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第51話 アンリちゃんのバカっ

「ふぅ……ふぅ……」

「お嬢様、落ち着きましたか?」

「え、ええ、なんとかね……」


 ひどい目にあった。何で記憶にない不発弾の大爆発を食らわないといけないんだ。かなりイタい子だったぞ、昔の私……


「まぁあれだよ。高い魔力を持った子はそれだけ自分が特別って思うもんだし、それくらいの年頃ならよくあるよくある」


 珍しく教師らしいフォローをしてくれたけど、逆につらい。


「で、どう? 上手くいった? 体の方は若干縮んでるみたいだけど」

「そうですね、成功したみたいです」


 まずいきなり飛び込んできたアレな記憶せいでのたうち回ったけど、だいぶ落ち着いてきたので改めて記憶を探る。


「しかしこの薬、やっぱり面白いですね。随分前の記憶のはずなのに、まるで昨日の晩ご飯の献立を思い出すみたいに思い出せます」

「でしょ~? この薬の開発には相当な時間と経費がかけられたって話だからね」

「でもやっぱり記憶障害の治療のため、じゃないですよね」


 そうほいほい記憶障害になる人もいないだろうし、記憶が戻るもの副産物みたいなものだろう。

 となるとやはりこの薬の使用目的って……


「当然違うね。若いころのように恋人と熱い一夜を過ごしたいって思うお金持ちは大勢いたってことだよ。それはもうドバドバ開発資金が集まったって話だね」


 ですよねー。そうだと思った。


「お、お盛んですねぇ」


 エメリアが何か想像しているのか、くねくね身をよじっている。やっぱりこの子の頭はだいぶピンク色だ。


「さて、クラリッサとの記憶は……」


 くねくねしているエメリアをそっとしておいたまま、意識を集中して記憶を辿る。

 すると以前はどうやっても思い出せなかった記憶が、はっきりと思い出せた。


「あ~なるほど……こういうことだったのか……」

「お嬢様?」

「ごめんね、エメリア。ちょっとクラリッサのとこ行ってくる」

「あ、はい、わかりました」


 やや真剣な私の口調から察したのか、エメリアが頷く。


「で、でもっ、まだ初カノ期間中ですからねっ。忘れないでくださいよ?」

「わかってるって」


 謝りに行くだけだし。昔の私のやらかしを。


「先生、ありがとうございました。おかげで思い出せました」

「それは良かった。私も貴重なサンプルが取れてホクホクだよ」

「それでなんですけど、私ってまだほとんど記憶が無い状態でして、またこの薬を使わせてもらってもいいですか?」


 まだまだ虫食い状態と言うか、むしろ思い出した部分の方が少ないし。


「それはもちろん。ただし、私が見ていることが条件だよ。この薬は使い方を誤ると結構危険だから」

「わかりました」


 私は改めて先生にお礼を言うと、クラリッサの部屋へと向かっていった。



「クラリッサ~いる~?」


 部屋の扉をノックすると間を置かずに扉が開いて、メイドのシンシアが顔を出した。


「あれ? アンリエッタ様? どうしたんですか?」

「いやちょっとね、あ、シンシアその恰好……」

「これですか? 最近は結構この恰好でご奉仕させて頂いてますね~」


 シンシアは、大きく胸元が開いたミニスカメイド服姿だった。もうミニスカがメイド業界にもかなり浸透してきているようだ。


「クラリッサの趣味なの?」

「どちらかというと私の趣味ですね。これを着ているとお嬢様が『ハレンチですわっ』とか言いつつチラチラ見てくるのが楽しくて~」


 シンシアがクスクスと笑う。相変わらずいい趣味をしているメイドだ。


「お嬢様の前で屈んだりすると、もう食い入るように見てくるんですよ~」


 いやそりゃそんなお胸をした子が目の前で屈んだら誰だって見るわい。私だって見る。


「あ~、ところで、クラリッサいる?」

「いらっしゃいますよ。少々お待ちください」


 トテトテと部屋の中に戻っていくと、すぐに帰ってきた。


「どうぞ、お入りください」

「お邪魔します」


 部屋に入ると、甘い柑橘系の匂いがした。薬で思い出したけど、そういえばこういう香りが好きだったんだっけ。


「どうしましたの? アンリエッタ」

「ん? いやちょっと用があってね」


 ベッドに腰かけたクラリッサが尋ねてくる。


「と言いますか……何か縮んでません? わたくしの気のせいかしら?」

「き、気のせいじゃないかなぁ?」


 鋭い。身長自体は縮む前とあまり変わっていなくて、胸はかなりしぼんだから詰め物をしてあるんだけど、そのわずかの差を見抜いてきた。これが愛か。


「で、話って何ですの?」

「えっと……ね、ちょっと確認したいことがあるんだけど……」


 ちらとシンシアの方を見る。


「あ、私ちょっと用事を思い出しました。1時間くらいは戻りませんのでごゆっくり~」


 ニンマリと笑って部屋から出ていった。いや、何か別のことだと考えてない?


