第49話 首輪屋さん
「美味しかったですね~」
メイドさんからのご奉仕をたっぷりと堪能した後、私達は街をぶらぶらしていた。
「どうだった? 本職から見たあのお店のメイドさんは」
「そうですね……見た感じ、メイドとしての教育も受けさせてもらっているって感じでした」
「そうなの?」
「はい。多分社長さんの方針かなとは思うんですけど、皆さんメイドとしての基本ができてましたし、けっこう頑張っているなと」
そうなんだ。私からはわからなかったけど、やっぱり本職から見るとわかるものなんだろうか。
「店員さんの中から、本職のメイドとして働きたいと思う人が出て来てくれたら嬉しいですね」
「そうね、メイドがいっぱいの世の中になるといいわね」
メイドであふれた世界。なんて素晴らしいんだろう。
「さて、次はどこに行く? エメリアの行きたいとこでいいよ」
「え、いいんですか? じゃあ一度見てみたいと思ってた店がありまして」
「じゃあそこにしよっか」
私はエメリアに案内される形で、のんびりと街中を歩いてそのお店に着いた。
「ここは……? ペット用品店?」
ショーウィンドウから見えるのは、色とりどりの革製品……ほとんど首輪ばかりだった。
そのデザインはシックなものから可愛いものまでいろいろ取り揃えてある。
中を覗いてみると女の子のカップルばかりで、今も1組の百合カップルが手を繋いで仲良くお店に入っていった。
「ここ、何の店? ペット用品店かと思ったけど、なんか違うような……」
「あ、そっか、アンリエッタ記憶が無いんでしたっけ」
「そうだけど」
「ここはですね『首輪屋さん』です」
……首輪屋? 首輪だけ売ってるペット用品店なんだろうか?
「なんで首輪だけ売ってるの?」
「えっと……それはですね……」
ちょいちょいと手招きされ、路地に入る。何か話しにくい話なんだろうか。
「おほん……なんで首輪を売っているかと言いますと――」
「うん」
「――彼女にプレゼントするためです」
「……はい?」
意味が分からない。私も前世では彼女いっぱいたし、プレゼントも贈ったり贈られたりしたけど、その中に首輪なんて品目は存在しないぞ。
というか首輪を送るとか相手からドン引きされるわ。
「……なんで首輪?」
「え? いえ、なんでと言われましても。首輪を贈るのは、皆やってるとまでは言いませんが、そう珍しくもない風習なんですよ?」
どんな風習よ!? わけわからん!! 少なくとも彼女に首輪贈るのは変だよ!?
「えっと、彼女に首輪を贈ると言うのは、『あなたは私のものよ』って意味を伝えることでして」
「……うん、うん?」
「もしくは自分で買って彼女に渡して、それを彼女の手で付けてもらうってパターンも多いです。この場合は『私はあなたのものです』って意思表示ですね」
「へ、へぇぇ」
「他にはお互いに贈り合うってこともあります。どれも愛を誓うための行為になるんですよ? ロマンチックですよねっ」
ロマンチックかなぁ……? でもこの世界に来てから色々驚いたけど、女の子同士で子作りできることの次に驚いたわ。
「あ、でも人前で付けるのはさすがにマナー違反ですよ? 付けるのはあくまで2人っきりの時で、どうしても外で付けたいときはスカーフとかで隠すのが作法です」
作法って。いや確かに街中とかで首輪付けてる子がいたらぎょっとするけど。
「あ、じゃあ今出てきた子達も……?」
ちょうと今店から出てきた女の子2人は、片方がスカーフを巻いていた。
「多分そうですね。お店で買って、それを付けて今からデートなんだと思います」
「……なんというか、凄いわね」
「そうですか? これ、昔っからあるんですけど」
婚約指輪みたいなものなのだろうか。それにしてもだいぶロックである。
あれ? でも私をこの店に連れてきたってことは。
「エメリアも首輪、欲しいの?」
「……は、はいっ……アンリエッタから首輪をつけて欲しいんです」
