第42話 メイド喫茶恐るべし
「なにこれ」
新しいデザインの服を仕立ててもらおうと、私はしばらくぶりにキマーシュの町に来ていた。
大通りに移転したって連絡は受けていたから、貰った地図を頼りにその場所まで行ったわけなんだけれど。
「でかい……」
そこにはもう以前の店とは比較にならないほど立派になったお店がデンと構えていた。
しかも相変わらず超盛況でお客さんが列を成している。その列は通りの向こう側まで続き、終わりが見えないほどだ。
事前に尋ねる連絡は入れてあったので、裏口から並ばないで店に入っていく。
入ってすぐに見知った店員さんがいた。
「あっ、アンリエッタさん、社長に会いに来てくれたんですか?」
「え、いえ店長さんに会いに来たんですけど」
「ですから、社長ですね?」
店長のところまで案内してもらおうと思ったんだけど、なんか話が嚙み合わない。
「社長……? いえ、モニカさんです」
「えっ……あ、ごめんなさい」
店員さんははっと気づいたように頭を下げた。
「えっと、今、モニカさんは社長って呼ばれてるんですよ。すぐご案内しますね」
社長? 社長になったのか。確かにずいぶん店も大きくなったしなぁ。メイド喫茶とかも経営してるみたいだし、確かに社長と言っても過言ではないだろう。
「社長~。アンリエッタさんが来てくれましたよ~」
「えっ、来たの? 入って入ってっ」
案内された「社長室」とプレートが下がった部屋から、モニカの弾んだ声がした。
「お邪魔しま~す」
「やぁアンリエッタ! よく来てくれたねっ」
部屋に入った途端ダッシュで向かってきたモニカに手を握られた。
「では私はこれで……ごゆっくりっ」
案内してくれた店員さんがニッコリと笑いながら部屋を出て行って、部屋には私とモニカの2人だけになった。
「繁盛してるみたいね。モニカがここまで商売上手だとは思わなかったわ」
「私も驚いてるとこだよ。もう国内に支店が4つもできたし、これも全部アンリエッタのおかげだよ~ありがとねっ!!」
「いやいや、モニカの腕のおかげでしょ」
「いやいや、アンリエッタのデザインのおかげだって。……それよりそろそろ報酬を受け取ってくれない? こっちも心苦しいんだけど」
とは言っても私のオリジナルデザインってわけじゃないしね。それでお金を受け取るのも気が引けると言うか。生活には困ってないし。
「いいよいいよ。私はモニカの作る服を真っ先に貰えれば十分だから」
「う~ん……そう? アンリエッタの報酬は貯めてあるから、必要になったらいつでも言ってね?」
なんか本当に申し訳なさそうな顔をされた。受け取るべきなんだろうか。
「それよりさ、メイド喫茶の方はどうなの?」
「そっちはもっと凄いよ。昨日10店舗目がオープンしたところだね」
「10店舗!? まだ半年たってないよね!?」
どんだけ繁盛しているんだ。破竹の勢いじゃないか。
「私も仕事帰りに毎日寄ってるけど、疲れた体と心が溶けていくというか……。自分で経営しといてなんだけど、恐ろしいものを作ったものだね」
「メイド喫茶恐るべしね」
「あとブルマ喫茶もオープンしたんだよ」
「ブルマも!?」
そっちは予想してなかった。でも確かに受けそうだ。
「ブルマの方は7店舗だね。でも驚いたことにブルマ喫茶の方で働きたいって来る子の方が多いんだよ。なんでもそこで働いてるとあっという間に彼女ができるとかで」
「あの恰好、可愛いからね」
全体的に慎ましい服装が多いこの世界の中で、あれだけ生足とお尻を可愛く魅力的に見せる服はそうはない。
そんな服を着た子が働く店なんてそれはもう行きたくなるに決まっている。
「お店の子目当てで通い詰める女の子も多いみたいで、もうファンクラブまでできてるとか」
「……いかがわしいお店じゃないのよね?」
「当然でしょ。お酒も出してないよ。なのにあそこまで繁盛するなんてね。ブルマ恐るべしよ」
ホントに恐ろしいわ。あれには人を狂わせる魔性があるわね。
「そういうわけで、私とアンリエッタのメイド王国計画は順調に進んでいるよ。この調子なら来年には国中で50店舗は行くかも」
「それは……凄いわね」
「でも、そのせいでちょっと問題も発生していて……」
「問題?」
「うん……まぁちょっと座ってよ」
促されて椅子に座って、モニカも隣に座った。何故に隣?
「何か深刻なこと?」
「いや深刻と言うか何というかね……」
なんかすごく言いにくそうだ。
「あの、私で良ければ協力するよ? 私にできることがあればなんだけど」
「え、いや、その、なんというか……アンリエッタにしか頼めないことと言うか……」
私にしか頼めないことってなんだろう? 新しいデザインの事かな? だったら1つ案を持って来てはいるんだけど。
「新しいデザインならもうあるよ? 見る?」
「見る!! ……あ、でもそれはちょっとこの話の後で……」
「そ、そう……」
新デザイン以上に大事なことって何だろう。見当もつかないんだけど。
「話しにくいこと?」
「いや、話しにくいことと言うか……えっとね、ほら、最近店が大きくなって色々と経営するようになって、私いつの間にか社長になったでしょ?」
「うん」
それにはすごく驚いたけど。それが関係していることなんだろうか。
「で、そのことに関連して、ね? ちょっと解決しないといけないことがあって……」
「もしかして経営とかのこと? 悪いけどそっちはあんまり詳しくなくて」
私が通ってたのはミッション系のお嬢様学校だったし、その方面では力になれそうにない。
「あ、いやそうじゃなくてさ……」
モニカは紅茶に入ったスプーンをカチャカチャ回している。横から見ても落ち着かない様子がよくわかる。何やら顔も赤いし。
「モニカ……」
「あっ……」
私はそっとモニカの震える手に手を重ねた。
「私はモニカがどれだけ頑張ったかわかるから、私が力になれるなら何でもするよ?」
この短期間にこれだけの事業展開をして見せたのだ。目の下にクマも浮かんでるし、日々寝不足で頑張っているのだろう。
「遠慮なく相談してよ。私達、メイド王国を目指す仲間でしょ?」
「アンリエッタ……」
モニカが潤んだ眼でじっと見つめてきた。その手から震えが止まって、きゅっと握りしめられる。
「じゃあ、えっと……単刀直入に言うね」
「うん」
どんなお願いが来るのか。私は待ち構えた。
それでもモニカからの言葉はなかなか出てこなくて、何度も何度も深呼吸をしていた。
そしてついに意を決したように私の手を握ると――
「私………………アンリエッタとの子供が欲しいんだっ」
「えっ」
まるで予想してない答えを返してきたのだった――