「な、何事ですの……」


 部屋に2人っきりにされ、クラリッサがにわかにそわそわしだす。その落ち着かない手がシーツを掴んで、足もモジモジと動いている。


「えっとさ」

「は、はい……」


 切り出しにくてしばらく言いよどんでいると、ベッドに腰かけるよう促された。

 それからしばらく、ベッドに2人並んで座って黙ったまま時間が過ぎたけれど、覚悟を決めて切り出す。


「入学から2年前の、バラ園でのことなんだけど……」


 それを聞いた途端、クラリッサが体を固くする。

 それはそうだろう。何せクラリッサが私に振られた、と思っている時のことなのだ。


「そ、それが……どうしたんですの……何で今更……」

「え、えっと、何と言ったらいいものか……」


 思い出した真相がなかなかアレだったので、なかなか言い出せずにいるとクラリッサが肩を震わせた。


「思い出さないようにしてましたのに……ひどいですわっ……」


 スカートを掴む腕も震え、そして。


「クラリッサ……」


 クラリッサの手の甲に涙が落ちた。


「わたくしがアンリちゃんに振られた時のことなんて、何で今更言いますの……?」


 潤んだ眼で見つめられる。うわぁぁぁ罪悪感があぁぁ。


「あんなに仲が良かったのに、それなのにっ……」

「い、いや、だからね……?」

「アンリちゃんのバカっ……」


 だから違うんだってぇ!!


「それは違うの!! 誤解なの!!」

「誤解? 何が誤解ですの? あの時アンリちゃんははっきりと『私、女の子とか好きじゃないし、恋とかよくわかんないから』って言いましたわ!」


 で、それをクラリッサはエメリアに話して、それで私がクラリッサを振ったと思っていたのか。

 あああああ……だからそれは、その、だいぶ尖っていたころでしてね?


「で、でもさ、クラリッサ、それ、私に直接告白したわけじゃないよね?」

「え? いや、確かにそうですけど……」


 私のその時の記憶では、私をかなり意識していたっぽいクラリッサが私に色々と探りを入れていたみたいなのだ。

 それもまぁこうやって振り返って見て初めて分かったから、当時の私にわかるはずもなかったんだけど。


 つまり、私が女の子を好きな女の子かどうか、自分に脈があるかどうかを探っていた時に、『女の子なんて好きじゃない』なんて聞かされてしまったわけだ。

 それは傷ついただろう。振られたと言うか、脈が無いと思っても仕方ない。


 それでも私を追って同じ学校に来てくれたのには、愛されてるなぁと思う。そこまで想ってくれて、感謝しかない。


「私、その時に『女の子好きじゃない』って言ってたけど……どう? 今の私を見てもそう思う?」

「そ、それは……思いませんけど……むしろ女の子大好きっぽいですわ」

「でしょ!?」

嗜好(しこう)が変わったんですの?」

「いやそうじゃなくて……」

「じゃ、じゃあなんであの時あんなことを言ったんですの……?」


 泣き止んだには泣き止んだけど、まだ感情はかなり高ぶっているようだ。


「それは……その……つまり、何というかね……」

「何なんですの!? はっきり言って欲しいですわ!!」

「え、えっと、その……」


 深呼吸を1つして、覚悟を決める。


「その時の私……若いころ特有の病気にかかっていたの!!」

「……は?」


 クラリッサが目を丸くする。


「ほ、ほら、クラリッサにも覚えがない? こう、なんか無性に突っ張っちゃうお年頃的なとき、あるじゃない? 何と言うかさ、こう、私って特別!! みたいな」

「え、ええと……いや、多少は覚えがありますけど…………ま、まさか……」


 ピンと来るものがあったのか、クラリッサの表情がみるみる変わっていく。


「……うん、そのまさかなんだよね」


 当時から女の子が大好きだったにもかかわらず、厨二特有のバリバリに突っ張っていた時期の私がやらかしてしまったというわけなのだ。


「はぁぁぁぁぁぁ!?」

「ごめん!! 謝らなきゃと思ってたんだけど!!」


 思ってたわけじゃなくて今まで忘れてたんだけどね。


「え、と、つまり何ですの? 私が振られたと思ったときから、アンリちゃんは女の子のことを……」

「好きです、大好き、今も昔も女の子大好き。で、そのころからクラリッサのことも好きだったよ」


 多分だけど。クラリッサに似た女の子の姿絵とか発見したし。


「………………」


 それを聞いたクラリッサが沈黙したまま、またしても震えている。


「あ、あの、クラちゃん……?」

「あ」

「あ?」

「アンリちゃんのぉ………………ばかぁぁぁぁぁっ!!!!!」


 実に3年近くに及ぶ、貯まりに貯まったクラリッサの想いから出た叫び声が部屋中はおろか廊下にまで響き渡ったのだった――



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