第50話 追い打ちやめれぇ!!
「先生、ちょっとよろしいでしょうか」
私は魔法薬学の授業の後、エメリアと一緒に先生に話しかけた。
目的はもちろん若返り薬で、若返り薬にはその戻った年齢辺りの記憶を呼び戻す効果もあるからである。
「どうしたの? 今日の授業で分からないことでもあった?」
「いえ、それは特にないんですけど」
ちなみに今日の授業は背を伸ばす薬の調合だった。
若返り薬に比べたらかなりマシな部類の薬かと思ったら、いきなり身長が3メートルくらいになって教室中大騒ぎであった。
「ちょっと内密の話がありまして、お時間頂けないかなと」
「ん? いいけど。じゃあそこの準備室でいい?」
先生に促されて私達3人は準備室に移ってソファーに座る。
「で、話って何? 内密ってことはあんまり知られたくないことかな?」
「ええ、知られたくないと言いますか、あまり人に言う事でもないので」
記憶を失っているなんて広めてもいいことは無いからね。
「単刀直入に言いますと、若返り薬を使いたいんです」
「若返り薬を?」
予想外の内容だったのか、先生は不思議そうに首をひねった。でも私達2人を交互に見比べるとやがて合点がいったように手を叩く。
「ああ、なるほどそういうことか。いやぁ若いっていいねぇ」
「え? いや何のことですか?」
「いやいや、いいんだよ、ウンウン。まぁねぇそれはたまには違ったシチュエーションでしたくなるってのが人情だよねぇ」
んんん? 何を言っているんだろう。
「これも安いモノじゃないんだけど、いいよいいよ。協力しようじゃないか。アンリエッタは成績もいいけど、こっちもいい趣味してるねぇ」
なんか先生がやたらニヤニヤとして、ポンポンと私の肩を叩いてきてるんだけど、何なんだろう。
「あっ……!!」
エメリアが何かに気が付いたような顔をした後、急に顔を赤くしてうつむいてしまった。
「どうしたの?」
「いえ、その、な、何と言いますか……」
「この薬をそういう目的で使う人も多いって言うからね。で、どうする? 効果時間は一時間もあれば十分かな?」
「1時間? いえ、そんないらないんですけど。5分……いえ、3分もあれば十分です」
「あ、あの……!! お嬢様っ!!」
エメリアがこれ以上ないほどに頬を染めて、袖をクイクイと引いてくる。
「3分!? 何それ短すぎない? 最近の若者は淡泊と言うかなんというか……そんなんで彼女を満足させられるの?」
「満足?」
何のことだろう。記憶に満足も何もないと思うんだけど。それに彼女? エメリアのことだろうか。
「え、いえ使うのは私なんですけど」
「え? そっちなんだ。いや意外だなぁ。てっきりエメリアが使うものだと」
エメリアが使ってどうするのだ。記憶を取り戻したいのは私だというのに。
「ち、違うんですっ……!! そうじゃありませんっ!!」
「エメリア? どうしたの?」
「ああそっか、幼くなった恋人から攻められたい、とかそういうプレイなの? それもなかなか味わい深いよねぇ」
……ん? そういうプレイ? それにエメリアがこんなに赤くなってるってことは……
「……あっ」
「……はうっ」
ようやっと先生が何を誤解していているかを気が付いた。
しかし私より早く気付くとは、やっぱりエメリアってむっつりなのでは。
というか先生から見ても私がそっち側なのね。
「いやっ、違うんですよ。エメリアとはまだそういうことはしていないので」
「え? 初めてでそういうプレイから……? いやぁだいぶマニアックだねぇ」
「だーかーらー違うんですっ!!」
それからしばらくかけて先生の誤解を解いて、記憶が無いことの説明をした。
「なるほどねぇ、記憶喪失か」
「信じていただけるんですか?」
「う~ん、まぁ半信半疑ではあるけどね。アンリエッタくらい強い魔力の持ち主に対する、魔法薬使用のサンプルが取れるならそれでいいかなって」