私は天を仰いだ。まさか自分の彼女に首輪を贈ることになろうとは。
いや、エメリアが欲しいならそうしてあげるけど……ちょっと興奮するし。
「そ、それじゃあお店に入ろっか。何でも買ってあげるよ」
「いいんですか?」
「いいからいいから。私から贈って欲しいんでしょ? どうもそういう物みたいだし」
話の流れ的にそういう感じが伝わってきたからね。
「は、はいっ! ありがとうございますっ!!」
大正解だったのかエメリアは嬉しそうに頷くと、私を引っ張って店の中に入っていった。
「色んな種類があるのね」
「そうですね。あ、これ、この夏の新モデルですよ。可愛い~」
手に取ったそれは、確かに可愛いと言える代物だった。艶やかな赤い色の革でできていて、正面部分にはリボンがあしらわれている。
でも首輪なんだけどね。
「それがいいの?」
「え、いえ、その……」
手にした首輪を棚に戻すと、もじもじとこっちを見つめてくる。
「こ、こういうのは恋人に選んでもらうのが一番でして……私に似合う首輪を選んで頂けますか……?」
エメリアからのおねだりに思わず生唾を飲み込む。
服とか下着とかを選んであげたことは何回もあったけど、流石に首輪を選んで欲しいと言われたのは初めてだ。
「じゃ、じゃあ……そうねぇ」
棚をしばらく見渡すと、ガラス戸に入った一つの首輪が目に留まった。
「これかな……?」
「わぁっ……綺麗ですね……」
それは落ち着いた蒼い色の首輪で正面に銀細工の百合が飾られている、明らかに他の品とは風格が違う一品だった。首輪だけど。
「気に入った?」
「は、はいっ! あ、でもそれ結構値段が……」
「いいからいいから、気にしないで。じゃあお会計しましょ」
せっかくの初めてのプレゼントなのだ。ここは奮発しないとね。
まさか首輪が最初のプレゼントになるとは思いもしなかったけど。
「すみません、お会計いいですか?」
「はい、かしこまりました。包装いたしますか? それともここで付けていかれますか?」
店員さんが尋ねてくる。どっちがいいんだろう。
「どっちにする?」
「あ、えっと……つ、付けていきたいですっ」
「ですよね! 折角彼女さんと一緒に来たんですもの。どうせならそっちがいいに決まってます」
店員さんが力説していた。そういうものなのか。
そしてお会計が済むと、店員さんはカウンターの右手側まで案内してくれた。
「これは……?」
「どうぞ、こちらをお使いください」
案内されたのは、豪華に飾られた広めのスペースだった。え? ここで付けるの? マジで?
「じゃ、じゃあ……お嬢様、お願いしますっ」
「あ、彼女さん、メイドさんなんですね。いいですね~鉄板です!」
エメリアはスペースの片側に膝立ちになり、店員さんがぐっとこぶしを握った。
「え、ええ? なんかお客さんが集まってきてるんですけど……」
「それはそうですよ。こういうのは祝福されてやる方がいいんですから」
そういうものなの? すっごい恥ずかしいんだけど……
でもここまで来たら腹をくくるしかない。私は首輪を手に取ってエメリアの前に立つ。
「つ、付けるよ?」
「はいっお願いします。それでその時に、『これであなたは私のものよ』って言ってください!」
「え、ええ、わかったわ」
周りがシンとして、私達を見守っているのがわかる。
「これであなたは私のものよ……」
言われた通りに言いながら、エメリアの細い首に首輪を付けてあげる。すると周りから拍手が巻き起こった。
「おめでとうございます!!」
「お幸せに!!」
「おめでとう!! いいなぁ~お姉さまっ、私も今付けて欲しいですっ」
周りの人がみんな祝福してくれている。な、なんか照れる……
「嬉しいですっ。お嬢様っ」
祝福を受け、目を細めながら首輪を撫でているエメリアの顔は、心の底から幸せそうだった――
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