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第46話 食べられるより食べたい派

 シャワー室から出てくると、そこには薄着になった先生が瓶に入った液体をグラスに注いでいた。


「あの、あがりましたけど」

「そう、じゃあそのベッドに寝てちょうだい」


 私は言われるままにベッドに寝転ぶ。


「ちょっと待ってね、今できるから……はい、じゃあこれ飲んで」

「これ何ですか?」


 ぼこぼこと泡が立っていて、何か光ってるし。匂いはまともだけど。


「何って儀式に必要なものよ? 私も飲むからアンリエッタさんも飲んでね」

「はぁ……」


 グラスに入った液体を飲み干す。それはとても甘くて体にしみ込むようだった。


「あ、美味しいですね」

「でしょ? これには魔力を活性化させる成分が入っているのよ」

「へぇ活性化」

「それに体力もね。朝まで運動しても全く疲れなくなるくらいなんだから」

「朝まで……?」


 そんなに時間のかかる儀式なんだろうか。エメリアに連絡してないんだけど。


「さて、それじゃあ始めましょうか」


 先生はそう言うと部屋の明かりを落として、鍵を閉めた。

 それにより、部屋の明かりはベッドから発せられる光と、枕もとに置かれたランタンのわずかな灯りだけになる。


「えっあの、なんで鍵を閉めるんですか」

「だって、邪魔されたくないでしょ?」


 そういうものなんだろうか。なにかおかしいような。

 そして先生は困惑している私の寝るベッドに近づいて来ると……


「え!? ちょ!? 先生!?」


 私の上に覆いかぶさってきた。

 ちょうど押し倒されたような形になり、先生の豊かな膨らみが私の膨らみに押し付けられて双方ムニュリとひしゃげた。


「え、どうしたの? アンリエッタさん」

「どうしたもこうしたも!!」


 そこで先生は、はたと何かに気付いた顔をする。


「……もしかして初めてなの? 意外ね~」

「な、何がですか……?」


 いや、初めてではない。前世では大いに心当たりのあるシチュエーションだ。これは、つまり……


「百合子作りだけど?」


 やっぱりぃぃぃ!?


「な、なななな!? なんで!? どうしてですか!?」

「いや、だって、魔力の分析には実際に魔力回路を繋げるのが一番だし。私はその手の解析は専門家よ?」


 本格的に調べるってそういうこと!? いやそりゃ確かに直接魔力回路を繋げてしまえば解析も格段にやりやすいだろうけど!!


「そういう事じゃなくてですね!?」

「ああ、アンリエッタさんは術式を知らなくても大丈夫よ。私は完全に習得してるし、補助魔道具である百合の揺りかごも発動させているから」


 このベッドが光ってるのそれかぁ!? いや、そういう問題じゃない!!


「いや、私まだ学生ですよ!? こんなの早いですって!!」

「それも大丈夫。魔力回路を繋げても、最後の手順で魔力カプセルに魔力を込めて飲まない限り、子供は出来ないから」


 ああなるほどそうなのか、なら安心して……ってなるかぁ!!


「だからそういう事じゃないんですって!! 何でこんなことを!?」

「それは勿論、こんな不可解な現象があったなら、それを解明するのが研究者の務めだからよ。当然でしょ?」


 とても澄んだ目をして答えてきた。

 やばーーい!! この先生まともかと思ったけど、だいぶネジが飛んだマッドよ!?


 いや、でもこのやたらオープンでハチャメチャな倫理観の世界的にはこれが普通なの!?

 とにかく何とかしないと、このままでは食べられてしまう! 教師には勝てっこないし!


「それに……私個人としてもアンリエッタさんには興味があるわ」

「そ、そうなんですか……!?」

「ええ、私、妻のテッサにしか興味が無くて、彼女としか付き合ったことなかったんだけど……生まれて初めて彼女以外に女として興味を持ったの。それがあなたよ」


 それは光栄だけど!! とても光栄だけど!!


「なんで私なんですか!?」

「う~ん、なんでだろ……。やっぱりアンリエッタさんの魔力に惹かれたのかしら。どうもアンリエッタさんを見てると『ああ、この子の子供が産みたい』って思っちゃうのよね」

「子供!?」

「ああ安心してね? さっきも言ったけど今日は魔力カプセルを飲むつもりはないから」


 今日はって何!? 最終的には飲むつもりなの!?


「それにアンリエッタさん、とても熱心に授業受けてくれるし、可愛いし、胸もおっきいし……一言で言えばタイプなのね」

「テッサ先生とは全然タイプ違いますよね!?」

「それはそれ、これはこれよ」


 それはそれ、これはこれ、便利な言葉だ。


「と、とにかく……私まだそういうことする気はなくて!! そ、それに教師と生徒ですし……!!」

「え? どうして? 教師と教え子で何がおかしいの?」

「へっ?」

「教師と教え子の結婚なんて極々普通でしょ? 教え子達でハーレムを作る教師もいるのよ?」


 教え子ハーレムとか普通じゃないよぉ!? この世界の倫理観やっぱりガバガバ過ぎない!?

 そうこうしていると、私に覆いかぶさったままの先生がじっと見下ろしてくる。


「じゃあ……そろそろいいかしら? 大丈夫よ。私既婚者だし、初めての子相手でも優しくしてあげるから」

「あ、あの……その!!」

「すべて私に身を委ねてればいいから。ほらよく言うでしょ? 天井のシミを数えてたら終わるって」

「それウソですよね!? さっき朝までできる薬、私に飲ませましたもん!! 朝までする気満々ですよね!?」


 先生は「バレたか」って顔をしている。お茶目な人だ。いやでも不味い。このままでは本当に朝まで食われることになってしまう。

 何か……何か手は無いか……じりじりと先生の顔が迫るその時、エメリアの顔が唐突に浮かんだ!


「――は、初カノ!!」

「えっ?」

「……そ、そう!! 私、初カノができたとこなんで、こういうのはダメかなって!! そう思うわけなんですよ!!」


 以前の私ならこんな魅力的な先生のお誘いを断るなんて絶対にしないけど、今回は慎重に行くと決めているのだ。


「ん~……そうなんだ……相手はエメリアさん?」

「そ、そうなんですよ……!! よくわかりましたね……」

「残念ね~初カノじゃあ仕方ないか……」


 初カノができたと聞いた先生が、えらくあっさりと私の上からどいた。こんなにも初カノの権利とは圧倒的なのか。

 エメリアありがとう!! 助かったよ!!


「あ~あ~おあずけかぁ~。じゃあ、また今度しようね?」

「え、えっと……あははははは……」


 薄着の先生が薄明りの下でにっこりとほほ笑む。その笑顔は、思わず今からしましょうと言ってしまいそうになるほどに魅力的なお誘いだ。

 私が完全に食べられる側でなければ、だけど。私はやっぱり食べられるより食べたい派なのだ。


「じゃ、じゃあそういうわけなんで……し、失礼しますね……?」


 気が変わらないうちに、服を回収してそそくさと部屋の出口の方へ向かう。


「………………あ、でもこれは恋愛というより、学術的な実験だから初カノの件もセーフなのでは……? ねぇアンリエッタ、やっぱり今から――」

「失礼しまーーーす!!」


 何やら思いついた先生から逃げるように、私はバスローブ姿のまま準備室から逃走したのだった――


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