こういう人だった。腕はいいけどマッドすぎる。
「いや、まぁ私的には薬を使用させてもらえるんなら、サンプルにでもなんでもなりますけどね」
「そう? じゃあ早速いってみよっか!」
先生は喜々として実験室に戻るとテキパキと準備を整えた。
「さ、アンリエッタ、やってみて」
「あ、私がやるんですね」
「そりゃそうでしょ。だって私先生だし、生徒が自主的に勉強したいっていうんならそのお手伝いをするだけだよ」
この辺りマッドなのか、まともなのかよくわからない。まぁ言ってることに筋は通っているからその通りにするけど。
「混ぜた分量で戻る年齢が、込めた魔力で有効時間ってのは覚えてるよね?」
「はい、覚えてます」
「よろしい、では戻るのはいつ頃? それで時間は3分でいいのかな?」
「えっと、おおよそ入学時点の2年前……でいいんだよね?」
私はエメリアに尋ねる。とりあえず私が優先的に取り戻したい記憶は私が厨二でやらかしてた頃の記憶なのだ。
……正直恐ろしくはあるけど、この辺りにクラリッサを振ったらしい記憶があるから仕方ない。
「そうですね、お嬢様が、その、だいぶ夢見がちなことになっていたのはその辺りかと」
「夢見がち……」
もうこの時点で嫌な予感しかしない。でも腹をくくることにする。
「……よし。覚悟は決まった。戻るのは入学時点の2年と少し前、有効時間は……1時間で」
その記憶次第では、そのままクラリッサのとこに謝りに行かなくてはならないかもだし。
「じゃ、テキストにある量から必要な分量を割り出してね。込める魔力も適切に行うんだよ?」
それは十分気を付けよう。前みたいに丸1日戻らないってなったら困るし。
それから慎重に調合を行い、だいたい狙い通りに作ることができた、はずだ。
「では……行きますっ」
出来上がった薬を手にする私と、心配そうに見ているエメリア。
そして写し絵――映像記録能力を持つ魔道具――の動画機能で私を撮影している先生。
ごくっ!!
薬を一気に喉奥に流し込む。すると、わずかばかり身長が縮んでいき、胸は大いに縮んでいく。この辺りで一気に成長していたのか……
そして体の変化が終わると、その年齢の記憶が一部流れ込んできて――
「ぐあああああああああああああああああああっ!!!!!!!」
唐突に頭を抱えて床にのたうち回った。
「お嬢様!? 先生!! これは一体!!」
「いけない!! もしかしてこれは、記憶が大量に流れ込んだことによるショック症状かもしれない!! あらかじめ用意してあったこいつを飲ませて中和を――」
先生が手に持った薬瓶を私の口元に近づけてきて――そいつを手で押しのけた。
「え?」
「い、いえ、大丈夫です……ショックとかそういうんじゃありませんから……イヤ、ある意味ショックですけど……」
「ど、どうしたんですか? お嬢様……」
う、うん、何というかね。
「えっと……その、色々とアレな記憶が一気に流れ込んできて、その、精神的に耐えきれなくなって悶えてたと言うか……」
「ああ~。いやまぁそれくらいの年にはよくあることだよ、うん」
察した先生が肩をポンと叩いてくれた。いや頼むから察しないで欲しい。何か生暖かく微笑んでるし。
「そ、そうですよ、お嬢様。『封印されし右目が……!』とか『沈まれ! 私の左手……!』 とか、普通らしいですし……私はありませんでしたけど」
「ぐああああああああああああああああああっ!!!」
再度のたうち回る。追い打ちやめれぇ!!
「う~ん、でもアンリエッタくらい魔力が高ければ体にそういう変調をきたしてもおかしくはない、かもしれないし……詳しく聞かせてもらってもいいかな?」
先生が真顔でメモを取りながら、写し絵を回す。鬼かこの人。
そうして私は、私だけど私でない記憶を取り戻してしまったことにより、しばらく悶え苦しむことになるのだった――




