第45話 シャワーですか?
びきっ!!
教室内に大きな音が響き渡る。
「あっ……」
「あらら、アンリエッタさんにはもうこの中級サイズでも持ちませんか」
クラス担任で基礎魔法学担当のアリーゼ先生が駆け寄ってくる。
今日は基礎魔法学の授業で、魔力の流れをスムーズにするための訓練中に、その魔力放出に使う水晶球にひびを入れてしまったというわけである。
「すみません」
「いいんですよ。もうこれだけの量の魔力を練れるようになってきているという事ですので、それだけアンリエッタさんが優れているということですから」
「は、はぁ……」
「では次からはこの上級サイズでお願いします。これは3年から使うものなんですよ?」
手渡された水晶球はさっきまでのサイズよりだいぶ大きく色も澄んだ代物だった。
「流石アンリちゃんですわね。でも、わたくしだって負けませんから!」
張り切るクラリッサは、その言葉通り物凄い努力で私に食らいついてきていた。この姿勢は本当に感心する。
「クラリッサさんも素晴らしく筋がいいですよ。先生は嬉しいです」
「そ、そんなことありませんわよっ!! わたくしなんてまだまだですわっ」
褒められて照れているところも可愛い。そんなクラリッサを微笑ましく見ていると、先生がこちらを向いて話しかけてきた。
「ところでアンリエッタさん、放課後ちょっと聞きたいことがあるので魔導準備室まで来てください」
「は、はい。わかりました」
えらく真剣な目だった。教師の命令を断る理由もないので素直に頷いておく。でも一体何の話だろう。
そして放課後になり、校舎のはずれにある魔導準備室まで1人でやってきた。
ここは文字通りさまざまな魔道具を保管している部屋で、普段はめったに入ることはない。
「失礼しま~す」
「すまないわね、呼び出して」
中に入ると、アリーゼ先生が1人で待っていた。なにか内密の話なんだろうか。
「あの、先生、話って何でしょう」
「うん、まぁその前にちょっとこれに魔力を通してもらっていいかしら」
先生はそう言うと机に置いてあるなにやらごてごてとした機械を指し示した。
「あの、これ何ですか?」
「え? 入学前の検査でやったでしょ? 魔力の総量を数値化して図る魔道具よ」
「え、ああそうでしたね、久しぶりで忘れてました!」
危ない危ない。記憶が無いというのはやはり不便だ。
「えっと、こうでいいんでしたっけ」
「そうそう、そこの両方の水晶球に片手ずつ乗せて……はい、おっけーよ」
魔道具が光を放ち、そして光が消えていく。どうやら測定は終わったようだ。結果が紙に印刷されてべべべと吐き出されてくる。
何かこの辺えらい科学ちっくなんだけど。
「う~ん……やっぱりおかしい……」
その結果の紙を見て先生が首をひねる。
「どうしたんですか? 先生」
「いや、この結果なんだけどね。アンリエッタさんが入学前に測ったデータと今のデータがあまりに違うのよ」
「え、どう違うんですか?」
入学前と言うと私がこっちに転生してくる前、つまり前のアンリエッタの時に測ったデータという事か。
「多すぎるの。具体的に言うと2倍以上になってる。この短期間では絶対にここまで魔力量は増えないはずで、もともの魔力量の多いアンリエッタさんならなおさらよ」
「2倍……」
「明らかに異常な量なのよね……これはどういうことなのかしら……」
それはつまり、私が転生してきてから魔力量が大幅に増大しているということか。
「えっと、1つ質問なんですけどいいですか?」
「何かしら」
「そもそも魔力って何なんでしょう」
「う~ん、それはまだ学会でも結論が出ていないんだけど、一番有力視されているのがその人の持つ魂のエネルギーが形となったもの、とされているわ」
「魂……」
それはつまり、この体に元のアンリエッタとこの私、2人分の魂が入っているということになるのだろうか。
いやでも、それもどうなんだろう。そもそも私はアンリエッタに生まれ変わったのか、憑依したのか、それさえ全くわかっていないのだから。
「こんな基本的な計測器じゃ無理ね、さっぱりわからないわ」
「そうなんですか……」
私としてもその辺は知りたいところではあるのだけれど、それを人に知られるのは少しためらいがある。
けれど自分で調べるのは限界があるし、先生に調べてもらったら詳しいことがわかるかもしれない。なにせこのユリティウスの教師になるほどの人なのだ。
「というわけで、ちょっと本格的に調べたいから奥の部屋に来てもらえるかしら。儀式の準備は整っているから」
「は、はぁ……」
やや強引に手を引かれて奥の部屋に入る。この部屋に入るのは初めてだ。
「これは?」
そのやや狭い部屋には更に奥の部屋へと続く扉があり、その中央には大きなベッドが1つ置かれていた。
そのベッドは魔力が発動しているのか、淡い光に包まれていて、その枕もとをランタンが照らしている。
「じゃあ、奥の部屋でシャワー浴びて来てもらえる?」
先生は棚に置いてある瓶をいじりながらそう促してきた。
「え? シャワーですか?」
「そうよ。着替えのバスローブは置いてあるから」
「これがその測定に必要なんですか……?」
「それはそうでしょ。私は待っている間にもう浴びてあるから。ほら早く早く」
少し不思議に思いながらも、せかされた私はシャワーを浴びに奥の部屋へ入っていく。
まぁ身を清めるとかそういうものだろう。魔力的な儀式にはそういうのがあっても不思議ではないし。
そんなことを考えながら、私は手早くシャワーを浴びるのだった――




