第52話 彼女になってあげてもよろしくてよ……!!
「えっと、つまりあれですの? わたくし、振られたわけじゃなかったってことですの?」
さっきまで怒りを爆発させて、私の胸をぽかぽかと叩いていたクラリッサだけど、必死になだめたおかげで今はだいぶ落ち着いたようだった。
叩かれてても全然痛くなくて、むしろ可愛くさえあったけど。
「まぁ、うん、そういうことになるのかな」
「わたくしの早とちりでしたのね……」
いやまぁ早とちりと言うかなんというか……
クラリッサが探りを入れてきたことに気付かないで、厨二バリバリだった昔の私がやらかしてしまっただけなんだけど。
昔の私はクラリッサを振っていなかったし、クラリッサが振られたと思っているのも知らなかったと、いうのが真相だった。なんてこったい。
「いや、クラリッサは悪くないから、悪いのは私だから……」
正確には昔の私だけど、それもまた私であるわけだし。
「そんな気もいたしますわね……」
ベッドに並んで腰かけているクラリッサがジトっとした目で見てくる。
やめてぇぇぇ。記憶には無かったけど反省してるんだから。
「だいたい何ですの? 女の子好きじゃないとか言いながら、実は女の子の姿絵集めてたとか……し、しかもわたくしに似た子のなんて……は、ハレンチですわっ」
「い、いやぁそれはね、ははは……」
なだめるときについうっかり口を滑らして、そのことを喋ってしまっていたのだ。
何かジト目に熱っぽい感じが加わってるような気がする。
「そ、それでその、わたくしに似た姿絵を集めていたという事は、そういうことでよろしいんですよね?」
「そういうこと?」
「で、ですからっ……」
隣に座ったクラリッサがモジモジと手を合わせる。とても可愛い。
「昔のわたくし達って……両想いだったってことでいいんですわよね?」
「うん、そうだと思う」
とは言え姿絵の量は圧倒的にエメリア似の子が多くて、集めていた百合小説もメイドものばっかりだったけど、それは言わぬが花と言う物だろう。
「嬉しいですわっ……わたくし、振られてもなかったですし、お互い大好きなままだったんですわね?」
「ふぇ?」
「違いますの?」
じっとクラリッサが見つめてくる。その澄んだ瞳に私が映っているのがわかる。
「わたくしは、振られたと思ってからもずっとずっと好きでしたわ。流石に、ちょっとその、辛くてそれから会えなかったわけなんですけど」
すっ、と距離を詰めてきた。もう今にも肩が触れ合いそうほどの距離しかない。
「え、ええっと……」
何かクラリッサ、急にデレてきたんですけど!? これはあれなの? 誤解が解けたから一気に反転したとかそういうのなの!?
「アンリちゃんがユリティウスに行くと聞いて、必死で勉強しましたわ。たとえ振られていても、ここで違う学校に行ったらまた会えなくなってしまうと思いましたし……」
「クラちゃん……」
本当にこの子は一途に私のことを想ってくれていたのだと実感する。
――でもそうなると、もう1つ伝えなくてはいけないことがある。
「それなんだけど……実は……」
私はかいつまんで、記憶を無くしていて今その治療中であることを話した。
「はぁぁぁぁぁ!?」
「ま、まぁそういうわけで、クラリッサの記憶を思い出したらこういう真相だったから伝えなきゃと思ったわけで……それまで好きだったかも、ちょっとよくわからなくて……多分好きだったとは思うんだけどね」
「そ、そうでしたの……なんか道理で少し変だなとは思いましたけど……」
思ったより冷静に受け止められた。まぁ治療中だって伝えてあるしね。
「それで、大丈夫ですの?」
「うん、まぁ色々不便だけど、若返り薬があれば記憶は取り戻していけそうだし」
「それは何よりですわ。これからは、わたくしも手伝ってあげますから。大船に乗ったつもりでいるといいですわ」
無い胸をえへんと張った。ほんとに胸以外は完璧なんだよなぁ。まぁそれもまたいいものなんだけれど。
「いいの?」
「だって、わたくし達だけの思い出はエメリアでは補完できませんものね」
ふふっと何か勝ち誇ったように笑う。
それは確かにそうか。いつもエメリアとだけ遊んでいたわけじゃないし。
「それに、好きな人には力になりたいと思うものですわ」
「て、照れるんだけど……」
もうデレっデレである。破壊力が凄い。
「ああもうっ……アンリエッタが初カノ期間中でなかったら……」
「なかったら?」
クラリッサがちらりとベッドに視線を送る。
「……す、少しくらいなら、ハレンチなことをさせてあげてもよろしかったんですのに……」
やばい。クラっとした。
目の前には絶世の美少女、部屋に2人っきりでベッドに腰かけているというシチュ、しかも少しくらいならハレンチをしてもいいなんて言われたら。
「く、クラちゃんっ……」
「あ、だ、ダメですわっ!!」
ぎゅっと手を握ったら、もう片方の手で制止された。
「これくらいもダメなの?」
「ダメっ! こうして2人っきりで話してるのもホントはアレなんですのよ? それくらい初カノの権利と言うのは強いんですわ」
そういうものなのか、確かに先生とかも諦めたしなぁ。
「ですからっ、初カノ期間が明けたら、そのっ……」
そっと私の手にクラリッサが手を添えて、じっと見つめてきた。これは、つまり。
「ハレンチなことをしよう、と?」
「ち、ち、ち、違いますわっっっ!!」
「いやでも今さっき……」
ハレンチなことをしてもいいと言ったじゃないか。少し、と注釈が付いてはいたけど。
「か」
「か?」
「か、彼女になってあげてもよろしくてよ……!! ということですわ!!」
「彼女……!!」
「どうなんですの……?」
勢いで告白したみたいな形になったクラリッサが不安げに聞いてくる。
「それはもちろん……!! ぜひ私の彼女になってよ!!」
「……お願いします、は?」
じっと上目遣いで見つめてきた。
こういうおねだりがクラリッサらしくて実にいい。ここは乗ってあげよう。
「お願いしますっ。私の彼女になってください」
「ま、まぁ仕方ありませんわね……! そこまで言うんだったら彼女になってあげてもよろしくてよ! 光栄に思うといいですわっ」
ふんす、と嬉しそうに胸を張る姿は今までで一番魅力的だった。
「あ、でも私エメリアと付き合ってるし、他にも大勢彼女を作る予定だけどそれはいいの?」
「それは勿論構いませんわ。大貴族で、しかもアンリちゃんくらいの大魔力を持った子なんですから、子供をいっぱい残すことも使命ですわよ」
「こ、子供かぁ」
改めて言われてもいまだに慣れない。けど実に素晴らしい。
「わたくしの家を継がせる子も含めて、最低でも2人は子供が欲しいですわ……アンリちゃんは私との子供、何人欲しいんですの? 望むだけ産んで差し上げますわっ」
「の、望むだけ……!? え、えっと、そうだなぁ……」
それから私達はしばらくの間、思い出の空白を埋めるように語り合ったのだった――




