいっ……」
エメリアは手で胸を覆い隠そうとするけど、手なんかで覆い隠せるほどエメリアのお胸は小さくなく、紺色の水着に包まれたたわわがゆさりと揺れる。
「アンリエッタ、何ゆっくり歩いてますの? 遅れますわよ」
「早く行こうよ~。今日は暑いし、絶対気持ちいいよ~」
後ろから小走りで駆け寄ってきたクラリッサとルカが声をかけてくる。
今は魔法スポーツの授業で、水泳をするため更衣室で着替えてプールに向かっている最中だった。
「2人ともその水着なんだね」
「そりゃそうでしょ。この水着を見たらもうあんなダサいの着れないよ」
「ですわねぇ、この『スクール水着』でしたっけ? これ地味っぽいけどとっても可愛いですもの」
スポーツにより引き締まった体のルカと、胸の大きさ以外は完璧なプロポーションをしているクラリッサ。
その2人がスク水を着ているなんて、なんと素晴らしいのだろう。
私が仕立屋のモニカに頼んで広めてもらった、異世界デザインである『スクール水着』はあっという間に既存の水着を駆逐していった。
ここまで一気に流行るとは予想外だったけど、まぁ以前の水着のダサさを考えたらそらそうよねと言う気もする。
売れに売れてしょうがない、もう作るはしから売れていく、と言う嬉しい悲鳴がモニカから届いている。商売繁盛なようで何よりだ。
「クラスのほとんどの子がこのスクール水着だったよね」
「略してスク水、って言うらしいですわ」
「スク水かぁ、いい名前だねぇ」
話しながらも、小走りでプールへと向かう。その際エメリアのは大いに揺れていたけど、クラリッサとルカのは全然揺れていなかったのである。
プールサイドに着くとスク水っ子がずらりと並んでいて、これがあの激ダサ水着じゃなくてよかったと心底ほっとした。
「あ、来た来た。これで全員かな?」
「……おうふ」
体育の先生であるテッサ先生も――スク水姿だった。そういえばスク水が若い子が着るものだってモニカに言ってなかった気がする。
ま、まぁ大人の女性のスク水姿ってのも、斬新すぎるけどいいものよね、うん。
「あ、せんせーもスク水なんですね」
「そりゃねぇ、アレに比べたらこっちのほうが100万倍は可愛いから。まぁビキニってのもあったんだけど、流石に……ね」
ありゃ、そっちはまだ受け入れられていないんだろうか。
「ビキニはだめでしたか?」
「いや、ダメってことは無くて、むしろエロかわの素晴らしいデザインだと思うよ。アリーゼとも色違いでお揃いのを買っちゃったし」
ただねぇ、と先生が頭をかく。
「プライベートのビーチとかならともかく、学校でははっちゃけすぎかなって」
……先生くらいの年だとある意味スク水の方がはっちゃけてるんだけど、それは言わないでおこう。
知らないほうがいいことも世の中にはあるのだ。
「さて、それじゃあ授業を始めよっか。とはいっても水泳の授業初めてだけど、この中で泳げない子はいる?」
先生の質問に、エメリアとクラリッサがおずおずと手を上げる。
「えええ? クラリッサ泳げなかったの!?」
「し、仕方ないでしょう!? 泳げないものは泳げないんですの!!」
ルカが驚いている。私も驚いたけど。
運動神経抜群だと思っていただけに意外だ……まぁエメリアが泳げないのは領地の池で遊んだときにわかっていたけど。
「ん~。魔力を遣えば水中で呼吸もできるし、自由自在に動けると言えばそうなんだけど、いざって時に危ないから教えてあげないといけないね」
先生が言うと、そこで間髪入れずにエメリアとクラリッサが手を上げる。
「じゃあ私、お嬢様に教えていただきたいですっ!」
「わ、わたくしもっ!」
「そう? 私が教えようと思ってたんだけど……じゃあ悪いけどそういうことでいいかな? アンリエッタ」
「あ、はい、わかりました」
先生から頼まれ、私は他の子達から離れて2人に泳ぎ方から教えていくことになった。
他の子達と差が付かないように、先生も泳げる子達に特に何も言わず自由に泳がせている。魔法を使うのは次の授業からのようだ。
「さて、それじゃあ……クラリッサってどれくらい泳げるの?」
エメリアが2メートルくらいしか泳げないのは知ってる。これでも池で特訓して、なんとかここまで泳げるようにはなったんだけど。
「……ですわっ」
「え? なに? 聞こえないんだけど」
「…………水に顔が付けられないんですわっ!!」
「お、おう、それはまた……」
これは本気で泳げないってやつみたいだ。教えがいがあるけど。
「し、仕方ないんですわっ!! だって怖いものは怖いんですものっ!」
「だ、大丈夫ですよ! クラリッサ様! わたくしもこの夏まで同レベルでしたしっ」
そう言えばそうだった。エメリアも全然水に顔もつけられなくてそこから教えたんだった。
「シンシアとかと泳がなかったの?」
「水遊びとかはしましたけど、波打ち際でぱちゃぱちゃ遊ぶだけでしたし……あの子もあんまり泳ぐの得意じゃありませんもの」
まあ確かにあんな浮き輪付けてたら泳ぐのは苦手だろう。だからエメリアも苦手なんだろうか。でもだとしたらクラリッサが苦手なのは何故……?
「ちょっと、何ですの? その視線は」
クラリッサとエメリアの大きさを見比べていると、クラリッサからジトリとにらまれた。
「お嬢様のえっちっ……」
エメリアはエメリアで、恥ずかし気にもじもじしてる。
いや、だって、エメリアくらいのサイズを持つ子がスク水着ていたらそれは見るでしょ。見るしかないでしょ。
「じゃ、じゃあ、とりあえず練習しよっか、2人共水に顔付けるところからね」
そうして私は、2人が泳ぐための練習を基礎から開始したのだった――




